第58話 森の夕食

 フーリアの森に建てられた家は、簡素なものだった。


 一部屋のなかに炊事場の土間と、板張りの間があるだけだ。湯小屋は別にある。


 イーリクの家はきれいだったが、となりは掃除が必要だった。しばらく使われていなかった家を、みなで掃除する。


 五歳のオフスと三歳のオネは、森のなかというのが楽しいらしい。ずっと家のまわりで遊んでいた。


「隊長さんだったとは、知りませんで」


 掃除をしているとあらわれたのは、ドーリクの父ゲルク殿だ。ドーリクが説明したのだろう。


「隊長、なんもないですが、夕飯はこれを」


 ドーリクが大きな鍋を持っている。イーリクの家にあつまり、夕飯となった。


「礼を言うのが遅くなりましたが、ドーリクとイーリクをひろっていただき、ありがとうございました」


 父親が頭をさげた。


「ゲルク殿、ご子息は、けっかとして栄達の道を閉ざしてしまい、申しわけない」


 自分のほうが頭をさげた。ふたりを巻きこむつもりはなかったのだ。あのまま軍にいれば、順調にのびていったものを。


「いえいえ、歩兵の副隊長までのぼりつめれば、充分です。ここにいたときは、力が有り余って悪さばっかしてたんですから」


 悪さばっかしてたのか。ドーリクを見ると、ばつが悪そうに顔をしかめた。


 話をしながらわたされた木椀は、魚と野菜を煮込んだ汁が入っていた。魚は森のなかにいくつも清流があり、そこでとれるそうだ。魚は木の実油で揚げてぶつ切りにしているとドーリクが説明した。


 さらに、もうひとつ皿をわたされる。パンを焼くまえの生地ような白いかたまりが載っていた。


「それはヤムです、隊長。タロ芋と玉蜀黍とうもろこしの粉を練ったものです」


 皿を持ってまじまじと見つめていると、今度はイーリクが説明した。ひとつちぎって食べてみる。たしかに芋だ。ほんのり甘い。


「汁に入れて食べてもいいです」


 なるほど。いくつかちぎって入れてみる。汁と一緒に食べた。


「うまいな」

「隊長、お世辞はやめてくだせえ」


 ドーリクはそう言うが、魚と野菜の汁は見た目より味がしっかりあってうまい。食べていくとわかった、干した小エビが入っている。


「息子が人を連れてくるとわかっておれば、鹿でも狩っておいたのですが」


 ドーリクの父がそう言って山のように無花果いちじくが盛られた木皿をだす。


 なにもないと言っていたが、魚も肉も身近にある。それに森のなかだ。果実は多種多様なものがあるだろう。考えようによっては食材の宝庫だ。


「ゲルク殿、突然にたずねたのはこちら。お気になさらず」


 過分な気遣いは遠慮してもらおうと思ったが、ドーリクの父は首をふった。


「息子のドーリクが隊長様を連れてきてくれたのは、またとない幸運です」


 幸運? 首をひねった自分を見たのか、イーリクが言葉を加えた。


「隊長、この森には兵士どころか、守兵というのも、おりません」


 そう言われれば。犬人ではない異種族がわんさと来たのだ。ほかの村なら、兵士か守兵が飛んできそうなものである。


「えんえんと木の道を歩いて入る森。外敵は来ないか」


 ラティオが納得したように声をあげた。ゲルクがうなずく。


「街道から遠く離れ、金品とも無縁。盗賊などがくることも、まずありません」


 なるほど、村のような一体感がないのは、気ままにそれぞれが暮らしていけるからか。森の民、ある意味では、ぜいたくな暮らしとも言える。


「ところが、そうなると、どうにもならぬのが・・・・・・」

「グール、というわけか。どうする、グラヌス」


 ラティオが自分に聞いてきた。まわりのみなも自分を見ている。ドーリクの父が息子の隊長にと頼っているので、決定するのは自分なのか。


 これは困った。軍人というのは計画を遂行するのは得意だが、みずからが決定することはそれほどない。


 森の奥にある池に巣くっているグールか。こちらにこないのなら、いなくなるまで待つという手もある。


「いこうよ、グラヌス」


 アトが強い目で自分を見た。そのまなざしの強さは、自分も訓練兵となったとき、持っていたものではなかったか。ふと、そう思った。


「近くにグールがいると、オフスとオネも、おちおち外で遊ばせれない」


 オフスとオネを見た。無花果いちじくにかぶりついている。どうやったらそうなるのか、顔の下半分に無花果の汁や実がついて真っ赤だ。


 アトの言うことは正しい。オフス、オネ、マルカ、三人はこの森に住むことになるかもしれない。だが、このままでは無理だ。


「よし、いこう」


 大声はださず、だが、力強く言った。みなもそれを待っていたのか、おなじように力強くうなずいた。

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