第31話 声なき帰郷

 隠田は、かくすための田畑だ。外への道がない。


 しかし、ラボス村は近いはず。ヒューが道を探すというので、そのあいだに放った矢を回収した。


 矢は小川で洗わず、わざわざ水をくんで離れた草むらで洗った。グールの血には毒があるらしい。川に流してはだめだと。これはボンフェラートさんに教わった。


 矢を筒にいれ出立の用意をしていると、ヒューがもどってきた。


「近くに道があった、馬車も通れる」


 それだ。作物を作っても馬車がないと輸送にこまる。その道がラボス村に通じているはずだ。


 ヒューの案内で道までいき、道にでると北にむかって駆けた。


 しばらく走っていると段々畑が見えた! ラボス村だ。


けむりが!」


 だれかが言った。立ち止まって目をこらす。


 段々畑のさらに上にはラボス村があるはずだ。そのあたりから、うっすらと煙が見える。煙のすじはひとつではなかった。いくつもの細い煙のすじが登っている。


「駆けるぞ!」


 ラティオがさけんだ。みんなが走りだす。道はゆるい上り坂だったが、懸命に走った。


 気づけば先頭を走っていた。坂を登りきり、ぼくは足が止まった。


「そんな・・・・・・」


 うしろからラティオがぼくを追い越した。


「くそっ、生きてる人をさがすぞ!」


 ヒックイトの人が村のなかへ駆けていく。


 村は焼け跡となっていた。あちこちに死体が見える。煙は焼けおちた家からでていた。


 あの上級獣ダーズグール。双頭の火を吐くけものだ。


 それだけではない。道ばたにある死骸には、麦畑にもいた大土竜タルパのほかに、黒い毛をした狼のようなグールが何匹も倒れていた。


 グールの死骸は村のいたるところにある。前回とはくらべものにならない数だった。


 風がふき、焼けおちた家から火の粉が飛んだ。


 この村は木の家が多い。だれも消す者がいない木の家は、次から次へと焼けていく。


「アト! アト!」


 ラティオが呼んでいた。


「アト!」


 ラティオが目のまえで大声をだした。ぼくの名だ。われに返った。ラティオと目があう。


「アト、村に避難所のようなものはなかったか!」


 村の人が避難。集会所だ!


 集会所へ駆けだす。村の中央、訓練所のよこに大きな集会所がある。がれきが散乱する村の道を走った。


 集会所のまえには、多くの人が倒れていた。グールの死骸も多い。ここで戦闘があったんだ。


「トーレスさん!」


 地面に、土と血で汚れた守兵副長のトーレスさんを見つけた。死んでいる。


 村の大きな集会所を見た。前面の入口や壁はくずれていた。入ってみる。なかに人は倒れてなかった。


「戦闘は、昨日、今日、じゃあねえ。もっとまえだ」


 ならんだラティオが言う。部屋を見まわした。


「どうした? アト」


 なにか違和感を感じた。


「奥の壁!」


 集会所の奥の壁は石組みでできている。


「扉があったはずなのに、ない!」


 倉庫につかっていた小さな部屋があるはずだった。その扉がどこにもない。


 ラティオが石組みの壁に近づいた。


「ここだ、ここだけ石の色が微妙に違う」


 言われた場所を見ると、ちょうど扉の大きさにあたる部分の色がちがった。駆けよって石を引きぬこうとしたが、びくともしない。石のあいだには泥をはさみ固定していた。肩でぶつかってみる。すこしも動かなかった。


「アト殿、自分が!」


 グラヌスがくわをどこかで見つけてきた。鍬は三本爪だ。


 グラヌスがふりかぶって鍬を打ちつけると、石のあいだに鍬の爪が入った。もういちど、ふりかぶる。


「ラティオ、大変だ! 馬に乗った犬人が襲ってきた!」

「なにぃ!」


 ラティオとグラヌスが駆けだしていく。


 ぼくは床に置かれた鍬をひろい、石と石のあいだをねらって打ちつけた。三本の爪が縦に刺さる。つかを両手で持ち、てこのようにして石をぬこうとした。


 柄の根元が折れると同時に壁の石がひとつ落ちた。その穴に手をかけて引っぱる。次の石も取れた。


 何度か繰りかえすと人の頭ほどの穴になった。なかが見える。


 なかにいたのは、老人と子供だ。小さな部屋にぎゅうぎゅうに詰めて座っている。みんな息はしていない。


 座ったまま絶命した人たちの一番手前。見つけたくない顔を見つけた。


「ニーネ」


 顔や着ている服はきれいだった。おそらく煙で死んだんだ。やさしかったニーネは、子供たちを守ろうと一緒に入ったのだろう。でも、それでよかったのかもしれない。外にいてグールに食べられるより、こっちのほうがいい。


 穴を床までひろげた。なかに入り、ニーネを抱えあげる。


 ニーネは細かった。でも、死んだニーネは、なぜか重かった。


 集会所からでると、広場にヒックイトの人たちがいる。


「そいつらが斬りかかってきたんだ!」


 ヒックイトのひとりが大声をあげた。みんな武器をかまえている。


 そのむかいには、馬に乗った兵士が十名ほどいた。そのなかにはコリンディアで見たふたりの副隊長もいる。あいだに立つようにグラヌスとラティオが止めていた。


「おい、あれ・・・・・・」


 だれかが言って、みんながぼくを見た。


 ぼくはニーネを抱きかかえ、みんなのもとに歩いた。ニーネをおろす。


「幼なじみのニーネだ」

「アト殿、さきほどの壁の・・・・・・」

「なかは、老人と子供が座っている」


 グラヌスが集会所のなかに駆けていった。


 ニーネを見つめる。遅かった。間にあわなかった。


 そばに座り、ニーネの手をとった。あの抱きしめてくれたような温かさはなかった。冷たい手だった。


「アトは人間だから、結婚する相手がいないと思う」


 そう言ったのは何年前だろうか。子供のころだ。


「だれもいなかったら、わたしが結婚してあげる」


 そうとも言った。


 だれもいなくなった。考えたくなかったけど、ぼくを呼ぶ声がしない。父さんも生きてはいない。


 これで、ぼくを知っている人はいない。ぼくが知っている人もいない。


 遅かった。ただただ、遅かった。


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