第54話 猫人族
火の精霊をまとった娘は剣をかまえていた。
剣先がふるえている。ボンフェラートの言葉を思いだした。剣をむけて子供に話すなと。
剣を腰にもどし、両手をひろげる。
「この国に住む犬人族のグラヌスだ。助けにきた」
猫人族であれば異国の者だろう。両腕をひろげ敵意がないと伝えようとしたが、娘は気を失うように倒れた。同時に火の精霊も消える。
真っ暗のなか手探りで
つかむさきを換え、さきにボンフェラートを引きずって洞穴からでる。
「おお、無事か!」
「ボンフェラート殿をたのむ。もうひとりは自分が」
「もうひとり?」
もういちど洞穴に入る。娘を引っぱってでた。
「猫人族か!」
ラティオのおどろきにうなずく。
「火の精霊を使っていた。それに当てられボンフェラート殿は意識を失ったと思える」
陽の光を浴びたからか、ボンフェラートが気を取りなおした。
「
「ボンじい、それ、
「こむすめ?」
上半身を起こし、ならんで寝かせていた娘に気づいた。
「なんと、猫人族か!」
その猫人族は起きる気配がなかった。顔も手足も泥で汚れている。長らく光に当たらなかったからか、茶色い毛は抜け落ちて地肌がまだらに見えていた。
「
ボンフエラートが娘に手をかざしつぶやいた。男でも癒やしの祈りを使えるのか!
顔色がよくなったような気がしたが、娘は起きなかった。仕方がないので、自分が背中に背負う。
水車小屋にもどると、アトもドーリクも自分の背中へ釘付けになった。
「隊長、その子は!」
ドーリクに答えるまえに、六歳のオフスが駆けよってきた。
「グールは、グールはいた?」
この子がグールだ、とは言わないほうがいいだろう。
「退治してきた。もうだいじょうぶだ」
小屋の奥でうずくまっていた三歳の女の子、オネが自分を見あげた。笑顔でうなずいておく。
「ほらオネ、いこう!」
兄のオフスが手を引くと、やっと妹のオネは立ちあがった。
恐る恐るついてきたオネだったが、イーリクの祖母に会うと安心したようだ。抱きつくように膝を枕にしていると、うとうとし始める。
「やはり、子供の相手には女か」
「わたしも女だがな」
思わずつぶいやた言葉にヒューが反論した。口は災いのもとである。
猫人族の娘は、まだ目を覚ましそうにない。たき火からすこし離して寝かせた。
この日はもう移動はせず、おなじ場所で野宿することにした。
たき火をしていると林のなかは静かだった。そこへ、がっさがっさと草をかきわけてくる音がする。山猫か狐でもいるのかと思いきや、アトとラティオだった。
「今日は子供もいる。大鍋で米と煮込むか」
ラティオが手にしていたのは鳥が数羽。アトはいくつかの野草を持っていた。ふたりで狩りにいってたのか。
ふたりは近くの小川で鳥をさばいてくると、あっという間に米の鍋を作った。ラティオは最後に荷物から小袋をだし、なにかをぱらぱらとかける。
「ラティオ殿、それは?」
「塩と香辛料が混ざったものだ」
そんなものがあるのか。この旅の食料は、ラティオが事前に舟に積みこんでいた。バラールの街から逃げるときだ。
ラティオが非凡なのは、舟を二艘用意していたこと。さらに、どちらにも食料を積みこんでいたことだ。
「必ず片方が無駄になるではないか」
そう聞いたことがある。ラティオは平然と答えた。
「こっちは命がかかってんだ。そういうときは、ケチらねえことよ」
まったく思い切りがいい。用意も周到だ。自分は戦場で隊の指揮しかできぬが、ラティオなら軍の運用がつとまりそうだ。
そのラティオ、今宵は軍ではなく鍋を見ている。たき火にかけた鍋をかきまわすラティオに近づき、鍋をのぞきこんだ。
「今日のは旨いぜ。鳥のいい部分しか使ってねえ。アトが三匹もしとめたからな」
獲ったのは、すべてアトか。
「アト殿の弓の腕はどうだ?」
グールとの戦いで見たが、なかなか弓を使う。ヒックイト族から見ると、どう見えるのであろうか。
「そうだな。里のなかだと十指に入るとは言わないが、そうとう上だな」
「そんなにか!」
ヒックイト族は山の民だ。弓は常用するだろう。そのなかでも上手いというなら、かなりのものだ。
「剣が苦手だと言ってたからな。そのぶん弓にすべてをかけてるのが強え」
なるほど。旅のあいだでたまに練習をしているのを見るが、たしかに弓ばかりだ。剣を持っているのは見たことがない。
「まあ、得意とする
まさに思っていたことを言われた。これからは狩りなども必要だと思ったところだ。
「それこそ、おまえ、剣なら里の十指に入るだろう」
おお、嬉しいことを言う!
「ラティオ殿、で、あるなら、ゴオ族長とくらべたとき・・・・・・」
「おい! そろそろいいぜ」
聞いてみたかったことは聞けなかった。あの五英傑のゴオ族長。自分との差はどれほどあるのだろうか。
ラティオの声を聞きつけ、子供ふたりも起きてくる。ラティオが木椀にそそぎ、祖母のほうにわたした。
自分も木椀に入った鳥の汁を嗅ぐ。いい匂いだ。汁をすすってみると、鳥と野草の味が豊かだった。ラティオが最後に入れた香辛料は、かくし味ていどだ。
そのとき、寝ていた猫人の娘が起きた。起きて飛ぶように草むらの陰にかくれる。
「娘よ、そなたも食べよ」
自分の椀とさじを草むらの手前におく。匂いにつられたかのように、草むらから四つん這いで出てきた。四つ足で歩くと、まるで山猫だ。
「ラティオ殿、木椀の予備はあるか?」
自分のを差しだして、器がない。ラティオとヒューが村から食料や必要なものを持って帰っているのは見た。ほうっておいても腐るだけだ。自分たちで使ったほうがいい。
「椀はあるが、汁はもうねえぞ」
なんと! 鍋を見ればたしかに空っぽだ。うまい汁だった。悔やまれる。これからは食料を差しだすとき、残りがあるか確認しよう。
自分が鍋の底をながめるそのよこで、大きな木椀をかかえたドーリクがいた。三人前は入りそうな大きな椀だが、そっと背中をむけ、ドーリクは椀をかくした。
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