小話2話 ハドス 戦いのあと

「こりゃ、だれも生きちゃいませんね、町長」


 そう言ったのは、おなじペレイアに住む宿屋の親父だ。


 ここはラボス村、いや、かつてラボスと呼ばれた村があった場所。いまは焼け落ちた家と、無数の亡骸、それにグールの死骸があるだけだった。


 ラボス村にいくと決めたのは、私ではなかった。街の人々が自発的に決めたのだ。


 ペレイアの街はアトボロスら七人によって救われた。その恩返しの気持ちが強い。


 村は全滅したと聞いたが、もしかしたら、逃げだせた人もいるかもしれない。ならば、その者は村へもどっているだろう。その期待は甘かった。


 ペレイアからきた二十人は、生きている人を探すのはやめ、埋葬の作業をすることにした。


「町長!」


 けっそうを変えて走ってくる者が見えた。さきの戦いでは家を壊され、母親が亡くなった男だ。気の毒に。


「生きてる人がひとり!」

「なに!」


 私はくわを投げだし、走りだした。


 案内されたのは、裏山だ。


 このラボス村はアッシリアの最北に位置する。この村から北は山岳地帯がつづき、最後は死の山脈へと行きつく。


 その山への登り口。男がひとり倒れていた。


 男の服は血まみれだ。うつぶせに倒れた背中にも、いくつも爪で切り裂かれたような傷がある。


 駆けよってひっくり返す。胸がわずかに上下していた。この傷でも生きているのか!


 男はひっくり返されたことで気がついたのか、目をさました。そして信じられないことに起きあがろうとする。


 男の背中をかかえ、上半身を起こすのを手伝った。


「おい、だいじょうぶか!」


 男には聞こえてないようだった。立ちあがろうとして、そのまま倒れる。顔から地面にぶつかった。もはや、手をつく気力すらないのか。


 私はもう一度、男の体をひっくり返し、上半身を腕にかかえた。


「さ・・・・・・探さないと」


 男はもう一度、立ちあがろうとした。すごい執念だ。


「よし、もうだいじょうぶだ。助けにきた!」


 男は焦点の合わない目で、周囲を見ようとした。ここがどこか、それを知りたいのだろうか?


「ここはラボス村だ! 私はペレイアの町長。たすけにきたぞ。ほかの者はいるか」


 男は手をのばした。山の方角だ。山のなかに逃げた人がいるというのか。


「おい、みなを呼べ。山のなかを捜索だ!」


 宿屋の主人に言った。だが、私の言葉を止めるように男が手を動かした。


「だめだ。山はグールでいっぱいだ。もう、だれも生きていない」


 男はまた、起き上がろうとする。


「おい、もう動くな。これから治療する」

「さ・・・・・・探さないと」


 男が無理に動き、私の腕から落ちた。もう一度かかえ起こす。なにを探すのだ。生き残った者はいないと言った。


「おい! 探すってなにをだ」

「あ・・・・・・」


 男のまぶた痙攣けいれんしている。気を失うかもしれない。気を失うまえに聞いたほうがいい。なにか重要なことかもしれない。


「おい、なにを探すんだ!」

「ア・・・・・・アト」


 なに、あの少年か!


「おい、おい! アトボロスの父親か!」


 アトボロスの名を私が口にした瞬間、男の目に光がもどった。


「生きてるか?」

「生きてる、アトボロスは生きてるぞ! 私の街にきた。父親だな?」

「よかった・・・・・・」


 男がまた意識を失いそうになる。


「おい!」

「セオと最後の約束だ。あの子を守らないと・・・・・・」


 セオ? 父親のセオドロスか!


「おまえの名は!」

「・・・・・・ザ」

「なに?」

「ザクト」


 男は意識を失った。


 私は、ゆっくりと男の頭を地面にもどした。街のみなが駆けてくるのが見える。


 男の胸は、さきほどよりはっきりと上下している。治療すればなんとかなるだろう。


「おい、ベネ夫人は!」


 街の者に大声で聞いた。癒やし手ケールファーベのベネ夫人を念のため連れてきておいてよかった。


 しかし、あの言葉。セオと最後の約束。男はそう言った。それは、この男が生き残り、セオドロスは死んだということだ。


 私は空を見あげ、人間の少年を思いだした。


 あの少年に、また過酷な運命がふりかかるのか。素直ないい少年だった。


 ペレイアの街に住めばいい。ふとそう思った。


 ラボス村はもうない。両親も亡くなった。


 あの少年を受け入れることができるのは、この世界でペレイアの街しかないのではないか。そして、その町長は私だ。それをすることが、私の運命ではないのか。


 決めたぞ。あの子をペレイアで引き取る。めずらしく雲ひとつない秋空にそう誓い、私はベネ夫人を呼ぶために歩きだした。




 小話2話 終


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