第79話 レヴェノアの集会所
おそらく、ここは街の集会所だ。
大きな屋根と柱だけがある建物で、外をさえぎる壁はない。下の地面も土のままだった。
ここに案内したのは領主ペルメドスだ。アトたちが連れていかれるので、あわてて宿からでてついてきた。
街の人たちもついてくる。屋根だけの集会所に大勢の人があつまった。
ペルメドスが集会所の奥にある舞台へとあがっていく。木の板で作られた大きな舞台だ。ここで演劇などもおこなうのだろう。
領主はさきに舞台へあがり、うしろを歩いてきたおれたちに声をかけた。
「あおがりください」
おれたちが舞台にあがると、ちょうど領主の使いらしき者たちが椅子を八つ持って駆けてきた。それを舞台の上にならべる。
「お座りくださいませ」
ペルメドスが言う。こっちの八人は、たがいを見あった。ちょうどよこにグラヌスがいる。
「なんで街をでねえ」
小さな声でおれは怒った。
「領主が待ってくれと言うのでな」
それで止まる馬鹿がいるか。ここから領主を羽交い締めにし、人質にして街をでるか。そう思い領主へとふり返ったが、領主は舞台の階段からおりていく。
領主は階段をおりると、こちらにむいて膝をついた。
「アトボロス陛下、ならびに臣下の方々へのご無礼、まことに申しわけありませぬ」
領主が頭をさげる。なんだこれは。おれはグラヌスを見た。グラヌスがうなずく。
「どうか、お座りくださいませ」
再度、領主が言う。おれはボンフェラートを見た。口をあけ、ぽかんと
もうどうにでもなれ! そんな気分でおれは椅子に座る。仲間も状況にとまどいながら椅子に座った。
集会所には街の人が次々と入ってくる。大勢のざわめきが聞こえていた。
領主は立ちあがり、くるりとこちらに背をむけ、あつまる人々を見た。騒ぎがおさまる。
「みなの者、聞いてくれ。先日、ラウリオンの鉱山と村が壊滅した!」
領主の言葉にざわめきが一気に大きくなった。領主が両手を広げると、また騒ぎがやむ。
「助かったのは三十数名。ほかは全て死んだ」
動揺が人々に走る。口を手に当てた婦人は、きっと夫か家族が鉱山にいたのだろう。
「わずかな生き残りを助けていただいたのは、この方々」
一斉に群衆から見つめられた。その話なのか。
「領主様、そのかたたちは、どこの人で?」
民衆のひとりが声をあげた。
「異国の王族と、その臣下のかたである」
「この国の兵士を斬ったぞ!」
どこかから野次るように声が飛んだ。
「攻撃したのはこちら。なにもこの方々が兵士を襲ったわけではありません」
理屈は正しいが、なぜ領主がおれらを
「おい、猿人がいるぞ。ウブラ国か!」
「そいつらが鉱山を襲ったんじゃねえのか!」
民衆が騒ぎだした。今度はペルメドスが手を挙げても騒ぎはやまない。
「だまれ!」
集会所に落雷のような怒号が響いた。入ってきたのは領主の息子、カルバリスだ。荒っぽい若者をたばねていただけあって声はでかい。しかし、なんの用だ。
カルバリスが群衆をにらむ。領主の息子なので顔は知られているのか、人々は口をつぐんだ。
「この目で見た。鉱山を襲ったのは
「グールだって?」
ざわめきが広がる。
「うそつくな、グールなんざ、祖父の代で聞いたきりだ!」
なるほど、このあたりにグールが出没したことはないらしい。人々が、あり得ないといった反応をしている。
「うそじゃねえ!」
カルバリスが集会所の外を見た。外からなにかが運びこまれてくる。運んでいるのは、あのとき鉱山で一緒にいたカルバリスの手下。若者たち数名だ。
カルバリスの手下は四人で大きな麻布を持っていた。それを舞台まえの地面におく。麻布を広げると、これまた大きな油紙があった。油紙は細長く畳まれている。
なぜか油紙から、異様な気配がした。近くにいた人々が
カルバリスが油紙をひらいた。なかに入っていたものを見て、思わずとなりに座っていたアトをのぞいた。アトと目があい、アトがうなずく。やはり、あれはアトが放った矢か。
「見ろ、これが、グールをしとめた矢だ!」
カルバリスがさけんだ。近くで見ていた何人かが嘔吐する。あの黒い雛鳥を射った矢からは、
「それを、しまわれよ!」
ボンフェラートが素早く立ちあがり言った。カルバリスは油紙を畳み、また麻布でも包んだ。
あのとき、赤子を助け坑道から出ると、ラウリオンの村には領主の使いが馬車できていた。おれらは、すべてをまかせて帰っている。まさか馬鹿息子、また坑道に入っていたとは。
「親父、一年、いや、二年、おれの好きにさせてくれ!」
カルバリスは父親である領主にそう言うと、舞台のおれたちにむかい、膝をついた。
「ペルメドスの息子カルバリス。どうか、おれを同行させてください!」
そう言って頭を垂れた。おいおい、話がいよいよ変な道へいきつつある。おれは話に割って入ろうとした。
「ご子息、それは無理だ。われらは・・・・・・」
カルバリスが顔をあげ、アトを見た。
「おれはあのとき、岩場の陰で腰をぬかしてました!」
あのときとは、闇の精霊を使った黒い雛鳥と戦ったときか。
「おれは、この街で一対一なら腕っぷしで負けたことはねえ」
この街ならそうだろう。王都からきた兵士しかいない。
「そのおれが、いざグールを目のまえにしたら動けなかった。小便漏らして、ふるえてただけです」
馬鹿息子がちょっと気の毒になった。生まれて初めて見たグールのはずだ。それが、あの黒鳥。おれたちが戦ったグールのなかでも、飛びぬけて異様だった。
「みなが倒れるなか、おれは見た。あなたは立ちあがり、そして倒した。なぜ、そんなことができるのか。怖くはないのか。おれはわからねえ。いや、おのれの弱さすら、わかってなかった」
まあ、アトはグールに対し恐怖はないだろう。その姿が、この馬鹿息子に強烈な敗北感を植えつけたか。
「王族とは知らず、失礼を重ねました。しかしどうか、どうかおれを旅に同行させてください!」
カルバリスの目を、アトはじっと見ていた。おれは思わず、ため息がでる。こういう真剣な思いを邪険にできるほど、われらが王は器用じゃない。
「ならぬ」
おどろいた。それは領主ペルメドスの声だ。
「そなたがアトボロス王についていくのは許さぬ」
おれはグラヌスをちらっと見た。グラヌスもこっちを見たので、おなじく思ったのかもしれない。これはあんまりだ。おそらく馬鹿息子にしては一世一代の決心だろう。それを父である領主が止めるのか。
たしかに領主の息子が街をでるなど、無茶な話なのかもしれない。しかし、男が決心したのだ。それを無下にされるとは、いささか気の毒に思える。
「親父!」
「そなたのような未熟者が従者になれば、迷惑をかけるだけ」
おれは腰を浮かしかけた。アトがいいと言うなら、連れていってもいい。
「カルバリスよ、まずは臣下のイーリク殿、またはドーリク殿に教えを乞え」
領主の言葉に耳をうたがう。いま、イーリクとドーリクの名を言わなかったか。
領主はもう一度、こちらをむき、ひざをついた。
「アトボロス王、ラウリオンを救っていただいた上で、厚かましいのは承知。ですがなにとぞ、この地をお守りくださいませ」
そして深々と頭を下げた。おれはもはや耳が狂ったか。みなを見る。みなも口があいていた。今日、王都の兵士を斬りまくったおれたちだ。そのおれたちが、この街に
「領主様、いったい、なにを言っておられる!」
群衆のひとりから声があがった。
「みな、よく聞け」
ペルメドスは立ちあがり、人々のほうへ再度むいた。
「このテサロア地方にグールが大挙して押しよせておる。私の力では、このレヴェノアを守ることはできん。ならば力のある王に守っていただくのが、生き残る唯一の道」
兵士のひとりが領主に駆けよった。あれは、さきほど兵士長に進言しようとした副長だ。
「領主、ここは、アッシリア領ですぞ!」
「それはおかしい。ここはレヴェノア領であります」
「アッシリアの
ペルメドスの片方の目が釣りあがった。この温和な領主が怒るのを初めて見る。
「庇護ですと! ラウリオン鉱山を助けたのはアトボロス王と臣下のかたたち。王都の兵士ではございません」
副長の顔が青ざめる。
「王都が黙ってはいないぞ」
「さきほど、負けたではありませんか! たった三人に!」
これは、街を逃げだすどころじゃねえ。おれは立ちあがり、アトのよこに立った。
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