小話1話 ガラハラオ 宴のあと
ヒックイト族の住むアグン山は、日が暮れるのが早い。
農作業を終え、家に着いた。妻のタジニは家におらぬようだ。
家のまえに置いた水瓶から水をすくい、手を洗う。腰にさげた手ぬぐいで手を拭きながら暮れる空をながめた。
「ふたりは慣れているのにな」
思わず、つぶやいた。無口で通っているこのガラハラオが思わず。
たったひと晩であったが、にぎやかな夜だった。それが去っていくと、みょうに家の静けさを感じる。
ラティオは根なし草のような性格だ。家にいないことも多い。タジニとふたりというのは、慣れているはずのに、それが静かに感じる。
「だれか、なに用か」
声にだし、私はゆっくりと家の壁に立てかけている斧をにぎった。
「おれだ、イブラオだ」
イブラオか。みょうな気配がして声をあげてみたが、ブラオの弟か。しかし声が返ってきても、居場所がつかめぬ。
「さすが、狩りの名手。ヒックイトの大猿、と言われるだけあるな」
「おれは気配を
みょうなところで褒められた。
「して、なぜ姿をかくす」
「ラボス村にいった連中は、まだ帰ってこねえ。おれと兄貴は尾根づたいに先に帰ってきた」
なるほど。山を知りつくした男だ。このアグン山からラボス村へも心得ているのか。
「おれが狩りを教わったのはな、セオドロスからだ」
いきなり、なんの話だ。セオドロス、聞いたことのない名だ。
「セオドロスは、アトの父親だ」
「なっ!」
言葉を失った。この里の者が、アッシリアの犬人と会ったことがあるのか。いや、会うどころではない。さきほど狩りを教わったと言った。
「なぜ、犬人と、そう思うだろう。むかしに兄貴の妻フィオニが、
そういえば、そんなことがあった。里から隔離するために、アグン山から長く離れていた。
「それを治したのは、アトの母親メルレイネだ」
それでラボス村への行き方を熟知しているのか!
「では、おまえ、あの人間の子とは」
「ああ、会ったことがある。まだ小さいころにな」
なんと数奇な運命か。
「ラボス村は駄目だった。全滅だ。アトはひとり、残された。兄貴の家がアトを引き取るつもりだ。その、うしろ盾になって欲しい」
なるほど、そういうことか。別の種族が里に入るのは、はげしい抵抗があるだろう。私にも協力しろと。しかし、あの子の里、気の毒に。
「悪いが、協力はできん」
「・・・・・・どういうことだ?」
声を押し殺してはいるが、怒りが感じとれた。
「うちの息子ラティオは、あの少年の亡き母が作ったパンを食べた。最後のふたつだったそうだ。この意味がわかるか?」
すぐに返答がこない。考えているのだろう。
「・・・・・・
「そうだ」
「・・・・・・なんという数奇な」
今度は大猿が、私とおなじことを思ったらしい。
「あの子がひとりなら、私の家が
「・・・・・・兄貴と話してみる」
「ああ、そうしてくれ」
返答がない。去ったか。
あのブラオとイブラオの兄弟に、人間の子と関わりがあったとは。そしてそれを息子が連れてくる。
私はひとつ、大きく息を吐いた。
ラティオの
それが、いきなり三種族。この閉鎖的な山に三種族も連れてきた。
「まさか、あやつ、動乱の火種になりはせぬよな」
暮れゆく空に問うてみた。答えはもちろん返ってはこぬ。
「・・・・・・その言葉の意味がわからん」
大猿、まだいたのか。
「イブラオよ」
「・・・・・・なんだ」
「帰れ」
「・・・・・・わかった」
草が動く音がした。今度こそ去っただろう。
しかし・・・・・・
「しゃべりすぎだな」
私はしゃべるのが嫌いだった。それがどうも、ここ数日でやけにしゃべる機会が多い。
もうすぐ冬だ。冬がくれば年も超える。
来年の一年ほどは、しゃべらないでいいだろう。こんなにもしゃべったのだ。暮れゆく空に
小話1話 終
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