第78話 門までの百歩

 刺された兵士長を見て、兵士の大半が剣をぬいた。


 くそっ! なるべく剣をぬかない状態で半分ほどは進みたかった。


 グラヌスも剣をぬく。


「面倒だ。まとめてふたり、いや三人でかかってこい!」


 グラヌスの言葉に、前列の兵士が怒りの形相で刃をむけかまえた。


 これはグラヌス、なにげにうまい。これで敵はグラヌスをねらうだろう。それは真っ正面で戦うことになる。


 グラヌスが歩きだした。すこし遅れてうしろのアトも動きだす。飛びだしていたイーリクがさがる。冷静さがもどったか。


 ふたりの兵士がグラヌスに斬りかかる。グラヌスが両手で剣を持った。やつが本気のときは両手で持つことが多い。


 一人目の振りおろされる剣をはじき、腹を刺した。二人目が斜めから飛びこみ斬ろうとしたが、それより早く一歩踏みこみ相手の腕を斬る。


 迂回うかいしようとする兵士には、右がドーリク、左はイーリクが当たった。次々にせまる兵士を三人が斬り倒していく。


「すごい・・・・・・」


 マルカがひとこと漏らし、言葉を失っている。それほど一方的にグラヌスたちが強い。


 おれは入らなくて正解だった。この三人の息はぴたりと合っている。さすが、もと隊長とその副長だ。


 わあ、と群衆から悲鳴のような声が聞こえた。ドーリクだ。ドーリクの剣が折れている!


 おれが馳せ参じるか。腰を浮かしかけたが、なにかがドーリクに飛んだ。それをドーリクがつかんだ。斧か! だれかが斧をふわりと投げてよこした。


 群衆のなかに金槌かなづちなどを腰にさげた一団がいる。大工かなにか。斧を投げたのは、あの連中かもしれない。


 剣を斧に持ち替えた大男は、敵にとって悪夢だった。剣で受ければ剣が折れ、盾で受ければ盾が弾き飛ばされた。


 右を守る剛のドーリクに対し、左のイーリクは静かに戦いを進めている。今日のイーリクは小ぶりな盾を持ち、相手が力まかせに攻撃してくるのを盾で受け流し、すきを突いて剣をふる。


 中央のグラヌスは、もはや全ての速さがちがった。グラヌスが剣をふれば、相手はそれに反応するまえに斬られている。


 じりじりと兵士たちは剣をかまえたまま退がった。


 最前列のひとりが緊張に耐えかねたか、さけびながらグラヌスにむかう。


 グラヌスが素早く踏みこみ剣を横一閃すると、首から血を吹きだし兵士は倒れた。


「命を粗末にするな! われら、この街からでていくだけぞ!」


 ここにきて、わかった。おれは三人の力を、まだ低く見積もっていた。グールとの戦闘をつづけてきた三人は、人なみの強さではない。


 兵士の動きが完全に止まったそのとき、ばさり、と上空から音がした。ヒューだ。


 ヒューはどこからくすねたのか、真っ白な布を持っていた。それを羽織りのようにアトの肩から背中にかける。真っ白な羽織り、それは各国の王が好んで使う格好だ。ヒューのやつ、ねらっていたにちがいない。


 兵士の群れが割れていく。石畳のさきには街の入口をしめす二本の石柱があった。


 グラヌスを先頭にし、アトたちは歩みを進める。石畳のわきにどいた兵士たちを通りすぎた。勝ったか。


 もう二十歩も歩けば街からでる。そのとき、グラヌスたちのまえに人影が立ちふさがった。


 いい歳をした男だった。この男も一枚布で作られた羽織りをつけていた。足のくるぶしが隠れるほど長い。濃厚な青色に染められた布には、金糸の刺繍もあった。あれは正装か。


 男は膝をつき、頭を垂れた。そして顔をあげる。まさか。自分の目をうたがった。


「ペルメドス」


 思わず漏らした言葉に、一緒に見ていたマルカがふり返る。


「それって、領主?」


 おれはうなずいた。まさか領主がここでくるのか。領主はなにかを言っている。ここからでは聞こえない。


 止まるなグラヌス、街をでろ! 強く願ったが、剣をおさめるグラヌスが見えた。


「ラティオ、これって、どういうこと?」


 マルカの問いに答えられなかった。おれは唇を噛みながら、もどってくるアトたちをながめた。

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