第20話 猿人族のラティオ

 ラティオと名乗った男は立ちあがり、鉄柵のまえにきた。


 顔が見える。猿人えんじん族だ。ぼくより背は高いが、グラヌスよりは小さい。歳はグラヌスとおなじ、二十四、二十五、そのあたりだ。


「犬の隊長さんと、人間の子とはな。おもしれえ組み合わせだ」


 猿人族が、こちらをながめる。その背後に大きな人影があらわれた。


「いい匂いがする」


 人影がしゃべった。それより、おどろくことがある。グラヌスより高い背中、そこにあるのは羽だった。人の背中から羽が生えている。


鳥人ちょうじん族か!」


 グラヌスがつぶやき、言葉を失った。ぼくもだ。鳥人族なんて初めて見る。それを言えば猿人族も今日が初めてだが、鳥人族となるとラボス村でも見た人はいないのではないか。


「いい匂いはどこからだ?」


 鳥人族も柵のまえにくる。


「うわぁ・・・・・・」


 思わず近よって見あげた。きれいな人だ。切れ長の目に、あざやかな黄色のくちばし。


「気をつけろよ、囚人をのしたのは、おれじゃねえ。その鳥人だ」


 ラティオの言葉に牢屋の隅を見た。ほかの囚人がちぢこまって身を寄せている。そんなに強いのか!


「パンの匂いだ」


 鳥人が深呼吸をしている。ああ、あれのことか。ぼくは背負い袋をおろし、なかから堅焼きパンをだした。


「おい、食いもん持ってんのか。くれ!」


 猿人族が柵のあいだから手を伸ばす。グラヌスが動き、ぼくのまえに立った。


「ここの看守、めしを忘れてやがる。三日まるまる食ってねえ。たのむ、その食いもんをくれ!」


 三日なにも食べてないというのは、ひどい。ぼくは背負い袋から、もうひとつ堅焼きパンをだした。


「アト殿、それは!」


 止めようとしたグラヌスにうなずいた。わかってる。でも、ぼくは、おじいさんの言葉が忘れられない。


「今は、わしのはらより、おまえさんの、はらじゃ」


 あのとき、おじいさんはそう言った。いまもそうだ。ぼくのはらより、このふたりのはらだと思う。


「よかったら、どうぞ」


 言い終わるまえに、両手に持っていた堅焼きパンをふたりは取った。ぼくは水袋もだす。


「おう、すまねえな」


 ラティオと名乗った猿人族が、水袋も手からうばうように取った。おなかが空いているそうだけど、のども渇いていたと見える。


 ふたりは一心不乱に堅焼きパンを食べ、水袋の水を飲む。


 ラティオは食べ終わると、指についた粉までなめながら、その場にあぐらをかいた。


「ひと心地ついた。この借りは返そう。なにに困ってる?」


 ラティオだけでなく、鳥人族もこちらをむいて座りなおした。


「なんだ、おめえも話にくわわるのか」

「もうひとつ欲しい」

「ごめん、あれが最後なんだ」


 鳥人族は肩をすくめた。それでも話は聞くようだ。


 ぼくはグラヌスと見あった。たったふたりに話しても解決しないが、ほかに手立てもない。グラヌスがうなずく。おなじく話してみようと思ったのだろう。


 牢屋の柵をあいだに挟み、四人がむきあった。


「おい、すげえな」

「ラティオ殿、なにがだ?」

「これだ」

「これ?」

「四種族が一堂に会してら」


 言われて気づいた。ほんとだ。


「こっちの三人は名乗った。あとは鳥人族のおまえだな」


 ぼくをふくめ、三人の目が鳥人族にあつまる。


「ヒューデール」


 ヒューデール、聞かない名前だった。ラティオも思ったらしく、さらにたずねた。


「ここらじゃ聞かねえ名だ。どこの国のもんだ?」

「われら鳥人族、定住はせぬ」

「なんだ、渡り鳥みてえだな」


 ふたりの会話にグラヌスが割って入った。


「ふたり、なぜ捕まっているのだ?」

「それよ」


 ラティオが聞いて欲しかったといわんばかりに、身を乗りだした。


「酒場で飲んでたら、こいつが喧嘩を始めてな。多勢に無勢。ひとりだから味方してやったのに、こいつ、あっという間に相手を全部のしちまった」


 言われたヒューデールは、ラティオのほうをむいた。


「味方してくれとは、言ってない」

「そうだな。だからさっきは、手伝わなかったろ」

「うむ」


 牢屋の隅にちぢこまってる囚人を見た。七人いた。ひとりで全部を倒したのか。


「ヒューデール殿」

「ヒューでいい」

「ではヒュー殿、なにが原因でもめたのだ?」

「さわられるのは、好きじゃない」


 さわっただけ! 思わずグラヌスと見あった。気をつけよう。


「それで、さっきの話だ。グールが出たって?」


 ラティオに問われ、ここまでの経緯をグラヌスが手短に説明した。ラティオはうなずきながら聞いていたが、やがてあごに手をやり、しばらく動きを止めた。そして口をひらく。


「待ってくれ。アト、だったな。ラボス村のことを最初から話してくれ」

「さきほど、自分が説明したが?」

「いや、本人から細部まで聞きたい」


 ぼくはうなずいて最初から話した。ラティオは、本当に細部まで聞きたがった。あいづちを打ちながら、村の地形や住人のようすなども聞いてくる。


「ずいぶんと細かいな、ラティオ殿は」

「隊長さん、こういうのは最初に聞いとかねえと、策をねるときに見落としがでる」

「策があるのか!」

「それは、これから考える」

「そうか・・・・・・」


 いっしゅん、おどろいたグラヌスだったが、すぐに落胆のため息をついた。


「そのまえに、アト」


 ラティがぼくを見た。


「お母さん、残念だったな」


 ぼくはうなずいた。母さんが死んだことも話した。ふしぎなことだが、何度か話すことで、母さんはもういないのだと実感がわいてくる。


「しかし、相手はグールか。それも上級獣ダーズグールまでいる。この男四人でむかってもしょうがねえ。もっと人手ひとでが必要だ」


 大きくうなずこうとしたら、意外な言葉がさえぎった。


「四人ではない。三人だ」


 口をひらいたのは、鳥人族のヒューだった。


「なんだ、いかねえのか」

「いく」

「じゃあ四人じゃねえか!」

「三人だ」

「はぁ?」

「わたしは女だ」

「はぁ!」


 人間、犬人、猿人、初めて会った種族だが、おなじように目を見ひらき、おどろきに口をあけ固まった。


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