第57話 森の民はどこへ
深い緑の世界だ。
どこを見ても緑だった。
上を見れば、そびえる樹は高く深緑の葉がしげっている。下を見れば、苔や草が生えていた。
岩場には緑がないかといえば、そうでもない。岩のあいだから草が生え、大きな葉で岩をかくしていた。
小鳥が多いようで、あちらこちらから
森のなかには、いくつもの小道があった。イーリクの案内で歩いていく。
道ぞいに家はならんでおらず、ところどころに小屋のような家があった。村という感じではない。家と家は離れていて、それぞれが勝手にやっているような雰囲気があった。
「人がいない」
猫人のマルカが近よってきて、背中の服をそっとつかんだ。そう、小屋はあるが人がいない。
何軒かの小屋をすぎたあと、ようやく人がいた。ツタに半分ほどおおわれた小屋のまえ、まき割りをしている犬人の男がいる。
男は、頭に厚手の手ぬぐいを巻いていた。歳は四十から五十に見える。ヒックイトの山の民は屈強そうな男が多かったが、この男は
「ゲルクさん!」
イーリクが男を呼んだ。
「おお、イーリク、それにドーリクもか!」
男は近よってこようとしたが、足を止める。
「猿人、いや、鳥人・・・・・・猫人? おい、どうなってやがる!」
イーリクは頭をかいて苦笑いした。
「話せば長い話になります。ですが、すべて仲間です」
そう、話せば長い。あまりに出来事が多すぎて、気分として一年は経っているように思える。だが実際は、ひと月ほどだ。
ゲルクと呼ばれた男は、いぶかる顔を浮かべながらも道までおりてきた。
「ばあちゃんまで、帰ってきたのか」
「ええ、それはともかく、人がいないようですが」
頭の手ぬぐいを外しながら、男はため息をついた。
「奥の池にグールが住み着いたみたいでな。いくにんかは退治にいったが、もどってはこない。森のみなは避難をはじめている」
ここにもグールがいるのか。池に巣くうグール、おそらくペレイアの街を襲った大蛇とおなじか。
「まあ、とりあえず入れ。茶をだそう。その長い話を聞かねばならぬし」
「いえ、
男はボンフェラートの背中で寝る幼子、オネを見た。
「そうか。たまに掃除と草刈りはしてある。すぐに使えるはずだ」
「恩にきます」
イーリクが頭をさげた。この男が、だれもいないイーリクの家を守っていたというわけか。
「おめえはどうする? 母ちゃんに顔ぐらい見せないと」
とつぜん、自分にむかって言われた。
「帰る」
うしろから声が聞こえた。ふり返るとドーリクだ。
みなが
ふたりが家に入り、木戸が閉まったところで、われに返った。
「ドーリクの父君だったのか!」
イーリクが笑った。
「そう、だれしも一度はおどろきます。ドーリクの両親は、いたって普通の体型です」
おどろいた。なにを食えば、あんな大男になるのだろう。
父親が言った池のグールは気になるが、子供と老婆がいる。まずはイーリクの家にむかった。
イーリクの家も小さな小屋だ。ドーリクが実家に帰り人は減ったが、それでも十人いる。この人数で寝れるのだろうか。
「使われていない家は、自由に使っていいのがここの流儀です。人数が多いので、となりも使いましょう」
イーリスがすこし離れたところにある家を指さした。人の気配はない。
「では、あれも使えるか」
ヒューが見つめるさき、樹の上に建てられた家があった。
「なかなか、わたし好みだ」
飛び立とうとしたヒューをラティオが止めた。
「ヒュー、マルカも連れてけよ。女はふたりなんだ」
「えっ、あたしはグラヌスと一緒に・・・・・・」
マルカが言い終わらないうちに、ヒューがうしろから両脇を持って飛び立った。静かな森のなか、マルカの絶叫がこだまする。こだまが聞こえなくなると、また小鳥のさえずりが聞こえ始めた。
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