第30話 麦畑の戦闘
朝から舟に乗り、その次の日の朝まで、昼夜ずっと舟にゆられつづけた。そのためか、舟からおりたのに、ゆれない土の地面が動いているように感じる。
まわりを見た。知らない土地だ。ラボス村の近くまで舟でいくというので、以前に見たストルマ川にたどり着くかと思ったけど、ちがった。
舟頭の人は川の分岐があると、北へ登るほうを選んでいた。ストルマ川よりも北にいるのかもしれない。
川幅がせまくなり、これ以上は舟で進めない。しかし歩いて北へあがっていけば、ラボス村への道がわかるだろう。
「こりゃ、まるで千鳥足だな」
ヒックイトの猿人ひとりが、ふらつきながら言った。
「ああ、船酔いではなく、
ラティオが答えた。ぼくだけでなく、ヒックイトのみんなも気分が悪そうだ。
予定どおり三刻ほど休憩をする。よこになったほうがいいと言われ、寝ころがって休むと、ずいぶんと楽になった。
「そろそろ、いくか」
ラティオのかけ声で、みんなが腰をあげる。その時、ばさりと上空から羽音が聞こえた。ヒューだ。
羽があるので飛べるとわかってはいたが、ぼくもヒックイトの人たちも口をぽかんとした。人が飛んでいる、それはあまりに異様な光景だ。
「あの林をぬけると麦畑が見える」
ヒューは地面におり立つと、林に指をさした。ラティオがうなずく。
「ラボス村への
ぼくとグラヌスで先頭を歩いた。犬人族に出会ったら、すぐに説明ができるようにだ。
ヒューの言うとおり、林をぬけるとそこは麦畑だった。周囲は林にかこまれているが、そこだけはぽっかりと平地になっている。そこに四面ほど麦畑があった。
大きな麦畑だが、見える範囲に民家はない。
「こりゃ
「ラティオ殿、それは
「そうだ。通報するか?」
「自分は軍人だ。役人ではない」
ラティオとグラヌスが話していた。ラボス村の人だろうか? そういう話をあまり聞いたことはない。
「おおい、こっちに水があるぞ」
麦畑のよこ、そまつな小屋があった。そのまえでヒックイトのひとりが手をふっている。
小屋までいくと、そばに小川が流れていた。ここで休憩をとることにして、水袋にも補給する。
「短剣があったぞ」
ラティオが、刀入れのついた
「都の兵士がつかう短剣だ。ならばこれは、兵士の隠田か!」
グラヌスがおどろいている。王都から派遣されてる兵士。こんな麦畑を持っていたのか。
「兵士が隠田とはな。おいグラヌス、通報するか?」
「自分は軍人だぞ。もちろん通報する」
ふたりの
「助けてくれ!」
すぐに荷物のそばに置いていた鉄の弓をとった。まわりの見る。麦畑のなかだ!
舟でラティオと話をしていた老人。なぜか中腰で駆けていた。そのうしろ、麦が大きくゆれている。
ぼくは走った。走りながら矢をつがえる。麦穂がゆれているところを目がけ放った。矢はねらいから大きくそれた。この鉄の弓、いままでと勝手がちがう!
弓をにぎりしめ老人のもとに走った。老人も走ってくる。ぼくと老人がすれちがうと同時に麦畑から影が跳ねた。
子鹿ぐらいに大きな
ぎゃんと鳴いてグールは逃げた。うしろから麦をかきわける音。みんなが追いついてきた。
「アト、剣もないのに飛びだすな!」
怒った声をだしたのはラティオだ。
「ごめんよ。つい・・・・・・」
「これでも巻いておくか」
ラティオは、さきほどの帯革をぼくに巻きつけた。帯革をとめながら笑う。
「ボンじい、
となりでは老人が
「笑いごとではないぞ。一匹ではない」
「複数か!」
ラティオは急いで帯革をとめ、周囲を見た。
「あの丘にいくぞ!」
麦畑のなかに小高い丘があった。丘のてっぺんには巨大な岩が乗っている。
みんなで武器を持ち、丘へ駆ける。
「アトとボンじいは岩の上、ほかは岩を背に円陣だ!」
ぼくも短剣で。そう言う間もなく、すっとからだが浮いて岩の上に乗せられた。ひたいに傷のある大男、イブラオさんだ。
岩の上は遠くまで見とおせた。目をこらす。
「あっちから!」
麦のゆれが近づいてくる。その方向に指をさした。
「それにあっちも!」
ゆれる麦を数えた。
「八体だ、八体いる!」
「ボンじい、
ボンフェラートさんは茶色い
「
最後の言葉をするどく発すると、ぼくのからだに高揚感があふれた。すべての人にかける護文だ。この人は
「グラヌス! 土の護文でいつもより力があがる、気をつけてつかいこなせよ」
「
グラヌスが剣をかまえた。ぼくも弓をかまえる。
この鉄の弓は精度が悪い。遠くからは無理だ。近くにきてから射る。
グールが麦畑をぬけた。丘を駆けあがってくる。ねらいを定め放つ。矢は外れ地面に刺さった。もう一本をすばやくつがえる。
ほんのすこし、ねらいの上に放った。矢がグールの背に刺さる。矢が突き立ったままグールは駆けた。
「グラヌス!」
グラヌスの目前でグールが跳ねた。剣の腹でグールの歯を受ける。受けた刃をくるりと返し、グールの前足を斬った。
地面に落ちたグールがまだ立とうとしている。三本目の矢で射る。首のつけ根に刺さりグールは動かなくなった。
安心する間はなかった。左から二匹! うしろのグールにねらいをつけて放つ。矢が刺さり倒れた。イブラオさんが駆けより上から剣を刺して
「イブラオさん、うしろ!」
ふり返ったイブラオさんにグールが襲いかかった!
倒れたイブラオさんはグールの
「
岩の上のボンフエラートさんがさけんだ。自身のからだが、ふわっと軽くなるのを感じた。さらなる土の護文か!
「むう!」
イブラオさんが気合いをひとつ入れ力をこめた。グールの下顎がへんな方向に曲がる。地面に倒れてのたうちまわった。
「イブラオ、さがれ!」
ラティオがさけんだ。イブラオさんは剣をひろい岩までもどった。
「みな、大振りせず、剣は突け! ふたりで一体をねらう。アトは敵が二体同時でくるやつをさがせ!」
岩の上でぐるぐる周囲を見まわした。ヒックイトのふたりがグール一体を相手にしている。そのうしろ、もう一体がにじり寄っていた。矢をつがえて放つ。背中に突き刺さりグールがのたうつ。
すぐに次の矢を用意し、のたうつグールは無視した。
ならぶように二体のグールが麦畑から飛びでてくる。片方をねらった。矢を放つ。今度は右に外れた。すぐに次の矢。うしろ足に刺さった。
この鉄の弓は、なんともあつかいずらい。かなり練習が必要だ。
まわりを見ると戦闘は終わりつつあった。のたうっていたグールにも止どめが刺される。
「
おなじ岩の上にいたボンフェラートさんがつぶやいた。
「これを知っているのですか!」
「うむ。遠い異国で見たことがある。じゃが、このテサロア地方で見たのは初めて」
やはり滅多にないことが起きている。ぼくの心配を察知したのか、ボンフェラートさんは言葉をつづけた。
「アトボロスと申したな。わしはボンフェラートという。さきほどは命をすくわれた。まこと恩にきる」
ボンフェラートさんはラティオを呼んだ。
「ラティオよ」
「なんだ、ボンじい」
「アトボロスの村へ急ごう」
ラティオも、そしてヒックイトの人々も、ことの異様さを感じたのか、全員が真剣な顔でうなずいた。
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