第27話 アグン山の朝
酒を飲みながらラティオと話をしていた。それは、おぼえている。
どうやら、いつのまにか寝てしまったらしい。
ぼくの上には、二枚まとめて毛布がかけられていた。ラティオは胸までわらに埋まって寝ている。毛布がなくても、こういう寝かたがあるのか。
ラティオの上に毛布をかけ、外にでた。
うっすらと東の空が明るい。もうすぐ夜明けだ。
あたたかい葡萄酒を飲んで寝たせいか、ぐっすりと眠った気がする。目は完全にさえていた。
小道を歩き、昨日の広場までもどってみる。里のなかは静かだった。まだだれも起きていない。
うす暗いなか、広場のはずれに色あざやかな物が見える。近づいてみてわかった。小さな花畑だ。
こぶしほどの石をならべ、きれいに区分けされている。そこに秋咲きの花が植えられていた。いろいろな色や形の花が咲いている。
ラボス村でも、となりの家にある花壇はいつもきれいだった。幼なじみのニーネが花を育てるのが好きだった。
「花は手入れをしてあげると、きれいに咲いて恩返ししてくれるの」
ニーネがいつだったか言っていた。そして、このヒックイトにも花が好きな人がいる。あたりまえだけど、考えたことはなかった。
花畑のむこうに、登り道がある。どこへいく道だろう? 登り道は、平たい岩をつかった階段までついている。
登ってみると、ゆるやかな斜面がずっとつづいた。引き返そうかとも思ったが、まわりの木々が進むごとに減ってくる。これなら、もうすぐ頂上のはずだ。
しばらくすると石の階段が終わり、土の坂になった。さらにすこし歩き、やっと頂上についた。
頂上まで登り、ここがなんの場所かわかった。お墓だ。小さな山の頂上には、岩をかさねて作った質素な墓があった。
おとずれる人がいないのか、岩の墓は落ち葉がたくさんついている。
見晴らしのいい場所。そんな場所の墓が、落ち葉にうもれているのが気の毒になってきた。
手前にある岩の墓をきれいにしてみる。落ち葉は岩のあいだにも入りこんでいた。それを取りのぞくと、今度はくずれた箇所が気になった。岩を積みなおす。
近くの地面に白く小さい野花を見つけた。それを三本ほど摘み、岩の墓にそなえる。
父さんの語った言葉の数々が、やっとわかった気がする。犬人族も、猿人族も、おなじ人だ。それは米を炒めるか煮るか、そのぐらいのちがいでしかない。
いや、それを言いだせば、ぼくは人間だった。鳥人のヒューもいる。みんなおなじ。なにも、ちがいはない。
うしろの草むらで音がした。ふり返ったが、だれもいなかった。
思えば、この里でない者が墓をおとずれるのは無礼かもしれない。ぼくは墓をあとにしてラティオの家に帰った。
墓の掃除に熱中しすぎたようで、ラティオの家では、すでにみんなが出立の用意をしていた。
ぼくもあわてて自分の荷物を持つ。矢筒の矢が増えて九本になっていた。
「親父が勝手にしたぞ。矢がすくないとさ。おなじ長さの矢をさがしてきた」
「あ、ありがとうございます」
ガラハラオさんに礼を言うと、無口なお父さんがうなずいた。
四人が荷物を持ち、家の外にでる。
一夜しかいなかったのに、ぼくは矢のほかに思いでも増えた気がする。そしてグラヌスは、ほんとに荷物まで増えていた。大きな背負い袋をしょっている。
「四人の食料にしちゃ、多いと言ったんだがな・・・・・・」
「なに言ってんだい!」
ラティオの言葉をお母さんのタジニさんがさえぎった。タジニさんも戸口からでてくる。
「あんたらはいいけどね、アトは育ちざかりなんだ」
タジニさんは、いきなりぼくを抱きしめて持ちあげた。
「やっぱり、ちょっと軽いねえ。しっかりお食べ!」
それから地面におろし、しゃがんでぼくを正面から見つめた。
「ヒックイトの者は、一度、家にまねいたら家族みたいなもんだよ。いつでも帰っておいで」
思わぬ言葉を聞いて、うなずくしかできなかった。
「ラティオは、しっかりアトを守りな!」
「おいおい、まるで息子を取りちがえてるぜ」
ラティオが笑う。
「弟みたいなもんさ、相手は
タジニさんは知っているのか。
「親父、しゃべったな」
すっと父親のガラハラオさんが家に入った。どうやら、しゃべってしまったらしい。
「
「そうだね、まかせたよ!」
「はっ! このグラヌス、母上殿のご子息ふたり、この身にかえましても!」
「聞いてなかったのかい、家にまねいたら家族だよ。犬人のあんたもそうだよ」
グラヌスが目を見ひらいた。
「お姉ちゃんも、しっかりおやり!」
「・・・・・・お姉ちゃん」
ヒューがぼそっとつぶやいた。
三人が歩きだす。ぼくは歩きだそうとしたけど、その場で止まった。もういちど、ふり返ってふたりを見る。
「いってきます。母上、父上」
お母さん、と言うのは気恥ずかしいので、グラヌスをまねた。タジニさんが笑顔でうなずき手をふった。戸口からはガラハラオさんが顔をだして手をふっている。
ぼくは家に背をむけ、歩きだした。なぜか力がみなぎる気がして、グラヌスたちのもとへ駆けていった。
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