第四章 ラティオ 建国の水

第63話 再びの荒野

 アッシリア国の荒野を南へと馬をすすめる。


 ふと親父やお袋を思い浮かべた。この時期、ヒックイトの里では雪解けの畑に種まきをしているころだ。まさか息子のラティオが、これほど遠い異国の地にいるとは夢にも思わないだろう。


 小さな緑地があったので、休憩をとることにした。


 ちょろちょろと音がすると思ったら、湧き水だ。大きな岩と岩のあいだから染みでている。水は窪地に流れ小さな泉を作っていた。


 人と馬の喉をうるおしていると、アトとグラヌスの会話が聞こえてきた。


「グラヌス、その村までは、まだ?」

「アト殿、気が早い。まだ半分ぐらいだろうか。だが、少し急がねばな」


 なんでこう、犬人ってのは義理堅いかね。


 その義理堅さが、今回の旅の原因とも言える。フーリアの森で一冬を過ごしたころ、避難していた人々が森に帰ってきた。森が安全になったと伝聞で広まったのだろう。


 帰郷してくる人の数は、意外に多かった。広大な森のなかに住民は気ままに散らばっている。把握しずらいが、森の民はヒックイト族より多いのかもしれない。


 新たな顔に出会うたび、おれたちは感謝された。悪いことではないが、名が売れれば面倒も起きる。南のほうの村に避難していた男が、おれたちの家を訪ねてきた。


「ソロア、という村です。兄の家族がおるのですが、その村で赤子が消えたのです」


 おれらにぜひ相談したいというから聞けば、この話だ。グールの話かと思えば、人さらいの話だった。


「話す相手を間違えてるぜ。兵士にでも話して調べさせるべきだ」

「兵士に? ご冗談でしょう」


 思わずグラヌスをふり返る。元歩兵の兵士は、盛大に顔をしかめた。


「それも、ソロアの村だけではありません。近隣の村もおなじように」

「おいおい、消えた赤子は何人だ?」


 ソロアが四人。聞いたところでは、村々を合わせると二十人は超えると男は言う。それは、おだやかな話じゃねえ。


「同郷から、もどってこいと手紙をもらいました。そこに、みなさまのことも書かれていました。ソロア村の者と話し、私が代表して来た次第です」


 男は頭をさげ、小さな布袋をだした。おそらく謝礼の銅貨だろう。


「まあ、少し考える。今日のところは引き取ってくれ」


 そう言って男を帰した。アトとグラヌスは受けないのか? という意外そうな顔をしている。


 これは悩む。男の言うソロア村は、アッシリアの最南端に近かった。このフーリアの森も南部だが、さらに南へ下ることになる。


 ここフーリアの森は居心地がよく、つい滞在が長くなった。そろそろヒックイト族のいるアグン山に帰るべき。そう思っていたところだ。


 ところが、悩む暇はなかった。次の日だ。フーリアの森に、おれらがソロア村へ旅立つと噂が広まる。そこで森の民たちが支度金をあつめやがった。


 森の民は金品をあまり持たない。ひとりの額は小さなものだ。しかし、森の全家からとなると、馬鹿にできない額になる。


「では行くか」


 犬っころめ、当然のように言う。こいつは単純でいけねえ。


「早く行こう」


 まあ、人間の少年も、そう言うだろうな。


「このドーリク、そろそろ腕がなまっておったところ」


 そうだった、単純馬鹿はふたりいる。


「だあた!」


 オネは、やっぱり言ってる意味がわかんねえ。連れていかねえけど。


 そして八人は旅立ちとなった。マルカはフーリアの森へ残ってもよかったのだが、本人が行くと言い張った。まあ、猫人ひとりってのも心配か。


「ニュンペー様まで行かれるのか!」


 森の民が青くなった。すっかり、この森の守り神になっちまってる。


 青くなる気分もわかる。マルカは、この冬でめきめきと腕をあげた。しかも火の精霊による癒やし手ケールファーベだ。


 水の精霊を使う癒やし手ケールファーベが治癒の能力に長けているのに対し、火の精霊の癒やし手ケールファーベは毒消しなどの能力に長けていた。


 鬱蒼とした森は、毒のある植物や昆虫が多かった。森の民がマルカにいて欲しいのは、よくわかる。


 おまけに見た目が白い毛なみだ。おれらに会うまで盗賊から逃げ隠れる生活のせいで、マルカの毛はまだらに禿げてしまっていた。毛は生えもどったが、色は白くなっている。


 白い毛なみの若い娘。それが精霊の癒やしを使う。森の守り神ニュンペーと崇められても無理はない。


「ぜったい、グラヌスと一緒に行く!」


 だが、本人の意思は固かった。


 そうこうして、八人は旅立ちとなった。


 いま泉の水辺にすわり休んでいる七人をながめる。


 思うのだが、いまある状況から近い未来というのは予測ができる。だいたいは、予測したなかで悪いほうへと進む。


 ところが、アトと知り合ってから、悪いほうというより予測外へと事態は進む。


「ボンじい、アグン山を出立するとき、こうなると思ったか?」


 となりにいた老猿人に話しかけた。


「ラティオよ、人生というのは、ままならぬものよ」


 じじい、それらしいことを言うが、自分もさきが読めないのだろう。まあ、この賢人が読めないのだ。おれが考えても仕方がないのか。


「そろそろ行くか」


 おれが腰をあげると、みなもうなずき立ちあがった。


 アト、グラヌス、ヒュー、イーリク、ドーリク、ボンフェラート、マルカ。


 そしておれ、ラティオ。


 八人の旅の仲間はこうして再び、アッシリア国の荒野へと旅立つことになった。

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