第52話 甲殻のグール
ギオナの村は焼け跡となっていた。
村の入口から見ただけで、もう無理だとわかる。
通りには動かない村人が多くころがっていた。木の焦げた匂いと、腐臭がいり混じった風が流れてくる。
ばさり、と音が聞こえた。空からヒューが帰ってきた。
「付近に、グールの群れは見あたらない」
「なら、念のため、生きてる者を探すか」
ラティオの言葉にうなずく。村の入口にあったブナの木に馬をつないだ。
見あげた大きなブナの樹は、上半分に焼けた跡があった。枯れゆく
「アト、入らなくてもいいぞ、ここで待ってれば」
ラティオがアトに声をかける。自分もそれがいいと思ったが、十五歳の少年は首をふった。その表情に見える意思は強い。十五歳とはとても思えぬ胆力だが、それは元来の強さなのか。それとも、いちど壊れた心の強さなのか。
村の通りを歩いていくが、生きている者はいそうになかった。
「あまり、グールの死骸がねえな」
それは自分も思う。グールの死骸は、たまに落ちているだけだ。ラボス村では村人の数と同等ほどグールの死骸があったのに。
「夜、いきなり襲われたか」
「それだ、ラティオ殿。この村は、まえぶれなく夜襲された、そんな気がする」
言いながら底知れぬ不安を感じた。それは、グールが村を襲うのが上達している、ということにならないか。
しゅっという、矢が飛ぶ音が聞こえた。
「しまった、はずした!」
ふり返るとアトが弓をかまえている。通りのさきを見ると、まえにも見た
「
ボンフェラートがさけんだ。
「一匹だ、ドーリク、グラヌス!」
「引き受けた!」
盾とグールがぶつかった音がし、ドーリクがぐらりと揺れる。まわりこみグールの足をはらように剣をふった。刃の先端がうしろ足にかする。
飛びついてこようとしたので素早くうしろへさがった。自分に注意がむいたグールの背後から、ドーリクが剣をふりおろす。
背中にざくりと刃が入り、グールは動かなくなった。
「ラティオ殿、言われなくとも、おれは戦う」
「わるい、ついな」
ドーリクがラティオに物申していた。あいだに入ろうとしたが、ちがう声が割って入った。
「なんじゃ、あれは!」
ボンフエラートが半壊した家に指をさしている。
その家からのっそりでてきたのは、虫のような殻のある生き物だ。
なかなかに大きい。全長はおとなの背と変わらない。頭のよこから大きなツノ、いや爪が生えている。川にいる
「逃げるぞ!」
ラティオのするどく声を発した。みなで走る。
「あそこの家、となりから屋根に乗るぞ!」
走りながらラティオが指さしたのは、二軒ならんだ石組みの四角い家だ。
そこまで走ってわかった。ひとつが半壊していて瓦礫を踏み台にできる。となりの屋根にのぼれた。
この家のまえは通ったが、自分は細かくおぼえてなどいない。ラティオは周囲の状況が頭に入っているのか。
そのラティオがいないと思ったら、すこし遅れて登ってくる。手には弓と矢筒を持っていた。
「ラティオ殿、その弓は?」
「むかいの家に落ちてたやつだ」
それも、おぼえていたのか! 急に探して見つかるものではない。
田鼈のようなグールは動作がのろかった。がさがさと音を立て、自分たちの登った家のまえまでくる。それから、ぎりぎりと音を立て、こちらを見あげた。
「ボンじいも知らないグールか」
「このような姿は聞いたこともないのう」
「・・・・・・
「弓で攻撃してみるよ!」
アトが肩にかけていた鉄の弓をとる。
屋根に登った六人のうち、ドーリクだけが
「どうした、ドーリク」
「あの動きなら、たやすく剣で刺せるものを」
なるほど。いつか言わねばと思っていたことを、言うときかもしれぬ。
「ドーリク」
「はっ」
「七人のなかで、われらふたりが一番弱い」
「はっ?」
意外すぎたのか、大男の副隊長がきょとんとした。
「いや、イーリクもいるので三人か」
「われら、歩兵隊ですぞ!」
「そう、歩兵。つまり相手は人だ」
ヒックイトの里にいた男たちを思いだした。屈強そうな男ばかりだった。街にいる歩兵とは種類がちがう。
「もはや、われらの相手は人ではない。グールだ。そうなると、自然の生き物を相手にしてきたラティオやアトのほうが、よほど経験を積んでいる」
もと副隊長は、まだいぶかしげな顔をしていた。
「わからぬか。あのグールはボンフエラート殿も見たことがない種だという。尻尾を見たか?」
ドーリクは首をふる。
「針のようになっていた。毒があるやもしれぬ。おそらく、ラティオが懸念したのはそこだろう。だから逃げろと言った」
そういえば、アトは小さいころに毒蛇にかまれ生死をさまよったと聞いた。歩兵隊が住むコリンデイアの街に毒蛇などいない。せいぜい
ドーリクとイーリクは、生まれたのは森の村でも、もはや街の生活が染みついているはずだ。自分もふくめ三人は、あらたな生活になれないと。
「毒・・・・・・」
ドーリクが大きな顔で大きな口をあけて絶句している。
「矢が刺さらない、なんて堅いんだ!」
「アト、あれは目じゃねえか」
「よし、目をねらってみる!」
「ああ、おしいな!」
「もう一度ねらうよ」
「もっと下、いや、左下だアト」
「ラティオ、うるさくて集中できないよ!」
屋根から身を乗りだしたふたりだ。なかなかにさわがしい。
「まとが小さすぎるよ、ヒュー、的中の護文!」
「
「そんな、ああ、また外れた!」
「アト、予備はある。どんどんいけ」
しかし、隊長である自分が弓を苦手なため、グラヌス隊はあまり弓の調練をしていない。こんなことなら、しておけばよかった。
「隊長・・・・・・」
「その呼び名も、もう昔だ。いまは軍人でもない」
ドーリクは組んだ腕をとき、歩きだした。二、三歩踏みだしてふり返る。
「おれにとっちゃ、隊長は隊長だ。それは変えません。しかし、あのグールをあなどっていたのも事実。じっくり敵を観察しておきます」
そう言って、アトやラティオのいる屋根のへりに歩いていった。
それがいい。自分たちは歩兵でなくとも、戦士のはずだ。戦士なら、仲間を守るのが役目。ドーリクを連れてきてよかった、そう思える日がきて欲しい。
「どれ、石でも投げてみますか」
ドーリクが屋根にあった大きな岩をグールに投げつけた。
「おお、へこんだ!」
「すごい、ドーリク!」
「馬鹿力・・・・・・」
意外にそれは、そう遠くないかもしれない。それに人に言うまえにおのれか。そんな苦い気持ちになり、自分も屋根の上からグールを観察することにした。
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