第69話 ラウリオン鉱山窟
鉱山へと馬で急ぐ。
アッシリア国の南の果て。山脈が近づいてきた。
山すその村も見えてくる。煙は見えない。だが、人が生活している気配も感じなかった。
「ここもか!」
うしろからグラヌスの声が聞こえた。
村は粗末な小屋がぎっしりと密集していた。焼けてはないが、崩れている小屋が多い。
村の通りに人影が見えた。おぼつかない足取りで歩いてくる。その人影が倒れた。
おれが全力で走らせる馬のよこ、さらに早い馬影が駈けぬけた。アトだ。
「グラヌス!」
うしろを走る犬人の戦士にさけんだ。おれはヒューとの二人乗りだ。グラヌスの馬なら追えるか。
グラヌスの馬がおれの馬をぬかしていく。だが、アトとの差はひらいていく一方だ。
「くそっ!」
グラヌスめ、アトに馬を教えたのは大失敗だ。このなかで馬が一番速いのがアトになるとは!
背後で羽ばたく音がした。ヒューが空にのぼる。そうか。飛んで追いつけるわけではないが、上空から周囲を見ておくつもりか。
アトに追いついたときには、もう倒れた男をかかえ起こしていた。グラヌスは剣をぬき、周囲にむかってかまえる。
男は年老いた犬人だ。おれは荷物から水袋をだして飲ませた。
「助けてくだせえ。グールが」
「ほかに生き残ったのはいるか」
「三・・・・・・三番坑に隠れております」
坑道のなかに隠れたのか。周囲を見まわした。村のあちこちに死体があった。
残りの仲間が追いついてくる。
「イーリク、ボンじいとマルカを連れて坑道の三番を探してくれ。生き残りがいる」
「承知した!」
イーリクは馬を降り、うしろに乗せていたマルカに手をのばす。ボンフェラートは馬を降りて老人に手をかざした。精霊の癒やしだ。
最後に遅れてドーリクもきた。
「ドーリク、グラヌスと周辺にグールがいないか、確認してくれ」
「あいわかった!」
羽ばたく音が聞こえ、ヒューが降りてきた。
「上からはグールの姿はない。だが、鉱山窟というだけあって、穴は多いぞ」
そのどこかに、まだグールはいるかもしれない。老人のそばにひざをついた。
「使われていない坑道はありますか?」
「西の山にある採掘場は、どれも使われておりません」
「ここから遠い?」
「すこし歩きます」
なら、そこの可能性が高いか。ひとまず、生き残りを助けてからだ。
三番坑道に隠れていた人は二十名ほどだった。
怪我人はいなかったが、飲まず食わずで衰弱している。逃げこんだはいいが、怖くて出てこれなくなったのだろう。
村から近い採掘穴は、ほかにもいくつかあった。数人が隠れていたが、すべて合わせても三十名ていどだ。
村の入口で人々を休ませていると、馬に乗った犬人の若者があらわれた。領主の息子カルバリスだ。
「おお、なんだこりゃあ!」
カルバリスたちは村のようすを見ておどろいている。
「盗賊の野郎、ひでえことしやがる!」
盗賊ではない。これは本当のことを言ったほうがいいのかもしれない。
「ご子息、これはグールだ」
「よし、グールめ、おれが退治してやる」
「グールと戦ったことがありますか?」
「ねえ。だが、まかせとけ」
それは危ねえ。なんとか帰らせる方法はないか。
「ご子息、今回こられたのは、父君の命令ですか?」
「いや、親父はぜったいに、鉱山にいってはならんと言った」
おまえは子供か! その言葉を飲みこんだ。
「ご子息、いそぎ領主に報告したほうがいい」
「そうだな。おい!」
カルバリスは、うしろで馬を引いている仲間を呼んだ。
「親父に伝言だ。いってこい」
仲間のひとりが馬をまわし、駆けていった。帰らないのか。
「グールであれば手に余ります。あとは兵士に任せ、ここは・・・・・・」
「兵士!」
カルバリスは声を荒げ、馬からおりた。
「兵士なんざ動きゃしねえ。それを親父のやつ、大勢の面倒みやがって」
それはおそらく、王都への配慮だ。大勢かかえることによって王に忠誠をしめしている。
そうか、街や自分の住まいに防備がないのも、そのためか。レヴェノアは王都アッシリアから離れている。徹底して警戒されないようにしているのか。
「意気地のねえ親父だ。都のやつにへいこらしがって」
処世術にたけた領主のようだ。だが、それは息子には伝わらないか。
「ご子息、ここで村人をたのみます。われわれは付近を見まわってきますので」
なんとか置いていこうとした。しかし馬鹿息子たちは四人が残り、ほか五人はついてくる。
「おい、おまえら、おれから離れるなよ。グールがでるかもしれねえ」
カルバリスは自分の仲間たちにそう声をかけた。
「ここで殺してもグールのせいにできるぞ」
そう耳打ちしてきたのはヒューだ。冗談だと思いたい。
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