第10話 東の都コリンディア
コリンディアの街に入る。
大きな街だった。アッシリア国で、東の都といわれるだけある。
見あげるような建物ばかりだ。細く長い建物がくっつき、ずらりと建っている。窓を数えてみた。上まで四つ、家が四階まであるのか!
「ちょっと!」
上をむいて走っていたら、
「すいません」
あわてて頭巾を目深にかぶった。すりぬけるように駆けだす。
父さんから預かった手紙は、ゼノス隊長にわたせと言われた。どこに歩兵隊はいるのだろう。
街の入口からまっすぐ進むと役所があるとも言っていた。そこまで駆ける。
道をはさむ両側の建物が高い。せまってくるような怖さがあった。
石畳を駆けつづけて思わず止まった。道のさきは左右にわかれている。父さんはまっすぐと言っていたのに、どっちだ。
いや、わかれ道のところにある大きな建物、これが役所か!
建物のまえには巨大な石柱が立ちならんでいた。その石柱のあいだから、四角く穴をあけたような入口が見える。
入口に進み、なかに入った。
なんて大きな部屋だ。それに豪華だ。床はつるつるとした大理石で、石の壁には浮き彫りの彫刻がされてある。
入ってすぐの正面には、床とおなじ大理石で造られた長机があった。そこに十人ほどの人が座って作業をしている。
多くの人が、ぼくのまえを通りすぎていく。そう思ったら、この大きな部屋から
大理石の長机にいる犬人に近よった。
初老の犬人は都の人だけあって、まっさらな白い
「この手紙をゼノス隊長にわたしたいのですが……」
ぼくの声には応じず、机の上にある
いちばん上に置けばいいのだろうか。わからず上に重ねてみる。
次に初老の男は、出口のわきに置かれたそまつな長椅子を指さした。長椅子は四つほどあり、二十人ほどが座っていた。あそこで待てばいいのか。
長椅子のひとつに座って待った。
ぼくは父の手紙をわたしたいだけだ。ここで合っているのだろうか。でも、ちがえば、さきほどの人は言うはずだ。おそらく、ここにゼノス隊長を呼んでくれるのだろう。
それからかなりのあいだ、待ちつづけた。
役人は、つねになにかの作業をしている。でも長椅子に座って待つ人が、呼ばれることもなかった。
なにをやっているのだろう。そう思い見つめていると、入口から人が入ってきた。
入ってきたのは、ひとめで金持ちとわかる年配の男だ。重厚な生地の服を着ている。
初老の役人がすぐに気づき、席を立った。ていねいにお辞儀をし、どこかの部屋へと案内していく。
また待っていると、これまた派手な衣装の婦人があらわれた。手にした紙を長机におく。
役人のひとりが紙を受け取り、どこかへ歩いていった。
派手な婦人は、ぼくのとなりに座る。きつい香料が匂ってきた。ぼくはむせて
しばらくすると、さきほどの役人が帰ってきた。手にした書類を婦人に返す。
「遅いわね!」
婦人はそう言うと、役人の手から書類をもぎ取るようにして立ち去った。
それからも待ちつづけたが、いっこうに呼ばれない。座って待っている二十人が減ることもない。これは無理だ。いくら待っても。
立ちあがり、長机に近づく。編み籠においた手紙をぬいた。長机の人たちは、勝手に手紙をぬいたぼくに見むきもしない。
役所からでて立ち止まる。
広い街だ。どこにいけばいいのだろうか。
ふいに涙がでそうになり、弱い自分をしかった。父さんは救援の軍を待っている。
役所まえの道は人通りが多かった。人は多いけど、だれも知らない人ばかりだ。
そのむこう、歩く人の背中に目が止まった。
追いかけると、通りを歩く人は増え、屋根と柱だけの簡素な小屋がならぶ区画になった。
これは店だ。多くの小さな店が密集している。人混みで、追いかけていた盾の人が見えない。頭巾を片手で押さえながら、早足で人のあいだをすりぬける。
「あ痛っ!」
「すいません!」
何度かぶつかり、あやまって逃げた。
ふいに人混みがとぎれる。顔をあげると石畳の道は終わり、土の道になっていた。道のさきに訓練をしている人が大勢いる。
これは軍の
駐屯地に入ろうとすると、丸太で作られた
どうすべきか迷っていると、ひとつの柵のまえに人だかりがあった。近づいてみたけど、おとなたちの背中で見えない。
ぼくは腰をかがめて、人の
柵のまえにでると、兵士の人たちが訓練をしているのが見えた。訓練の方法は、ぼくの村とおなじようだ。木の刀を腰にさした集団がならんでいる。
なぜか、そのまえで三人に囲まれている人がいた。
見るからに屈強そうな犬人だ。胸板は厚く、服からでた太い腕には引きしまった筋肉があり、灰色の体毛が光っていた。灰色の毛は光が当たると銀色にも見える。
「三人は、いくらなんでも無理だろう」
「馬鹿言え、グラヌス様の強さなら余裕よ」
まわりの人たちが話していた。あの三人にかこまれた兵士がグラヌスと言うのか。
包囲していた三人がいっせいに動いた。
グラヌスと呼ばれた人は右に動く。打ってきた刀を
刀を落とした相手の肩を突き飛ばす。突き飛ばされた人は、せまっていた三人目とぶつかった。ぶつかった瞬間には、すでにまわりこんでいる。三人目の首筋に木刀がふりおろされた。
あっというまに三人がやられた。
これはすごい。ラボス村で剣がもっとも上手なのは父さんだ。でも、その父さんより腕が立つかもしれない。
「イーリク、ドーリク!」
隊長が大声で呼ぶと、対照的な犬人ふたりがすすみでた。ひとりはすらりと細身、もうひとりは山のような大男だ。
「このグラヌスごとき、三人で倒せぬとは。さきが思いやられるぞ。気を入れて調練に取りかかれ!」
ふたりの部下は「はっ!」と同時に答えた。
見物するおとなたちの声に耳をすます。
「やはり、うわさはほんとかねぇ」
「うわさ?」
「騎士団に
「平民の出身で、それはなかろう」
騎士団。聞いたことはある。王都を守る選ばれた兵士だ。
「わからぬぞ。第三歩兵師団のなかでも、グラヌス隊長には期待が高いと聞く」
第三歩兵。ここにいるのは歩兵だ。
「ゼノス隊長はいるでしょうか?」
となりに立つおとなに聞いた。
「え、猿人族だ!」
しまった! さきほどの模擬戦に熱中しすぎて頭巾を取っていた。
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