お父さんの日


 日本の風習として海外に発信できるもの。

 俺は、バレンタインデーもその一つなんじゃないかと思う。


 世界中、それなり多くの国と地域で祝われるバレンタインデー。


 それぞれの習慣、風習、しきたり。

 プレゼントとして何をあげるのか。

 どのような関係の人にあげるのか。


 いろいろあれど。

 日本のスタイルは海外ではほとんど類をみない。



 その独特の文化は。

 女子から男子へ告白できる日であるということ。



 これだけジェンダーフリーが叫ばれる世なのに。

 日本では、男女の差別、あるいは区別がいまだに根強く残る。


 女性は慎み深いことが美徳とされ。

 愛の告白は男性からするのが当然と、女性は口々に言う。


 そんな日本だから。

 このシステムががっちりはまったわけだ。



 僭越ながら。

 男子一同を代表して言わせてもらえば。


 日本において、この日だけは。

 女子が慎み深さを保ったまま自分から告白できる唯一の日だと思う。


 だって、可愛いじゃん。

 ドキドキしながらチョコ渡されたりしたらさ。


 そんな度胸も無いから。

 下駄箱の中に入れる事しかできないとかさ。


 これを積極的だとか、がっついてるとか。

 そんなこと言う男子は日本中どこ探したっていやしねえ。


 この日のために、ずっと前から準備して。

 彼が受け取ってくれるその瞬間まで震えっぱなしで。


 なんて眩しいんだろう。

 なんて可愛らしいんだろう。



 誰かを想って輝く人の美しさは。

 他のなにものにも勝ると。

 日本の男子は、みんなそう思ってる。



 ……だから。

 そわそわしながら下駄箱開いたり。


 用もないのに一人になれるよう校内うろついたりする男子を。


 そんな目で見ないでやってくれよ。


 お前らが眩しすぎるから。

 つい期待しちまうんだよ。



 …………もう一度言うぞ。



 俺をそんな目で見るな。





 作中特別編

 =誰がために星は煌めく

        第三話 =


 ~ 二月十三日(土) お父さんの日 ~

 遠くの親類より近くの他人

     VS 血は水よりも濃い




「うん……、うん。やっぱ言おう。……保坂君。いくらなんでもさ」

「女子に何が分かるって言うんだよ! バレンタインデーの男子はみんな挙動不審になるのが当たり前なんだよ!」

「うん……。でも、机の中に手を突っ込むとか……」

「入ってっかもしれねえだろ!?」

「目で確認すればいいじゃない」

「顔ごと覗き込んだら他の男子に超バカにされるんだよ!」

「しかもそれを三回とか繰り返して確認しなきゃいけないもの?」

「いけないものなんだよ! 一回目はひょっとして! 二回目は万が一! 最後の一回はお願い神様!」


 四月からの。

 我が校の新入生。


 各家庭へ送る資料に部活動の紹介プリントを封入することになったんだが。


 下らん用事を何でも引き受けて来るどうしようもない我が担任が。

 クラスの全員を集めてその準備を手伝わせるとか。


「呆れた……。もっとストイックな人だと思ってたのに」

「男子はみんな同じだっての」

「男子一同の代表気取り?」

「もう勘弁してくれ。……あいつのせいで半日も潰れたってのに」

「た、立哉君の面目も、半日で潰れた……」

「うまいことおっしゃる」


 金曜日、学校サボったから。

 ひょっとしたらがいつもの五割増し。


 下駄箱、机の中。

 開くはずもねえのにロッカー。


 通学路、廊下。

 そんなまさかの屋上。

 いやいやひょっとしての体育館。


 期待し過ぎて、口から心臓が飛び出しそうなほどだったのに。


 戦果はゼロ。


 誰が一年生三大イケメンやねん。


「そ、そこまで重要……?」

「男子もさ、女子にとってのバレンタインデーを理解してやれねえけど。女子も男子にとってのバレンタインデーをもうちょっと理解するよう努力してくれ」

「はあ……」


 まったく気のない返事で。

 チョコレートをのんびり湯煎し続けているこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 学校帰り、制服のまま。

 佐倉さんを交えて。

 自宅でチョコづくり。


 そこに、なぜ俺も参加させられているかというと……。


「おにい! 凜々花にゃこいつは無理!」

「……立哉さん。ブロックのチョコを割って欲しい」

「ほいきた」


 つまり。

 そういうわけだ。

 


 ――さて。

 チョコのことはともかく。


 もっと重要な問題が目の前にぶら下がってるわけで。


 ただの風邪で。

 地元から何駅も離れた病院に行くことはないだろうし。


 でも、教えてくれと聞くのは、かなり抵抗がある。


 昨日の事があったから。

 今日はついつい。

 佐倉さんを目で追っているんだが。


「…………だからさ、保坂君。あたしのこと、ちらっちら見過ぎだって」

「いや、それはだな。えっと……」

「男子ってみんなそうなわけ? そんなにチョコ欲しいの?」

「だから違うって! ……その、なんていうか、秋乃が理由を知ってる」


 卑怯なパスに眉根を寄せた秋乃に。

 心の中で両手を合わせてほんとにごめんなさいだけれども。


 でもこんなの俺には処理できねえよ。

 お前が病院の事聞きだしてくれ。


「理由? なんかあるの?」

「…………エロ哉君は、なん十個もチョコ貰ってハーレム気分を味わうのが夢」

「そこまでの反撃あるか!?」

「うわ最低……」

「ちげえから! ああもう、今日は散々だぜ……」


 俺をからかって満足したんだろうな。

 二人は楽しそうに笑い合う。


 そして、佐倉さんが二人の妹たちに。

 誰にあげるんだよー、とか聞いてる姿を見て。


 ふと、思ったことを訊ねてみた。


「そう言えば、プロのアイドル歌手になったら、バレンタインの昔話とかウソつかなきゃいけないんだろ?」

「うん? どういうこと?」

「だれかにあげたー、とか明言したら。ファンが離れるから」

「そんなもんかな?」


 もちろんタイプにもよるけどな。

 モデル系のアイドルは結構あけすけな気がするけど。

 正統派は明言してない気がする。


「でも関係ないかなー。あたしは高校三年間しかステージ立たないし」

「なるほど、ファンの前でそんな話することもねえか」

「じゃ、じゃあ……、将来は?」


 意外にも。

 結構興奮気味に話に割り込んできた秋乃だが。


 そんなに気になるか?

 まあ、お前。

 見かけによらずゴシップ好きだもんな。


「あたしの将来?」

「そう……」

「大学に行って、経営学勉強するの!」

「す、すごい、そこまで決まってるんだね……。でも、何で経営学?」

「ナイショ!」


 なんと。

 佐倉さんの口から飛び出したのは。

 アイドルとは真逆の学科名。


 ……しかし、そうか。

 俺は名前で大学を選んでたが。


 佐倉さんの話を聞いて、当然のことを改めて教わった気がする。


 普通は。

 学科で選ぶものなんだよな。



 急に飛び出した将来の話。

 俺が、そんなものに想いを馳せてる間に。


 秋乃は、溶けたチョコを型に流し込んで。

 佐倉さんは、さっき冷蔵庫に入れたばかりのチョコを取り出した。


「うんうん! もう固まった!」

「早い……」

「は? そんなすぐできるもんなの?」

「あたしの、量少ないからね!」


 ブロックのチョコを再成形させている秋乃に反して。

 カカオから作った佐倉さんの方が早くできたのには理由があって。


「お、面白かった……」

「そうね、ほとんど秋乃ちゃんが作ったわけだし。はい! 一個あげる!」

「ありがとう……。おいし……」


 カカオの焙煎は、面白そうだからと秋乃がやって。

 フードプロセッサーで砕くのも、楽しそうだからと秋乃がやって。


 さらに、すりこぎで砂糖加えながらごりごりやったのも秋乃だったせい。


 佐倉さんのチョコを作り終えてから、ようやくこいつは自分の分を作り始めているわけだ。


「佐倉さん、型に流し込んで冷蔵庫に入れただけだもんな」

「でもあたしの手作りチョコよ! ほい! ハッピーバレンタイーン!」


 型からころころ取りだした粒の内。

 一つが摘ままれ、俺の手に乗せられる。


「お、おお。……俺に?」

「うんうん! 保坂君にはほんとにお世話になったからね!」

「……まじか」

「義理!」

「はっきり言わんでも」


 ステージ上と変らない程の。

 キラッキラの笑顔を浮かべる佐倉さん。

 

 女子は、やっぱり。

 バレンタインで輝くよな。


 だから期待しちまうんだよ。

 だから校門を出るギリギリまでドキドキし続けるんだよ。

 だから帰りの電車の中で、地球ごと爆発しろって思うほど落ち込むんだよ。



 さて。


 と、言う訳で。


 つまるところ。



 ラッピングもしてない。

 型から出て来ただけのチョコ。


 こいつが。




 物心ついてから始めて家族以外の人から貰ったチョコという唯一無二の至宝というわけなんだが。




「…………とっておきてえ」

「なに言ってんの? 早く食べないとドロドロよ?」

「いや分かってるんだが」

「あれ? ほんとにあたしの事、気になってるとかなの?」

「そうじゃねえって!」

「あはは! ごめんねー! あたしには好きな人いるからさ!」


 そう言いながら、型から出したチョコを可愛らしい箱に詰めてラッピングする佐倉さん。


 箱のサイズに合わない、幅広のリボンを半分に折って苦労しながら結んでる。


 好きな人って、パラガスのことか?

 それともやっぱり……。



「じゃ、じゃあ……、それ、本命?」

「うん! 世界一好きな人にあげるの!」

「ど、ドキドキするね……」

「そういう秋乃ちゃんは、誰にあげるの?」

「お父様……」

「げ」


 おいおい。

 まじかお前。


「…………今後もステージに立てるように、ワイロとか?」

「ち、違う……、よ? 明日、ステージの後、お食事するの……」

「なんだろう。複雑」

「そ、それはそれ。これはこれ……」


 佐倉さんの言いたい事。

 すげえよく分かる。


 ステージを邪魔しようとしたやつにチョコ?

 散々手伝ってやった俺にではなく?


 さすがに腹が立った反面。

 妙な感情が、俺の中に眠っていたことに驚いた。



 ……俺。

 怒りだけじゃなくて。



 やきもち焼いてなかったか?



「よっしゃ完成! じゃあ、帰るね!」

「う、うん……」

「明日は頑張ろうね! いや、輝く方法見つけるのが先だけど」

「そ、そうね。私も、ギリギリまで考える……」


 そんな秋乃の返事に手を振って。

 佐倉さんは家を出て行ったんだが。


「…………病院の事、聞けなかった」

「しょうがねえだろ」

「で、でも……」


 確かに。

 ステージでどう輝くか、なんて話より。

 よっぽど重要なことかもしれん。


「……そわそわしっぱなしじゃねえか」

「う、うん……」

「しょうがねえな」


 俺は、春姫ちゃんへ振り向くと。

 それだけで、聡い彼女は頷きを返してくれた。


「申し訳ない、ちょっと事情があってな。後は頼む」

「……構わないが。ホワイトデーは四倍返しで」

「了解」

「……よし。凜々花、買い物に行くぞ。チョコ一万円分」

「うはははははははははははは!!!」


 春姫ちゃんに軽くチョップしてから。


 秋乃を伴って。

 急いで佐倉さんの後を追おうとしたんだが。


「こ、このままだと見つかる……」

「おっと、そうだな」


 でも変装なんてできねえし。

 一体どうしたら?


「こ、こんな事もあろうかと……」

「おお、久しぶりだな博士! なに作ったんだ?」

「光学迷彩」

「…………せめて、今日は俺を前にしてくれ」



 かくして。

 教授が昨日かっぱらって来た光学迷彩を羽織った俺たちは。


 昼下がりの駅前で。

 怒り心頭のお店の方に見つかって。


 泥棒した事情を必死に説明する羽目になった。



 ……こら、下半身。


 隠れてねえで出て来い。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「じ、時間とられた……」

「これじゃ、来る意味無かったんじゃねえのか?」


 佐倉さんから遅れる事。

 電車二本分。


 追いかけてはみたものの。

 もちろん彼女の姿はどこにもなく。


「一応、病院の方行ってみる?」

「それしかすること無いし……」


 出会える可能性を。

 ゼロからほんの少しでも増やすために。


 俺たちは、病院への道を歩き始めた。



 最初は、どことなく重かった足取りが。

 次第にいつも通りに戻ったその訳は。


 顎を上げると飛び込んで来る。

 情緒ある、薄黄色の枯れ景色。


 寂しいのに。

 あたたかい。


 馴染みがない土地なのに。

 湧いてくる気持ちは。


 ただいま。


 足が自然と導かれるまま。

 舗装道路から野道を踏み分けることを選ぶと。


「…………素敵な声、ね?」

「ほんと」


 用水路になっている小川のほとり。

 椅子に腰かけて。


 美しい歌声を遠くの山々へ届ける女性の姿があった。



 そんな彼女からは。

 萌歌さんや、舞浜母と比べるべくもないが。


 明らかに、人目を引く何かが発せられていたんだが…………。


「あれ? もしかして」

「うん……」


 椅子は椅子でも。

 彼女が腰かけているのは、車いす。


 気を使うべきなのか。

 それとも、ここまで近付いておいて違う道を行く方が失礼なのか。


 二択に悩んでいる間に。

 彼女の方が、俺たちに気付いて手を振って来た。


「凄く、綺麗な歌声でした……、ね?」

「ほんと? ありがとー!」


 一つか二つ。

 年下に見える女性。


 ブランケットの足元を見るのは失礼だろうから。

 その、少しタレ目の可愛らしい笑顔だけを見て。

 俺は軽くお辞儀した。


 そんな俺から、一歩前。

 普段は引っ込み思案な秋乃が。


 よっぽど彼女の歌を気に入ったんだろう。

 少し興奮気味に話しかける。


「ファ、ファンになっちゃった……」

「あはっ! 嬉しい! 二人目のファンが出来ちゃった!」

「二人目……?」

「そう! 一人目はね、あたしのお姉ちゃん!」


 彼女は楽しそうに話した後。

 再び素敵な歌を一節だけ口ずさむと。


 秋乃からの拍手に。

 眩しい笑顔でお辞儀をする。


「……そこの病院から来たのか?」

「うん! たまにね、二週間くらい入院しなくちゃいけなくて! もう、病院にいる間は退屈でさー! 学校行きたーい!」


 車いすの上でお構いなしに体をよじる彼女。

 俺は、目の前の小川に落ちやしないかと思って。


 彼女の車いすを少しだけ後退させた。



 ……病人に対しての社交辞令。

 早く良くなるといいね。


 そんな言葉を。

 迂闊に口にしないでよかった。


 定期的に入院ということは。

 彼女が車いすを使っているのが。

 一時的なものではないということだ。


 ついネガティブなことを考えて。

 何を話したらいいのか分からなくなった俺に対して。


 こういう時の秋乃は凄い。


「元気いっぱい……。病院からここまで、結構距離あるのに……」

「全然平気よ! 体力が勝負だからね、鍛えてるから!」

「鍛えてるんだ……。スポーツ?」

「ううん? あたし、車いすアイドルを目指してるの!」


 え?


 車いすのアイドル?



 その言葉を聞いた瞬間。

 俺は、どうしても埋まらない最後のピースが。


 カチッとはまった音を耳にした。



 ――佐倉さんに誘われてから。

 目まぐるしく過ごしてきた日々。


 いろんな問題が重なって。

 バラバラに積み上げられたパズルのピース。


 それをひとつ、またひとつ。

 繋げて来てはみたものの。


 ピースが足りなくて。

 完成しないような気持になっていた。


「素敵な夢……。二人目のファンとして、全力で応援してあげる」

「うんうん! 絶対テレビで活躍するから楽しみにしててね! なんてったって、あたしには敏腕プロデューサーがついてるんだから!」


 それが。

 まるで、部屋の中から急に顔を出したパズルのピースと同じよう。


 まさかこんなところですべてが繋がるなんて。



「…………秋乃」

「ん?」



 気づいてるか?


 頬は少し丸い。

 目は若干細め。


 でも。

 どことなく近い雰囲気としゃべり方。


 あいつが病院へ来ていた理由。


 そしてなにより。

 彼女の膝の上に置かれた小箱。



 そこに結ばれた幅広のリボンは。

 半分に折られて結ばれていた。



「……なるほど。お前が明日、ステージに立つ予定だったんだな」

「え? なんでそのこと知ってるの?」



 もしも、俺の推理が正しければ。


 佐倉さんの一年間は。

 彼女の夢は。



 がらりと姿が変化する。



 自分がアイドルになるために。

 アイドル研究会に入ったわけじゃなくて。


 妹をプロデュースするために。

 ほんとにアイドルの研究をするために。

 研究会に入った。


「ひょっとして……、ともちゃんのお友達?」

「それどころか、同じメンバーだぜ?」

「じゃあまさか、お姉さんが秋乃ちゃん!?」


 半年もかけて。

 役所と交渉を続けて。


 彼女のために獲得したステージ。


「そ、そうですけど……? え? ともちゃん?」

「あたし、ともちゃんの妹よ!」

「え? え?」

「……何かの都合でステージに立てなくなったんだな?」

「うん。座ったまんまでも可愛いパフォーマンスってどうやったらいいのかまだ分からなくって。そしたらともちゃんが、あたしの代わりにアイドルの何たるかを身をもって勉強して来るねって!」


 急きょ立つことになったステージは。

 自分が人気を獲得するためじゃなく。

 人気を得る方法を知るため。


「明日は? 見に来れるの?」

「うん! ともちゃん、一番前の席取っておいてくれた!」


 だからあいつは。

 あんなにオーラの秘密を知りたかったんだ。



 ……合点がいくとともに。

 俺は、パズルの完成を感じていた。


 最後の秘密も。

 今、間違いなく手に入れた。


「そっか、来てくれるんだ。じゃあ、間違いなくお姉ちゃんは今までで一番輝けるだろうな」

「輝く? なんのこと?」


 彼女が会場に来てくれるなら。

 佐倉さんは、世界中の誰よりも眩しい輝きを放つことだろう。


 あとはお前なんだが……。



 珍しく俺より後に正解にたどり着いて。

 今になってようやく一つ頷いた秋乃。


 でも、その笑顔に。

 一片たりとも曇りなし。


「お前は、佐倉さんのこと応援すりゃいいんじゃねえの?」

「うん。……そういうことだったんだね」


 こいつなら。

 誰かのために輝くことができるはず。


 これですべての問題は。

 解決した。


「ねえ! ともちゃんのパートナーさん!」

「秋乃でいい……、よ?」

「秋乃ちゃん! 何か一曲聞かせて?」


 屈託のない笑顔で話す彼女が。

 答えにたどり着いたお前の。

 最初のお客様だ。


「歌ってあげろよ」

「ん……」

「手ぇ抜くなよ?」

「それは心配ない……、よ?」


 俺は、車いすを引いて。

 特等席へ妹ちゃんをご案内。


 盛大な拍手の中。

 秋乃が深々とお辞儀をする。


 軽く発声。

 そしてポーズを決める。


 俺は、それに合わせて。

 ステージでは歌うことのない、萌歌さんがくれた練習曲を。


 携帯から大音量で流した。




 一番応援したい人。

 一番応援してもらいたい人。


 彼女のために歌い、踊る。

 自分だけのアイドル。



 その歌声は野山を駆け。

 そのダンスは天行く雲を割り。



 一日早いけど。

 まさにバレンタインプレゼント。



 人の願いは。

 想いは。



 大好きなあなたへ。

 愛を告白したいと恥じらう乙女を。



 世界で一番輝かせる――。




 …………肩で息をつきながら。

 空を指差して歌い終えた秋乃を称えて。


 冬空に響き渡るほど盛大な拍手が送られる。


「すごーい! 感動したよ!」


 手放しではしゃぐ妹さんは。

 冷たいはずの手をものともせず打ち鳴らし続けて。


 そして大きなため息と共に。

 背もたれに体重を預けると。


「でも、まだまだね! ともちゃんの隣に立つんだから、もっと頑張ってもらわないと!」



 ……そう。



 俺と秋乃の表情も。

 物語っている。


 これ。


 親父さんの前で歌った時と。

 たいして変わんねえ。



「…………これじゃ、ない?」



 あれ?



 俺は、頭の中のパズルが。


 またバラバラになった音を耳にした。


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