第55話 火の精霊

「それで、お前、名は?」


 ラティオが自分にむかって言った。無論、このグラヌスに聞いているのではない。


「マルカ」


 背後の娘が答えた。あまりこのあたりでは聞かぬ名だ。やはり遠い異国の者か。


 たき火を囲んでみなが座っている。猫人族の娘はなぜか、自分の背後に隠れるように座っていた。


「親はおらぬのか?」


 聞いたとたん、娘は全身の毛が逆立ったように見えた。


「ぼくの両親は、グールに殺された。きみも?」


 ふいにアトが口をひらいた。娘は首をふる。


 ぽつりぽつりと話し始めたことをまとめると、このマルカという娘は行商人の娘だった。


 バラールへむかう旅団にいたが、賊に襲われたそうだ。両親は殺され、自身も捕まったのだが、途中で逃げだすことに成功したらしい。


 なるほど。このテサロア地方へ入る街道はいくつかある。北だとハドス町長のいたペレイアの街であり、西であればギオナ村だ。


 外からギオナ村への道は、いくつか山を越えなければならない。必死で逃げてギオナ村に着き、グールと出くわしたというわけだ。気の毒に。


「グールだけじゃなく、人にも襲われるのか・・・・・・」


 アトがぼそっと、つぶやいた。十五歳になる少年の疑問はもっともだ。人は人を襲う。


 たき火を囲う面々を見まわした。


 犬人、猿人、鳥人、猫人、人間。十一人の種族はばらばらだった。年齢も子供から年寄りまでいる。それでも、食事はひとつの鍋で足りた。なにを奪い合う必要があるのか。


 だが、それを言う資格は、自分にはないのかもしれぬ。軍隊で生きてきた。戦うしか能のない犬人が、いまさら戦いの意味を考えるのか。


「火の精霊をだしてみてくれんか」


 ボンフェラートの声で自問の沼からぬけだした。そうだ、この娘は火の精霊を操っていた。


 だが、猫人の娘は首をふった。使い方がわからないらしい。


「極度の緊張、それがつづくなかで無意識にだしておったか」


 ボンフェラートは納得してうなずいた。


「習わずとも、精霊をだせるのか」


 精霊は古代語を学び操るものだと思っていた。ちがうのか。自分の疑問にはボンフェラートではなく、意外にもアトが答えた。


「ラボス村の子供は、みんな水玉遊びをやってたよ」

「なんじゃと!」


 老練な精霊使いがおどろきの声をあげたが、自分もだ。コリンディアの街にいる子供は水玉遊びなどしない。いや、できない。


「アトボロスよ、では、村の者はすべて精霊使いじゃったのか」

「いや、そうでもない。湧き水がでる浅い泉があって。そこで赤ちゃんの頃から遊んでいると、水玉遊びだけは覚えちゃうんだ」


 ボンフェラートがうなった。


「素晴らしい指導じゃ。よほど高名な精霊使いがおったとみえる」

「いや、それを勧めたのは母さんだよ」

「母君か!」


 ぼくは水玉すらできなかったけど、とアトは笑ったが、みなの顔は苦虫を噛みしめている。


「ご存命中に、お会いしとうございました」


 イーリクがしみじみ言う。そうそれだ。アトの父、セオドロスもひとかどの男だったと聞く。自分は歩兵隊という民を守る仕事をしながら、その方々を守れなかった。間に合わなかったことが悔やまれる。


 それはともかく、猫人の娘マルカは資質が強いとのことだった。


「きちんと学べば、よい癒やし手ケールファーベになれるやもしれん。学ぶかね?」


 マルカは真剣な顔でうなずいた。コリンディアでも癒やし手ケールファーベにあこがれる女子は多い。異国の娘でもおなじか。


「オフスもー!」

「だあた!」


 ギオナ村の兄妹けいまいも立ちあがった。妹のオネは意味がわかってないと思うが。


「うむ。若いうちから学ぶのはよいこと。歓迎しよう。大人はどうするかの?」


 大人は答えず木杯を口にする。喜び勇んで手を挙げたのは、イーリクのひとりだけであった。


「それで、聞くまでもねえが、三人はおれらに同行するんだな?」


 ラティオの問いにマルカとオフスがうなずいた。


「どこかに身寄りがあるなら、送ってやるぞ?」


 マルカとオフスはぶんぶん首をふった。それを見たオネも首をふる。


「なら、アトに狩りの仕方と野草なんかも教えてもらえ。働かねえやつは食わさねえからな」


 ラティオの諫言かんげんに、こくりこくりと子供三人がうなずく。さすがラティオ、山の民だ。手厳しい。


「では、三人は連れて行く。みな、異論はないな?」


 ラティオが大人たちに確認する。


「みんな、一緒に行こう」


 アトが笑顔で言った。アトがそう言ったのは何回目だろうか。


 これで旅は十一人。最初は、アトとふたりだけでコリンディアを出た。あれから、ひと月も経っていない。


 ラボス村では、それほど好かれていなかったと聞いたが、この少年は人を引き寄せる才があるのではないか。自分が知っているなかだと、ゼノス師団長がそうだった。


 コリンディアでは、ゼノス師団長が率いる第三歩兵師団がもっとも人気が高い。自分も訓練兵からの配置先がゼノス師団長のもとだとわかったとき、喝采をあげたものだ。


 アトが人を引き寄せるとするならば、人間であることも大きいのかもしれない。それによって、種族の縛りがない。


 人間のアトは別種族の犬人に育てられたのだ。本人は種族のちがいなど珍しくもなんともないだろう。


 このまま旅を一年ほどすると、もしかすれば百名ほどの旅団になるかもしれぬ。


「さあ、もう寝ましょうね」


 イーリクの祖母が子供らに優しく言った。そうだった、フーリアの森に帰るのであった。


 らちもない妄想は頭をふって消すことにしよう。百名の大旅団。まるでさきの大戦で活躍した大旅団バウルだ。


 大戦のさなか、テアロア地方に立ち寄ったバウル率いる旅団は、そのままウブラ国に加勢した。


 バウルと旅団は凄まじい働きを見せ、ウブラ国から領土を与えられた。それがのちのバラールである。


 バウルはすでにこの世のものではないが、五英傑のひとりとして、いまでも語り継がれている。


 人望、商才、武勲、バウルはすべてを供えた逸材だったと聞く。自分にそんな才能はないが、こちらにはアトとラティオがいる。


「隊長、どうされました?」


 ふいにイーリクが聞いてきた。


「いや、なにも」

「にやついておられましたが」


 誇大妄想をしていたとは言いにくい。


「いや、大人たちも、もう寝よう」


 横になり、たき火に背をむける。自分で食い物も調達できぬ男が、大旅団を妄想するとは恥ずかしいかぎりだ。


 弓は無理だが、子供たちに混じって野草などは教わろう。思えば、道ばたの薬草で命を救われたのだった。


「薬草士グラヌス」


 ふいにそんな言葉が浮かび、笑いそうになるのをこらえて目を閉じた。まったく、なんとも似合っていない。


 軍人をやめたので、戦士以外の生き方もある。たまにそう思うが、戦士以外の職業を見つけるのは、まだまだ遠いように思われた。

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