第81話 策士ペルメドス

 いぜんに領主の館を外から見たことがある。


 二階は小さな窓がずらりとあったので、来客用ではないかと思った。予想したとおり、館の二階は客室だ。


 ひとり用の寝室がいくつもある。おれら八人はそれぞれに部屋をあてがわれ入った。


 領主から、話を詰めるのは後日。それまで、とにかく滞在してくれと頼まれた。集会所にあつまった民衆にも、また明日に集会所へくるようペルメドスは告げた。


 それから領主の館に案内され、それぞれが部屋で休んでいる。


 となりの部屋の物音がしない。となりはグラヌスだったはずだ。


 グラヌス、イーリク、ドーリクの三人は寝ているだろう。あれだけ朝から大立ちまわりをしたんだ。戦闘というのは緊張が解けたときに疲労がどっとくる。


 小さな窓から街を見た。空が赤くなり始めている。もうすぐ夕暮れだ。


 念のため、館の下の道を見たが兵士の姿はなかった。


「これ以上の手出しは無用。あとは王都に知らせるなり、お好きになさるがよろしいかと」


 領主ペルメドスは、あの集会所で最後に兵士にむかって言った。いくら兵士でも領主からそう言われたら、もうおれらには手をだせない。


 おれは部屋からでようと静かに扉をあけた。木のきしむ音が廊下に響きわたる。廊下に人はいなかった。


 歩きだそうとしたら、ちがう部屋の扉があいた。顔をだしたのはボンフェラートだ。


「領主のとこかの」


 おれはうなずいた。考えることは一緒らしい。


 ふたりで一階への階段をおりていくと、足音を聞きつけたのか初老の使用人があらわれた。


「ペルメドスと話がしたい」


 使用人はていねいにこうべを垂れ、領主のいる執務室の扉をたたいた。


「ラティオよ」

「なんだ、ボンじい」

「難敵ぞ。心してかからねば」

「わかってる。賢い老人ってのがやっかいなのは、重々承知だ」


 ボンフェラートは一瞬うなずいたが、首をひねった。


「なんじゃ、まるでわしが・・・・・・」


 ボンフェラートの声は無視して、執務室にむかう。


 執務室に入ると、ペルメドスは机で作業をしていた。顔をあげ、おれとボンフェラートを見つめる。


「おふたりが、陛下の知恵の源泉であられますか」

「知恵の源泉?」

「左様。陛下はまだお若い。どなたかが知恵を授けていると思いました。そして、そのかたが話しあいにくるだろうとも」


 使用人が椅子をふたつ持ってくる。勧められたので座った。ボンフェラートがうなずいたので、おれにしゃべれ、ということだろう。


「領主さんよ」

「もう領主ではありませんので、ペルメドスと、お呼びください」


 おれは頭を掻いた。やりにくいこと、この上ない。この男、相当な策士だ。


「そこなんですがね、いまだ、わかりません」

「わからぬとは?」

「なぜ、自身の領地を人にあげるのです?」

「ほかに手はありません」

「なんの手です?」

「無論、グールから守る手です」


 息子のカルバリスから凄惨せいさんなラウリオン鉱山のようすは聞いたのか。それにしてもだ。


「おれらだったら守れると? それは買いかぶりすぎだ」

「では、もはやすべはありませんな」

「極端だな」

「そうでしょうか。もし明日、この街にグールが襲いかかったとしましょう。これ以外に手はございますか?」


 そう言われても、ない。グールがくれば王都の兵士は逃げまどうだけだろう。あの兵士長が生きていたとしても、それは変わらない。いや、むしろ悪い。


「でもよ、領主さん」

「ペルメドスと」


 思わず、ため息がでる。なんだかおれと、頑固がんこなグラヌスが一緒になったような御仁ごじんだ。


「ペルメドス殿、そうであったとしても、ここはアッシリア国だ。王都が黙ってるとは思えねえ」

「左様。黙ってないでしょう」


 あいた口が塞がらねえ。


「しかし逆にお聞きしたい。グールにこの街が襲われる道と、王都から軍が攻撃してくる道、どちらが近いですかな?」


 今度は口が塞がった。この男が言いたいのは可能性の話だ。グールに襲われる可能性と王都から攻められる可能性。どちらが高いか。答えはどっちも。だが、明日、明後日となるとグールだ。


 まさかこの街はグールに襲われまい。そんな楽観的ことは言えなかった。すでにラウリオン鉱山と村は襲われている。


 まずい。おれは腕を組んでうなった。だんだんとペルメドスのほうが正論に思えてくる。


「話してねえことがある。ペルメドス殿」

「ほう、なんでしょう」


 話すべきか迷い、ボンフェラートを見た。老賢人がうなずく。そうか、やはり、なにもかも言うしかないか。


「われらがしたう王、アトボロスは、王じゃねえ。ラボスの村、セオドロスという犬人がひろった子です。グラヌスとイーリク、ドーリクに至っては、もとアッシリアの歩兵隊。臣下でもなんでもありません」


 いっきに説明し息を吐いた。すべてをばらしておかないと、この領主にはわかってもらえそうにない。


「なるほど、存じております」

「そうだろう、わかってもらえたか」


 よかった。安堵のため息をつこうとしたら、よこからボンフェラートが肘でつついた。おい待てよ・・・・・・


「ペルメドス殿、なんと言いましたか?」

「存じております、と申しあげました」


 もう、今日だけで何度目かはわからないが、おれは、ぽかんと口があいた。

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