第68話 街道を南へ
ソロア村を出発し、まずは鉱山への街道に入った。レヴェノアの街から鉱山をむすぶ道だ。
街道といっても馬車の
それから街道を南へ南へとひたすら馬を飛ばす。
しばらく荒れ地がつづいたが、夕方ごろになると木々がちらほらと生える地域になった。
道のさき、街道ぞいに大きな常緑樹が一本ある。そのまわりに馬が数頭いるのが見えた。
「ラウリオンの村人だろうか?」
「聞いてみよう」
グラヌスとふたりで先行して走る。徒歩の旅人ならまず問題はないが、馬に乗った集団だ。まれに盗賊の場合がある。
近くになり顔が見えた。犬人の若い男ばかり。ざっと数えて十人ほどいる。野宿の準備をしているようだ。
「そのほうら、ラウリオンの者か」
グラヌスが馬上から声をかけた。馬からおりずに声をかけたのは、若い男ばかりというのを警戒したのだろう。
グラヌスは単純な男だが、歩兵の隊長をつとめたほどの男だ。状況を見る力は高い。
「おう、あんたらが旅の一座か」
ひとりだけ樹の下で休んでいる男が言った。ほかの者は、たき火の準備や寝床の布を敷いている。この集団の頭目か。
男は馬に近づいてきた。おれやグラヌスより、すこし若いか。剣は樹の下に置いたままだ。敵意はないと見える。
「カル、そいつらがめずらしい異種族か」
若者のひとりが、おれを見ている。
「いや、猿人はべつにめずらしくねえ」
頭目らしき男は、街道のうしろを走ってくるアトたちの馬影に目を細めた。
「うしろからくるほうだろう。鳥人と人間がいるって話だ」
この若者、だれから聞いたというのだ。
「おれはカルバリス。ペルメドスの息子だ」
ペルメドス、あまりに雰囲気がちがうので瞬時にでてこなかった。あの領主の息子か!
領主ペルメドスは、温和そうな年配の犬人だった。しかし、あなどれない雰囲気もあった。こいつはどうだ。こいつも仲間も、見るからに荒くれ者だ。
ここで、うしろの六人が追いついてきた。カルバリスが六人を見て、大げさにおどろく。
「なんでえ、女がひとりいるのか。おお、しかも猫人族か!」
ヒューの目がすうっと剣先のように細くなった。女はひとりではない。だが、無用な話はせず、気になることを聞こう。
「領主のご子息が、なぜここに?」
カルバリスは得意げに笑った。
「盗賊を倒しにいくそうじゃねえか。旅の一座にゃ荷が重い。おれらが助けてやるよ」
なるほど。温和で切れ者の領主も、子育ては苦手と見える。ここまでで充分すぎるほどわかった。馬鹿息子だ。
しかし領主の息子というのがやっかいだ。
「それは助かります。わたくしどもは、ひとつさきの樹の下で休ませてもらいますので」
おれはそう言って、街道のさきにある樹を指でさした。
「おう。こっちで一緒にいてもいいぞ」
それは勘弁ねがいたい。こちらには女子もいる。ふたりも。そのうちひとりは、この連中と一緒にいたら血の雨をふらせそうだ。
粗相のないふりをして、次の樹の下へと移動する。
「あれは、なにやらダリオンを思いだすな」
グラヌスがつぶやいた。話に聞いた第一歩兵団の馬鹿息子か。
「親が馬鹿なら子も馬鹿。それはわかりやすいが、あれの親は賢そうなのにな」
グラヌスはうなずき、たき火の用意をしているアトを見つめた。
「子育て次第か。自分もいつの日かわからぬが、気をつけねば」
大真面目に言うのがおかしかった。たしかに、アトの父母は聡明だったのだろう。アトを見ればわかる。
「まあ、グラヌス。努力しても無駄かもしれんぜ。おれの両親は知ってるだろう。その子供がおれだ」
グラヌスがなるほど、と
樹の下で一夜を明かし、出立の準備をととのえる。
街道をふり返った。領主の息子、カルバリスたちが起きている気配はない。
「面倒くせえな」
おれは馬に乗り、カルバリスたちが寝ている樹まで駆けた。
「ご子息さま!」
機嫌をとっている自分が馬鹿らしく思えてくる。
「ご子息さま!」
「おう」
昨晩、遅くまで騒いでいた音は聞こえた。どうせ酒盛りでもしてたんだろう。
「われら一団はさきにいき、ようすを見て参ります」
「そうか。すぐにいく」
そう言ってカルバリスは、また寝息を立て始めた。
馬をひき返し、仲間のもとに帰る。
「ラティオ、むこうはだいじょうぶ?」
「あたしの癒やし、いるかな?」
起きてないのを心配したのか、アトとマルカが歩み寄ってきた。
「おまえらは、立派だ!」
それだけ言い、自分の荷物をとりに馬をおりた。みょうにふたりを抱きしめたくなった。フーリアの森にいるオフスとオネの兄妹がここにいたら、そのふたりも抱きしめたくなっただろう。
両親がいなくても、立派に育つやつもいる。グラヌスが、わかるぞと言いたげに大きくうなずくのが見えた。
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