第82話 真の執務室

「こちらへ」


 ペルメドスは席を立ち、となりの部屋へとむかう。


 となりの部屋といっても扉はなく、物置だ。表紙の文字が禿げた古い本、じられた書類などが整然と棚にならんでいる。


 その物置の奥、さらに小さな扉があった。ペルメドスは首からさげたひもを外した。紐のさきには小さな鍵がついている。


 小さな鍵で小さな扉をあけた。


「どうぞ」


 腰をかがめて小さな扉をくぐると、目を見はった。


「これは!」


 入った部屋も小さな部屋だ。しかし壁は棚で埋まり、そこには筒状に丸めた紙が入っている。天井近くの棚まで無数の紙が積みあげられていた。


 ゆいいつ棚のない壁の下には小さな暖炉があった。暖炉があるということは、物置ではない。ここで過ごす時間が長いということだ。


 それに部屋のまんなかには、小さな机と椅子がある。机の上には盆に載ったいくつかの丸まった紙があった。


 ボンフェラートも部屋に入り、最後に領主が扉をしめる。


「いわば、ここが、本当の執務室です。連絡室とも言いましょうか」


 連絡室。では、うず高く積みあげられた紙は書簡か。


「アッシリア国、ウブラ国、どちらにも諜知士ちょうちしと呼ぶ者を派遣しております」

「間者か!」

「そこまでいきません。近隣のようすなどを定期的に知らせてくるだけ」


 それにしては書簡の数が膨大だ。疑問が顔にでたのか、ペルメドスはつづけて説明した。


「このレヴェノアは南の辺境。この国でなにが起きているのか知るすべがありません。かなり多くの諜知士を抱えております」


 おれはぞっとした。


「まさか・・・・・・」

「いえ、ヒックイトの里に諜知士はおりません。あそこはゴオ族長が怪しげな者はすべて処断してしまいますので」


 それはよかった。探られて困るほどではないが、よそに通じたやつがいるのは気分が悪い。


「ヤニス、という者をおぼえておられますか」


 おれはボンフェラートと見あった。そんな名の知人はいない。


「ペレイアの街でお会いしているはずです」


 わかった。アトが泊めてもらった農夫か。


「あれは、かつて諜知士のまとめ役をしておりました。昨年の秋、ひさしぶりに手紙が届きまして」


 ペルメドスは机の上にある盆に載せた書簡の一通を手にした。それをおれによこす。


 丸まった手紙を広げて読んだ。なんてこった。ペレイアの街での出来事が克明にしるされてある。アトの名前だけでなく、おれやグラヌス、あのときいた全員の名前があった。


「知ってたのか・・・・・・」

「はい。ヤニスだけではありません。人間と鳥人というのが、特徴的すぎます。ここ最近、各地を騒がせた事象じしょうには、ほぼすべて人間と鳥人の姿が記されてありました」


 ペルメドスは、もう一通の書簡を取った。


「例えば、バラールの都」


 あそこにも使いの者がいるのか。ペルメドスの書簡を受け取ろうとしたが、領主はそれを暖炉に投げた。


 暖炉に炎は見えず消えているように見えたが、炭の上に紙が落ちると勢いよく燃え始めた。まるで、この男のようだ。


「ですが、これも過去のこと。もはや用済みです」


 盆に載せた書簡すべてを暖炉にくべた。おれが手にしていたものも投げ入れる。一斉に火がつき、小さな火柱となった。


「人が悪いぜ。それなら会った最初から言えばよかったものを」


 おれとアト、グラヌス、ヒューの四人で会ったとき、そんなそぶりは見せなかった。たいした役者だ。


「偽名を使われたのはそちら。こちらは事情のすべてはわかりません。あまり踏みこむのもどうかと」


 たしかに。知恵をまわしたつもりが、余計なことだったのか。犬の浅知恵というが、これじゃ猿も変わらねえ。


「知っておるのであれば、なおのこと。アトを王にする必要はなかろう」


 ふいに口をひらいたのはボンフェラートだ。


 聞かれたペルメドスは、なぜかすこし悲しげな顔を見せた。


「もどりましょう」


 うながされ、書簡の小部屋からでる。もとの執務室にもどると、椅子のよこに小ぶりな机がだされ、茶器が置かれてあった。


 部屋の外から、だれかが階段を駆けおりる音が聞こえた。グラヌスでも起きたかと思ったが、この部屋に入ってくるでもなかった。


 椅子に座り、茶を飲む。香ばしい茶だった。麦湯か。


「よくできた使用人だ」


 おれらがとなりの隠し部屋に入ったのを見計らい、茶の用意をしているのだ。


「長くここに勤めていただいております。ですが・・・・・・」


 ペルメドスはそこで言葉を止め、自分の机に置かれた茶を飲んだ。


「命までかけることはないでしょう」


 言わんとしていることが見えず、おれは眉をしかめた。


「さきほどの話です。なぜアトボロス王なのかと」


 ペルメドスは茶を飲み干した。


「この領主のために喜んで働く者はいるでしょう。だが、そこまで。命をかけるまではいきません。アトボロス王には、すでに命をかける臣下がおります。それも、種族がちがうのに」


 ペルメドスは飲み干した杯をながめている。


「資質のちがい。それを見せつけられた気分です」


 それは置かれた状況がちがいすぎる。そう思えたが、領主の言いたいこともわかる。


「旅の一座であれば、街の衛兵として雇う道もあったでしょう。ですが、王と名乗られた。そのかたを街へとどめるには、もはや領地を差しだすしかありません」


 ずいぶんと高く買われたものだ。おれたちも。しかし、よく決心がつくと感心する。おれなら自分の領地を手放せるだろうか。


「欲はないのか、領主さんよ」

「人なみにございます。最後まで迷いました」

「そうは見えない」

「駄目押しとなったのが、わが愚息」


 カルバリスか。おれはあきれて、思わず頭のうしろで手を組んだ。そりゃそうか、領主の息子なのに、街をでておれらに同行しようとしたんだ。


「無茶苦茶な親子だな」

「それを言えば、主君には負けるかと。岩をも動かします」


 思わず吹きだした。


「ちげえねえ」


 ボンフエラートがに落ちないといった顔で口をひらいた。


「そこですが、ペルメドス殿。ああなると予想して?」

「いや、ボンじい、おそらく偶然だ」

「偶然?」


 この領主の考え方というか、とらえ方のようなものがわかってきた。


「だれも挑戦しない岩にアトをけしかけ、アトだけが挑戦したとうたう」

「そう、それで充分でございました」


 ペルメドスは思いだしたのか、宙を見て微笑ほほえんだ。


「あれはまさに奇跡。よい物を見ました」


 この男に好意を感じているのを自覚した。いや、好意というより、打ちのめされたと言っていい。あの隠し部屋のような用意周到さがあり、ぽんと領地を捨てる度胸のよさ。


「しかし、ペルメドスさんよ、アトはラボス村だし、おれはヒックイトの里の者。隠し通せるものでもねえと思うぜ」


 ペルメドスはすこし考えた顔をした。そしてうなずく。


「そこはすべて正直でよいでしょう。それでもアトボロス王は、この地の生まれでないのは明白。人間族ですから。どこかの王の隠し子、またはご落胤らくいん。そんな噂は放っておいても市井しせいの者がささやくでしょう」


 くそっ、おれが昨晩にさんざん考えた策とおなじだ。アトを産んだ親は不明。そこを活かそうと思った。それに最終的には王の素性などどうでもいい。いい国を作れば、民衆は納得する。


 はじめてボンフェラートと話した日と、おなじ気持ちになっていた。こいつは役者がちがう。一段どころの上じゃねえ。


 話をつづけたかったが、領主は用事があると言うので後日となった。


 領主の執務室をでると、使用人が通ったので呼び止める。


「さっき、だれか通ったか?」

「はい、アトボロス陛下とご子息が外出されました」


 おれは思わず舌打ちが鳴る。理由はふたつだ。領主の名により兵士は手をだしてこないと思うが、街の人はわからない。


 それから、使用人は陛下と呼んだ。あの領主、すでに使用人にまで徹底しているのかと思うと、用意のよさに気が遠くなった。


「おい! 犬っころ!」


 階下からさけんだ。しばらくすると、寝ぼけた顔でグラヌスが顔をだした。


「どうされた、ラティオ殿」

「アトはいるか?」


 グラヌスが階段の上から消える。そしてすぐに帰ってきた。


「おらぬ!」


 くそっ。


「酒場のほうへ、いかれました。たしかヒキガエル亭だったかと」


 使用人が話し終えるまえに、おれは領主の館を飛びだした。

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