第51話 最西の村ギオナ

 イーリクの祖母を気遣いながら、西へ西へと馬を進める。


「アッシリアを遠目から見れるが、どうする?」


 みなに聞いてみた。


「王都、見てみたい!」


 アトが即答した。みなもうなずく。このなかでアッシリア王都を見たことがあるのは、自分だけだった。


 みなを連れ、丘の上に馬を進める。


「あれがアッシリア・・・・・・」


 馬を寄せてきたアトはひとこと漏らし、動きを止めた。


「馬鹿でけえな」


 その感想はラティオだ。


 このあたりは、岩盤がむきだしのような土地で作物は育たない。灰色の岩場がつづく平野のまんなかに、大きな街がぽつんとあるだけ。見つけるのは簡単だ。


 遠目からでも王都の大きさはわかる。街も城壁も大きいが、その中央だ。ひとつの山を丸裸にし、段々にして街を造っている。遠目から見れば、街が縦に重なっているように見えるだろう。


「三段、いや、四段か」


 ラティオが目を細めて言った。


「最上段は、すべて城だ。その下が王族の住む地域となる」

「なんとまあ、無駄な労力を」


 ラティオの物言いに笑えた。通常ならば巨大な建造物におどろくか、または畏怖いふするだろう。


「こんな枯れた土地にあれだけの街。アッシリアは租税そぜいが高いんじゃねえか?」


 ずばりと確信をつく。王都のまわりには耕作地がない。すべては、よそから運びこまれる物資でまかなっている。その費用は主にアッシリア全土から徴収される租税だ。


 ウブラ国にくらべ、アッシリア国のほうが租税が高いと、コリンディアの商人がよく不満を漏らしていた。


「そろそろ、いくかの」


 ボンフェラートが寒そうに肩掛けの布をとじてにぎった。丘の上は風が強かった。秋が深まり、日に日に北風が寒さを増している。


 みなが馬を進発させるなか、王都をもう一度ふり返った。あの街に王都騎士団がいる。アッシリア軍の最上位に位置する軍隊だ。


 このグラヌスが騎士団に召し上げられるのではないか。そのうわさは当の本人にも届いていた。それはないと思うが、運命の歯車がちがっていれば、十年後あたりに王都の衛兵にはなれたかもしれぬ。


 すこしだけ、うしろ髪を引かれるような思いで馬の腹を蹴り、みなのもとへと駆けた。




 西へ西へと旅を進めているうちに、イーリクの祖母も馬に慣れてきたようだった。


 はじめのころは一刻のあいだに何度も休憩をしていたが、いまでは二刻ほど馬に揺られても平気そうだ。


「馬に慣れたというより、元気になっているようです」


 イーリクが苦笑いして言った。コリンディアは街も家もせまい。広々とした大地を旅することで、気持ちが晴れたのではないか、とのことだ。


 何度かの野宿をし、何度目かの朝だった。


「グラヌス、煙が見える」


 小川で顔を洗っているときに、アトに声をかけられた。


 アトが指をさしたのは野宿をした林のむこうだった。言われてみれば、うっすらと煙に見えなくもない。


「村だとすれば、アッシリア国でもっとも西の村、ギオナだ」


 みなのいる場所にもどり、村から煙かもしれないと伝えた。みなの顔に緊張が走る。


「まさか、いや、それはないでしょうな」


 ドーリクは笑ったが、だれも笑わなかったので笑うのをやめた。


「荷物はおいて、装備だけしていこう。イーリクは、ばあちゃんとここに」


 ラティオの言葉にイーリクはうなずいた。そうだな。さすがに連れてはゆけぬ。


「しかし、なぜにラティオ殿が指揮をとるんです? この集団なら、グラヌス隊長がおりますのに」


 意外な言葉を発したのは、ドーリクだった。


「すまん、そんなつもりじゃねえが、ラボス村にいった流れでついな」


 いや、自分はそんなつもりだ。このなかではラティオが一番の適任だろう。


「みんな、早く行こう!」


 すでに馬に乗っていたアトが大声をあげた。


「おお、隊長、あのアト殿は危なっかしくていけねえ」


 ドーリクが馬をつないである木の下へと駆けだした。


 イーリクを残し、五人で林道を走る。ヒューは先まわりすると言って飛んでいった。


 林をぬける。ギオナの村が見えた。


「ここもか・・・・・・」


 思わずつぶやき、馬の速度を落とした。それはもはや、急いでどうにかなる光景ではなかった。


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