第28話 三度目の出立
「たまげたな」
ラティオがつぶやいた。ぼくも同感だ。
ヒックイト族が住む里の広場。多くの男たちがいた。その数は四十か五十人はいる。
見物にきているわけではない。それは姿を見ればわかった。ヒックイトの男たちは毛皮を着て、斧や剣、または
装備をたずさえた者は、ほほに赤色の線を三本つけていた。
「ラティオ、あれは･･････」
自分のほほをさして聞いてみた。
「ヒックイト族に伝わる戦いのしるしだ。三つの赤い線は、これから血が流れることを意味する。敵の血、味方の血、自分の血」
「自分の血も･･････」
戦いの覚悟。それは
男たちには家族が見送りにきている者もいた。六つか七つの子は、笑うこともなく母に手をにぎられ、父の顔をじっと見ている。
「予想以上だな、ラティオ殿」
「ああ、みな
飢えている？ おなかがすくほど困っているのだろうか。
ヒューがぼくの顔を見つめ、にやついて口をひらいた。
「おのれのしたことに、気づいていない間ぬけがいる」
グラヌスとラティオもぼくを見る。
「おい、アト、なんでぽかんとしてんだ？」
「いや、飢えているというほど、おなかがすいているように見えない」
グラヌスとラティオが見あった。ちがうのか。
「昨日、アト殿はめったに提示できないものを提示した」
「めったに？ グラヌスなにを」
ラティオが笑った。
「すげえや。ねらってないなら
この頭のいい猿人の言葉がわからなかった。
グラヌスがすこしかがみ、ぼくを見ながら聞いてくる。
「アト殿、なぜ昨日、石碑を建てると申した？」
「なぜ？ 感謝をしめすために」
「そっちか･･････」
ラティオが腕をくんでうなった。グラヌスがつづけて口をひらく。
「アト殿がしめしたもの、それは栄誉である。それも世に名を残すという、これ以上ない栄誉」
言われている意味が、やはりわからなかった。
「話を聞いたことはないか？ アッシリアの建国王ベサリオンなど」
それは村の長老から聞いたことがある。ぼくはうなずいた。
「おなじものを、アト殿は提示したのだ」
そんな大層なことになるのか！ ただの石碑だ。
とまどっていると、あつまった人の雰囲気が変化した。むこうから馬に乗ってくる人影。ゴオ族長だ。
「意外に物好きが多いな」
最初に
「族長、みなを連れてっていいか？」
ゴオ族長はまわりをゆっくりと見た。
グラヌスが、すばやく自分の荷物から麻の小袋をだした。それをラティオにわたす。
ラティオはそれを馬上のゴオ族長にわたした。
「なぜ、族長に？」
小声でグラヌスに聞いてみた。
「戦いの報酬は、その集団の
帰ってこれない。そんなことも起きるのか。いや、起きる。これは戦闘だ。訓練ではない。
ゴウ族長は小袋を受けとると、中身を見ることもなく人を呼んだ。呼んだ者にそのままあずける。
「族長、たしかめないでいいのかよ」
ラティオの言葉にゴオ族長の眉がすこし動いた。
「ラティオよ」
「はいよ」
「人を
ラティオは首をすくめた。
「冬じたくもせねばならん。早く帰ってくるように」
周囲にむかってそう告げ、族長は帰っていった。
「稲刈りにでも見送るような、そっけなさだな」
ラティオはあきれた顔でつぶやき、あらためて集まった人へ呼びかけた。
「では、みな、聞いてくれ」
「ふもとに舟を待たせてある。二十名ほどがそれで先行する。あとは二陣目、あまり南下せず、人里を離れてラボス村をめざしてくれ。ラボス村の場所をわかる者はいるか？」
数名が手をあげた。
「では、その者は舟に乗らず、みなを案内してくれ」
「犬人族に会ったらどうする？」
集まった者のひとりが言った。
「グラヌス歩兵隊長が、身元を証明する書簡を三つ作った。そのうち二つを持ってくれ」
ラティオとグラヌスはこんな準備もしていたのか。ひとりだけ、のんきに散歩をしていた自分が恥ずかしい。
「二陣はなるべく急いでくれ。なんせ相手はグールだ。人数がいる」
「ラボス村なら軽い。駆けていこうぞ」
ひとりの言葉に全員がうなずいた。
「たのもしいねぇ。期待してるぜ、みんな！」
「おお！」
ラティオの言葉に、あつまったヒックイトの男たちが声をあげた。これは出立ではない、出陣だ。ぼくは冷静になろうとつとめたが、意に反して鼓動が早くなるのを感じた。
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