第43話 戦端の七人
部屋の戸をたたく音で目がさめた。
ペレイアの宿屋だ。一人用でぼくしかいない。
戦闘が終わり、ごはんを食べると宿屋で休んでくれと言われた。それも一人に一部屋。大部屋でもいいと言ったが、ハドス町長に固辞された。
また戸をたたく音がする。ぼくは寝台からおりた。
戸をあけると宿屋の主人だ。
「ハドス町長が広場まできてくれと」
町長が? なんの用事だろう。ついさきほど寝たばかりの気がする。まだ朝には早いはずだ。
宿屋をでてみると、やっぱりまだ暗い。夜明けまえだ。東の空がようやく明るくなり始めている。
広場にいく途中、グラヌス、そしてイーリクとドーリクの三人と会った。
三人が腰に剣をさしているのに気づいた。聞けば、夜警を買ってでたらしい。ぼくだけ、のうのうと寝ていたのか。自分が恥ずかしくなってくる。
「軍人は夜警になれてますから。お気になさらず」
イーリクが笑顔で言った。すらりとした細身と、やさしい顔の見た目どおり、口調もやさしい。
広場につくと、ハドス町長が待っていた。
「ハドス殿、なにごとですか」
グラヌスが声をかけた。ふりむいたハドス町長は、なにやらむずかしい顔だ。
「昨晩、話を聞いた私は、すぐにコリンディアにむけて使いをだしておいた。書簡にはグラヌス殿がいることも書かせていただいた」
グラヌスが
「そうややこしい話ではない。グラヌス殿は翌朝にたつと申したが、夜のうちに一名、徒歩でだしておいたのだ。救援要請を」
ハドス町長は、そこで話を区切り顔をしかめた。
「だが、むずかしいのはそこからだ」
「そこから?」
思わず発したぼくの声に、町長がうなずく。
「使いの者がもどってきた。街道で野宿するコリンディアからの旅人と会ったらしい」
ぼくはコリンディアまで川下りをしていった。街道をいけば、人と会うことも多かったのか。ザクトさんが近道を教えてくれたのは、人間のぼくが他人となるべく会わないようにするためだったのかもしれない。
ザクトさんを思いだすと、ラボス村も思いだした。コリンディアに行ったあと、みんなの遺体を埋葬しないと。
「その旅人がどうかされましたか?」
グラヌスの声に、ぼくはわれに返った。
「その旅人が言うにはだ。ラボス村が猿人族に襲われ、コリンディアの歩兵隊はザンパール平原に進発したと」
進発! ぼくはグラヌスを見た。グラヌスもおどろいている。
「そこで聞きたい。コリンディアの歩兵隊長よ。昨日、貴殿は言った。ラボス村はグールに襲われたと」
グラヌスが口をひらきかけたとき、陽気な声がうしろから聞こえた。
「よう、くせ
グラヌスが、ラティオをかばうように立った。
「ハドス殿、われらはなにも
言いかけたグラヌスをハドス町長は手を挙げてさえぎった。
「この目でグールと戦った身。どちらの情報が正しいかは、考えずともわかる。聞きたいのは、なにが起きているのか、ということだ」
ボンフェラートとヒューがきたところで、場所を広場からハドス町長の家に移動した。
昨晩に窓からのぞいた居間だった。ぼくら七人とハドス町長は輪になるようにして木の
ぼくとグラヌスで、ここまで起きたことを町長に説明した。反対にハドス町長はラティオらに旅人のことを伝える。
「もう出発しちまったか・・・・・・」
ラティオは顔をしかめ、あごに手をやった。
「隊長、軍の動きがあまりに軽率。ゼノス師団長は反対されぬのでしょうか」
声をあげたのはイーリクだった。
「そりゃ急ぐさ、グラヌスがいねえからな」
答えたのは意外にもラティオだ。ぼくと犬人の三人は首をひねった。
「おいおい、馬鹿な親子がいるのを忘れたのか。おっ、そうか、ふたりは知らねえな」
ラティオはイーリクとドーリクに、グラヌスが毒を盛られたことを話した。
「それで隊長がいない今、功をあせって・・・・・・」
「隊長をねらうとは、ダリオンの首、ねじきってくれようぞ!」
立ちあがったドーリクをグラヌスがいさめる。
聞いていたハドス町長はため息を漏らした。
「なかなかに事態は複雑。この田舎の町長では手にあまるな」
「そう、複雑だ。戦争をけしかけてる国もわからねえ。おれはバラールが臭いと踏んでたが、ここの話を聞くとアッシリアの線もある」
ラティオの言う「ここの話」とは、民兵をなくしたことだろう。王都の兵士があまっていると。でも、あまっているから戦争になるのだろうか。兵士を減らせばいいだけにしか思えない。
「ぼくがわからないだけで、おとなは戦争をしたがるものなのだろうか?」
みんながぼくを見ていた。自分の疑問を思わず口走ってしまった。
「アト、それはな、おとなじゃねえ。戦場にいかないやつが戦争をしたがるんだ」
ラティオの言葉に、みんなが深く深くうなずいた。これは、ぼくが知らないだけで、この世の常識なのか。
「それで、どうされる、歩兵隊長は」
ハドス町長がグラヌスに聞いた。
「無論、止める!」
グラヌスが立ちあがった。
「動きだした軍は止まらねえ。それこそ
ラティオが口をはさんだが、グラヌスは首をふった。
「それでも、自分は軍人。大義なき戦いが始まるのを手をこまねいて見ていることはできん」
イーリクとドーリクも立ちあがる。
「隊長、われらも!」
それを見て、ラティオが小さな声でつぶやくのが聞こえた。
「大義ねぇ・・・・・・」
グラヌスがあらためてハドス町長をむく。
「ハドス殿、この街にアトと猿人、そして鳥人を残していきます。加護をひとつ!」
そうか、グラヌスがいなくなると、ぼくらには犬人がひとりもいない。
「心配は無用。七人は街を助けた英雄だ」
ハドス町長は立ちあがり、グラヌスと握手をかわす。
「アトがいないと無理だ」
ぼそっとヒューが口をひらいた。
「アト殿が? ヒュー殿、どういう意味だ」
それまで、ひとこともしゃべらなかった鳥人に、みんなの目があつまる。
「このテサロア地方に、騒乱がおとずれようとしている」
ヒューは天井に指をさした。
「上からながめてごらん」
「上から?」
グラヌスが天井を見た。
「天空からだ。国の権謀術数、個人の私利私欲がいり乱れ、そこに
ぼくも上をむいた。木の板をはった天井だ。染みがいくつかあるのがわかった。でも、ヒューの言葉はわからない。
「あまたの思惑が動いているだろう。だが、それを狂わせているのは、たったひとり、人間の少年」
みんなの目が、ぼくにあつまった。
「ことの始まりは、少年が街道を使わなかったこと」
あっ! と声をあげたのは、ラティオ、ボンフェラート、イーリク、ハドス町長だった。
意味がわからないぼくと、グラヌス、ドーリクが見あう。
「ヒュー殿、その・・・・・・」
グラヌスが聞こうとしたら、ラティオが代わりに答えた。
「アトがもし、街道を通っていたら、おそらく生きてコリンディアには着いていない」
ぼくが生きていない?
「それは正しいと思います。現に、ラボス村の使いは
イーリクがつづいて言った。そうか、父さんは、ぼく以外にも使いをだしたはず。その人は、街道のどこかで殺された。そういうことか!
「だから、グラヌス、アトは連れていったほうがいい。すべての発端はラボス村であり、アトなのだ」
グラヌスはうなずいた。
「アト殿、このグラヌス、命をかけて守る。ついてきてくれるか?」
ぼくはグラヌスを戦争から守りたかっただけだ。ぼくが重要だとは思えない。
「おかしいよ。ぼくがバラールに行けたのはグラヌスのおかげだ! そこからラボスまで行けたのは、ラティオのおかげ!」
ヒューが首をかしげ口をひらいた。
「なるほど、アトだけではないのか。その三人がいたからなのか。おや、それを言いだせば、わたしまで入るのか?」
ヒューが自分で言ったことに悩み始めた。
押し殺した笑いが聞こえると思ったら、笑っていたのはハドス町長だ。
「空から見ずとも、この街を救ったのは七人がいたからこそ。ならば全員で行かれるがよい」
七人が見あった。
「みんなで行こう」
ぼくが口にする言葉ではないかもしれない。でも、みんなで行きたかった。
「アト殿に同意する」
「まあ、おれは
ラティオとグラヌスが立ちあがった。
「あんまり危なかったら飛んで逃げるよ」
「隊長とはどこまでも、ご一緒いたします」
「ダリオン、ただじゃおかん」
「もうしばし、老体に鞭打つかの」
四人も立ちあがった。みんな手を貸してくれるようだ。
「この街から、馬をありったけだそう。乗りつぶしてかまわん。ペレイアの町長として、そしてアッシリアの国民として、七人にお願いする。戦争を止めてくれ」
グラヌス、ラティオ、ヒュー、ボンフェラート、イーリク、ドーリク、そしてぼくアトボロス。種族のちがう七人は、たがいを見つめ、力強くうなずいた。
おなじ目的のためにあつまった仲間。短いあいだでも、七人もいるのが嬉しかった。
戦争を止めるという一大事があるのに、みょうに、ぼくの胸は高鳴っていた。
第二章 アトボロス 戦端の土 終
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