第53話 ギオナ村の生存者

 矢と岩の攻撃により、甲殻をまとったグールは倒せた。


 屋根からおりて引きつづき生存者を探す。はぐれたグールだったのか、ほかにグールの姿はなかった。


「あれが集団できたらと思うと、肝が冷えるな」


 ラティオにそう言ってみたが、うなずくだけで、なにか考えこんでいた。この猿人は、ふざけているが、こういう顔もよくする。自分とはちがい思慮遠望があるのかもしれない。


「むこうに気になるものが・・・・・・」


 そろそろ帰ろうかと思っていた矢先、アトがみなに言いにきた。


 アトが言った場所は麦畑のあぜ道だ。水たまりのへりについた足あと。ほかにも、ところどころに足あとがあった。大きさがちがう足あとが複数だ。


「追ってみよう」


 自分の言葉に、みなもうなずく。六人でかたまり、足あとを追った。念のため剣をにぎっていく。


 しばらく歩くと、先頭のドーリクが止まった。


「駄目ですな」


 麦畑のなかに人が倒れていた。すでに死んでいる。さらに進んでいくと、多くの亡骸なきがらがあった。


「無駄だったか」


 引き返そうとした自分を止めたのは、アトだった。


「あの水車小屋」


 アトが指をさしたのは、麦畑のわきにある水車小屋だ。


「一応、見てみるか」


 ラティオが言い、自分もうなずく。


 自分とラティオが先頭になり水車小屋まで歩いた。戸のまえで剣をかまえる。なかにグールがいるかもしれない。


「あけるぞ」


 ラティオが短く言う。うなずいた。


 木戸をあけ、目に飛びこんできたのは生き物だ。しかも剣をかまえている。だが、小さい。


「近よったら斬るぞ!」


 犬人の子だ。剣を持っている男の子は五歳か六歳。そのうしろにいる女の子は三歳ほどではなかろうか。


「敵ではないぞ。もと、第三歩兵師団の第五隊長、グラヌスだ!」


 剣先が自分にむけられる。


「ばかもん、剣をむけ子供に話しかけてどうする」


 歩みでたのはボンフエラートだ。


「え、猿人!」


 子供は入ってきた猿人に剣をむけたが、ボンフエラートは笑みを浮かべた。腰にさしていた剣をさやごとぬき、戸口から外に投げる。


「左様。じいじはボンフェラートという。おまえさん、名はなんという?」

「オフスだ、猿人め!」


 ボンフェラートは、とぼけた顔をして頭をかいた。そして入口からのぞいている仲間を指さす。


「おまえさんは犬人じゃの。わしは猿人。そこにおるのが鳥人と人間じゃ」


 オフスと名乗った男の子は、ぽかんと口をあけてアトとヒューを見た。


 こちらに敵意がないことがわかると、オフスは剣を置いた。妹の名はオネというらしい。


 オフスが落ち着いたので、話を聞く。この村が襲われたのは、もう三日もまえのことらしい。


「よく、がんばったの。ここで三日も辛抱したか」


 ボンフェラートが子供ふたりの手をにぎり、外へ連れようとすると、女の子のほうが動こうとしなかった。


「オネ、おとながいるからグールがきても平気だって!」

「なにっ、グールがおるとな!」


 手をつないだボンフェラートがおどろいている。もちろん、まわりのわれわれもだ。


 聞けば、夜になるとグールが畑をあさりにくるらしい。たぬききつねではないかと思ったが、それよりもずっと大きいとオフスはいう。


「昼は、滝の洞窟にかくれてるよ!」


 グールのあとをつけるとは、危ないことをする。女の子のオネは、どうしても水車小屋からでていきたくないようだ。ついにはボンフェラート抱きかかえると、暴れて泣きじゃくった。


 ラティオと見あう。これは困った。


 ボンフェラートはオネをおろし、その頭をなでた。


「よし、では、じいじが退治してきてやろう」

「ボンじい、危ねえぞ」

「聞くかぎりでは一匹じゃ。それなら、なんとかなるじゃろう」

 

 子供たちがいるのでアトとドーリクは残し、このグラヌスにボンフェラート、ラティオ、ヒューの四人でいくことにした。


 グールがいるという滝の洞窟にむかう。


 教えてもらった場所は、近くの山すそだった。滝の水量はそれほどでもないが、二階建ての家とおなじほど高い崖がある。そこから、いくつか水の流れが落ちていた。


 その滝のよこに、洞窟というより洞穴ほらあなに近い小さな穴があった。おとなだと、かがまないと入れない。


「あれじゃの。調べてみよう」

「ボンじい、孫にいいところ見せたいのか」


 笑いながらラティオが言った。


「それもあるがの。グールは、ほかの国でも生態が謎の生き物じゃ。巣穴があるなど、わしは初めて聞く」


 たしかに、グールの巣とは聞いたことがない。


「このテサロア地方にグールが大挙しておるのはなぜか、それを知る足がかりになればと思うての」


 ラティオが地面から石をひろった。


「ちょっと投げ入れてみるか」


 遠目から穴にむかって投げる。一投目は外し、二投目の石が穴に入った。


 待ってみたが、なにかが動くような音はしない。


「どれ、調べてみよう」


 ボンフェラートは手にしたランタンをかかげて洞穴に近づいた。


 ランタンは全壊した村の家から持ってきた。ボンフェラートは灯りをかざし、なかをのぞいている。


「なにもおらん。もう移動したようじゃ」


 ボンフェラートが洞穴に入る。どさりと音がした。


「ボンじい!」


 駆けだそうとしたラティオの肩を押さえる。


「自分が行く。ふたりはここで」


 剣をぬいて洞穴に入った。


「これは!」


 洞窟のなかは、荒れ狂ったように火の精霊が飛びまわっている。


 攻撃こそしてこないが、精霊のみだれが急激に胸のむかつきを起こした。精霊に鈍感な自分でも、気分が悪くなるのだ。ボンフェラートのような精霊にけた者なら気を失うだろう。


 ふいに火の精霊がいなくなった。残ったのは闇だ。


 アトが自分を守った一夜がある。闇が怖かったと、後日に笑って言った。あのとき、アトは一晩にわたって耐えたのだ。このグラヌスが、このていどの闇に屈するわけにはいかない。


「わが名はグラヌス。命惜しくなければ、かかってくるがよい!」


 ぼう、と洞穴のさきに灯りがついた。いや、それは灯りではなく火の精霊だ。


「猫人族!」


 人だった。それもアトと変わらぬ年端としはもいかぬ娘。その娘のまわりを火の精霊がまわっていた。

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