ダーウィンの日


 人と人。

 長く付き合うには。

 時にはウソも必要だ。


 だから優しい人ほど。

 心を砕いてウソをつく。



 でも。



 ルーマニアの古都。

 シビウ。


 ここには。

 優しければ優しいほど。

 ウソをつくことが出来なくなる場所がある。



 歩道と歩道の立体交差を実現させた。

 国内最初の鉄の橋。


 通称。

 ウソつき橋。


 シビウに伝わる昔語り。

 誰もがお年寄りから聞いた話では。


 この上でウソをつくと。

 橋が壊れるとのことだ。



 現在では、ドイツ語の『横たえる』と『ウソつき』とを混同しただけだと分かっているものの。


 律義に守りたくなる、ちょっと素敵な地元の言い伝え。


 こんな場所だから生まれた。

 俺の好きな話がある。



 ある日、嘘つき橋の上で。

 女性が恋人に訊ねた。


 あなたは、私の事を嫌いだと思う瞬間、ある?


 優しい男性は躊躇した。

 そして橋の下に誰もいないことを確認してから。


 そんなこと、感じたことなんて無いよ?

 いつだって世界で一番愛してる。


 彼の返事を聞いた女性は。


 そんなウソを本当にするために。

 二度とこんな質問で彼を困らせることはしなくなった。





 作中特別編

 =誰がために星は煌めく

        第二話 =



 ~ 二月十二日(金) ダーウィンの日 ~

 不虞之誉 VS 求全之毀




「では、レッスンはこれで終わりです」


 本番前。

 関係者一同、学校を休んで。

 俺の家で最後のレッスン。


 午後からバイトだという萌歌さんと共に。

 ワンコ・バーガーで早めの食事を取る俺たち、T・A’sプラス虎。


「終わったら困ります!」

「困られても困りますよ、お客様。ここにきて、ど下手くそになったあなた方に何を教えろと?」

「そ、それは……」


 仕方ねえよ。

 昨日の今日だしな。


 まるで身が入ってねえ二人に。

 それでも文句も言わず付き合ってくれた萌歌さんだったが。


 やっぱり腹の中じゃ。

 かなり呆れていたようだ。


 ばっさり切り捨てて。

 明後日のステージに立ちたいなら何とかしろとため息をつく。


「聞きたくもないですが、話の流れで仕方ないですね。なにか原因でもあるのでしょうか、佐倉さん」

「う。……まあ、優しいウソをつくならば、何もないです安心してくださいって言うべきだと思うのですが」

「謙虚に言おうとしてるようですが無茶苦茶厚かましいですよ?」


 スレンダーな体に相応しく小食。

 ジャンクフードばかり口にする萌歌さんが。


 我が店で一番小さなハーフ・バーガーを食べながら。

 レジに立つ友達、カンナさんに向けて美味いとサムアップすると。


 口ごもる佐倉さんの代わりに。

 割り込んできたのは。


「そんなの聞くまでもねえだろ。どうしてパフォーマンスが落ちたのか明白だろうがもが」


 トラ男がいつものボケを言うために助走を始めたから。

 サービスポテトを口に突っ込んで黙らせた。


「俺から説明するとだな、萌歌さん並みのカリスマシンガーのステージを昨日見ちまって……」

「おや。こちらも優しいウソですか」

「うぐ」


 しまった。

 気を使って、余計機嫌損ねることになっちまったぜ。


「……まあ、とにかく、どうして人目を引くのかさんざん悩んでたところにあそこまでのもん叩きつけられて、答えがまるきり見えなくなったんだよ」

「まさか、まだその件で悩んでいたのですか? 才能ないですね」


 萌歌さん以上のシンガーって話をしちまったんだ。

 ポケットから借用書出して。

 一行書き足してるけど文句は言えん。


「才能はねえの分かってんだよ。でも、努力した分進化しても良いはずだ」

「下らない。求全之毀きゅうぜんのそしりなんてどこにでもある話です」

不虞之誉ふぐのほまれに納得できねえのが日本人の性だろうが」

「……やはり、無駄に知識がありますね、お客様は」

「無駄って言うな」


 求全之毀きゅうぜんのそしり

 どれだけ頑張っても非難されるような事もあると言う萌歌さん。

 言いたい事は分かる。


 でも、なにもしねえで偶然名誉を手に入れる。

 不虞之誉ふぐのほまれ

 そんなの俺には納得できん。


「さすがに答え教えろよ。こいつらの頑張り、見て来てるだろうが」

「これで頑張っていると言われましても。では彼女たちより遥かに頑張ってアイドルを目指す数万人へ教えた後でもよろしいですか?」

「ウソだろ。めんどくさがりな萌歌さんがそんなことできるわけねえ」


 俺の言葉を肯定するように。

 バーガーの包みを持って食べるのが面倒になったようで、直に掴んで口に放り込んだ萌歌さんは。


 とうとう面倒って気持ちを隠すこともなく。

 ため息をつきながら話を締めようとする。


「私が無理に教えなくても。二人は小さいながらも輝きだしていますよ」

「それもウソだろ」

「なんとも困ったことに、私は優しすぎるきらいがありまして」

「ふざけんな」


 この場合、そんなウソ、優しくも何ともねえ。

 でも話を止めたら聞きだせなくなる。


「声量が違うとか?」


 もちろん、そんなの違うことは分かってる。

 それでもこの質問は効果があったようで。


 萌歌さんは。

 目を閉じると。


 店のテーブルについたそのままの姿勢で。

 小さな声で歌いだした。


 ……子守歌?


 店内には、音楽も流れているのに。

 普通に考えたら、違う歌を同時に聞かされたらうるさいだけなのに。


 店内にいる人たちが。

 気づけば全員。

 萌歌さんの姿を。

 瞬きもせず見つめてる。


 ビブラートもかかっていない。

 ただ呟くだけのような歌声。


 でも、誰も萌歌さんから目を離すことなく。

 歌が終わるとともに、大きな拍手で彼女を称えていた。


「うん……。それ、なのよね……」


 拍手をしながらも。

 まるで探偵のように眉根を寄せて推理しようとしてる佐倉さん。


「そうだな。なにか、体から出てる」

「……女性の汗のにおいを指摘する男は一生童貞のままですよ? お客様」

「今はボケんな! その正体は何だ? オーラ?」

「さあ。なんのことやら」


 マイクも持たずに会場いっぱいに響き渡った舞浜母の歌声。


 でも間違いなく。

 俺たちは、彼女が歌う前から魅了されていた。


 今の萌歌さんの歌でもわかる。

 声量じゃない。


 二人に共通してるもの。

 体から出てる、なんかわからんそれだ。


「なに出してるんだよ。そいつの正体教えろ」

「デラックスチリミートバーガー」

「くそう。八百円もすんのに」

「これで晩御飯代が浮きました」


 しょうがねえからレジに向かうと。

 カンナさんから、自分で作れとか理解しがたいことを言われて。


 ムカムカしながらも。

 テイクアウトの袋ごと。

 恭しく進呈すると。


 萌歌さんは、それじゃ、とか言いながら席を立っこらこらこら。


「おや? 私のすべすべな左手首を掴むとは。彼氏気取りですか?」

「帰ろうとすんじゃねえ! それにすべすべって、テープ貼ってあるせいじゃねえか。……なんだこれ?」

「誰が教えると言いました? 私はハンバーガーの名前を口にしただけで、勝手に勘違いして貢いできたのはお客様でしょう」

「ふざけんな! あと、おさわり百万円って値札もふざけんな!」


 このやろう。

 俺が腕掴むの想定してたってことじゃねえか。


「これで借金がサラリーマンの平均年収くらいになってしまいましたが……」

「もちろん、なんか礼するから。教えろ」

「…………こんなところで歌なんか歌ったら、誰だって目を向けるでしょう」


 真面目なのか適当なのか。

 にわかには判断し辛い言葉を残して萌歌さんは出て行ってしまったが。


 この、溺れる二人にはやっとつかんだ藁。

 すぐさま額を寄せて話し合う。


「今の、どういうことだろう?」

「も、物珍しいから……、人目を引く?」


 いや、そんなわけねえ。

 だとしたら、世の中のアイドルは全員。

 ステージに立つたびに新しいことをしなくちゃなんねえ。


「あ、あの会場……大きな木が植わってる……、よね?」

「それが?」

「木の上で歌う……、とか」

「ターザンかよ」

「…………うん。それだ」

「それなわけねえだろ落ち着け」

「あ……」


 秋乃は、ここでようやく冷静になって。

 首を振りながら佐倉さんの手を握る。


 そして彼女を諭すように。

 優しい声音でこう言った。


「私、木登りできない……」

「そっちかーい」

「なによ保坂! さっきから文句ばっかり!」


 いや、ポテト投げるな。

 食い物粗末にするとか非常識にもほどがある。


「木登りは却下。今は出てなくとも、必ずあのオーラ的な何かは出るようになる」

「明後日までに?」

「それは約束できねえけど……。だからお前はなんで明後日にこだわるの?」

「うん。次回でいいや、なんて考えたらね? ずっと見つからないままなんじゃないかなって思うから」


 佐倉さんが見つけたがっている、人目を引き付ける方法。

 それがアイドルになった理由そのものだって話してたけど。


「まあ、気持ちは分かるけど。その内佐倉さんだって注目されるって」

「ううん? 別にあたしは注目されなくてもいいんだけど」

「言ってることちげえ!」

「違くないよ、うんうん! きっと明後日までに見つかるはず! 人は、人生の中でも進化できるんだ!」

「はあ……。素直に注目されたいって言えよ……」

「今は出ないオーラだって、きっと出るようになるはず!」

「し、進化……?」

「そうよ秋乃ちゃん! 頑張ろう!」


 そして今度は佐倉さんが秋乃の手を握り返すと。

 急に目を輝かせ始めた秋乃が力強く頷いた。


「進化したら、木に登れるかも……!」

「「そこかよ!!!」」


 両側からの突っ込みにも動じずに。

 秋乃は嬉しそうに語りだす。


「き、木に登れたら……、進化したら……」

「どうして木に登りてえんだよ」

「小さな頃の夢が、叶うかも!」

「どんな夢だ?」

「バナナの木に登って、上で、もいで食べるの!」


 さすがに呆れ顔になった佐倉さん。

 お前が言うには酷だろう。


 夢見る少女を。

 ばっさり切り捨てるのは。


 俺に任せておけ。



「退化しとる」



 一歩下がった分。

 こいつを二歩分進化させなきゃいけなくなった。


 しかも、そのうち一歩は。


 ……あの。

 意味の分からんオーラの出し方。


 いやはや。

 前途多難だな、こりゃ。



「……秋乃ちゃん。そのバナナ、道具を使って落とす訳にはいかないの?」

「か……、画期的!!!」



 ……うん。

 ヒトにたどり着くには。

 もう数世紀かかりそうだな。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 萌歌さんから。

 オーバーワークになるから今日はもう練習するなと言われているから。


 アイドル動画でも見て。

 オーラの秘密を探ろうと思っていたんだが。


「今日は、ちょっと寄っていくとこがあるから帰るね?」

「おお。そんなら俺も帰るか」


 佐倉さんとトラ男が席を立つではやむを得ん。

 俺たちも店を出て。

 二人の背中を見送った。


 そして、胸の前で小さく手を振りながら。


「…………ウソ、かな?」


 急に変なことを言い出したこいつ。

 舞浜まいはま秋乃あきの


「二人……、怪しい」


 なにやらまたもや。

 恋愛レーダーがピコピコ動き出したようだ。


「姫くんの時もそんな話ばっかしてたよな、お前」

「今回も…………、怪しい」

「栃尾は、ついこの間まで悩んでたみたいだけど。知らない間に結論出して、佐倉さんに告白でもしたのかな?」


 ほうほうと。

 名探偵は、あごをすりすり撫でながらすいりを始めたんだが。


 確かに今日は、トラ男がネコ男に変身することもなかったし。

 佐倉さんは、どことなくトラ男に優しく接していたような気がする。


「ふ、二人をくっ付けること、できないかな……?」

「また出やがったなお節介おばはん」

「おば……!? ひどい……」


 今はそれどころじゃねえだろう。

 俺はこいつを諦めさせようとして言ったつもりなんだが。


 しょんぼりしたのは一瞬の事。

 こいつは、電柱の陰とか植え込みの中とかに隠れながら。


 尾行を始めやがった。


「おい、やめねえか」

「おばはんを心の中で受け入れたらね? 急にフットワークが軽くなった……」

「まさか逆効果だったとは。責任とって、お前の足を止めてくれるわ!」

「そ、そんな声上げたら……っ!」


 どうしてだろうな。

 いままで何度か体験してることだが。

 改めて不思議に感じる。


 遠くに見える二人の内。

 佐倉さんから感じた何かの信号。


 彼女がこっちを見る前。

 まだ振り返りもしてねえのに。


 俺たちに気付いたって事が理解できた。



 さて。



 与えられた時間は、たった一秒。

 俺たちがとった行動は。


 脳も通らず。

 反射神経だけで。


 薬局の前に立つカエルの人形。

 その後ろに走り込んで。



 阿修羅像。



 …………おい、子供。

 怒りの面を見て泣くな。


 悪かったって。


 あと。

 そんなにお姉ちゃんの顔怖かった?


「おい、信じがたいことに見つからなかったぞ俺たち。佐倉さんたち、改札入って行った」

「ど、どうしよう……」

「なにがだよ」

「尾行、超絶楽しい……、ね?」

「同意求めんな。……そしてまだ追っかけようとすんなっ!」


 カエルから飛び出して。

 慌てて駆け出した変わり者。


 電車でどう追いかけるんだよ。


 たった二両の電車。

 しかも平日の昼間じゃ他に客なんかまるでいねえっての。


「絶対見つかるぞ?」

「ひ、ヒトはまだ進化できると信じてる……」

「無茶言うな」

「はっ!? 知恵の実、降臨!」

「齧るなそんなもん。エデンから追放される……? いや盗むなそんなもん!」


 駅前の蕎麦屋。

 タヌキの置物が羽織った、でかいどてらを盗んだ秋乃がそのまま改札を抜けるもんだから慌てて追いかけると。


「ぼほっ!?」


 俺にかぶせて二人羽織。



 人類は、今。



 巨大な腰の曲がったおばあちゃんに進化した。



「四足歩行っ!」


 無理無理無理!

 どんだけ頑張ってもヒトはその形に進化しないから!


「あとはお母様のほっかむりを……」

「秒でバレるわ」


 今は、ホームに入る手前で隠れてるから見つからないけど。

 電車に乗ったらすぐばれる。


 そう思ってたんだけど…………。


「なんだろ。あいつらはバカなのか?」

「ち、知恵の勝利……」


 二人羽織のまま椅子に座ったら。

 お婆ちゃん、信じがたい身長になっちまう。


 そう思った俺は、座席の並び。

 壁に背中を預けて。

 座面と同じ高さにした空気椅子に秋乃を座らせるという技を閃いたんだが。


「どうしてバレない」

「これぞ進化……」


 そうか、進化したのか。

 でも、犠牲も伴う進化だってことをお前はちゃんと理解しろ。



 ……背もたれに寄り掛かるな。

 鼻が潰れるわ。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「や、やっぱり同じ駅で降りた……、ね?」

「うむう……」


 ここはトラ男の地元駅。

 佐倉さんも同じところで降りるなんて。


 いよいよ、名探偵の嗅覚を信じ始めて来た俺ではあるが。


 できれば、こっちの問題を先に解決して欲しいと思わずにいられない。


「もう分離していいんじゃねえのか? まるで外が見えねえのに、周囲からすげえ視線感じる」

「ひょっとして、これが人目を集めることの答え……?」

「お前がさっき齧ったのはバカの実だ絶対そうだ」

「ひどい……」


 ひどいと思うならとっととこの埃っぽいどてら外せ。


「奇抜なかっこしてたらうけるだろうけど、そういうのじゃねえだろ」

「そうか……」

「でも、ヒントみたいのは、さっき掴んだ気がする」

「え?」

「ほら、佐倉さんが俺たちに気付いた時さ。俺たち、佐倉さんがこっちに気付いたってことに一瞬で気付いたろ?」

「え? え? え?」


 ああ、悪い。

 なに言ってっか分かんねえよな。


「カエルの後ろに隠れる直前の話なんだが」

「うん」


 秋乃が、片手を真横に上げてどてらを持ち上げて。

 脇の間から俺の顔を覗き込んで話を聞いて来る。


 久し振りに見えた外の景色だが。

 秋乃の髪が暖簾になって八割方塞がれてるし。

 残った二割は目の前に立ってる銅像のせいで緑色。


 この銅像。

 前足を上げた馬に乗った武士のやつ。

 駅前広場のど真ん中に立ってたよな。


 そんな場所でこんなバカな姿晒してるの?


「ああもう、さすがにここから出せ! 二人は近くにいないんだろ?」

「あれ? さっきまでその辺にいたのに……」

「見失ったの!? こんなとこまでついて来て、意味ねえじゃん!」

「……何やってんだよお前ら」

「ひょわっ!?」


 背後から聞こえたトラ男の声に。

 俺たちは再び、一瞬で反応した。


 秋乃の腰を掴んで思い切り持ち上げて。

 騎馬の裏に走り込んで、ピッタリ同じ姿勢になって姿を隠す。


「た、立哉君……」

「喋るなバカ! お前も足の位置をピッタリ馬の前足に合わせろ!」

「でも、残念ながら……、ね? 私の上半身が隠れない……」

「戦国の世を駆け抜けるケンタウロスっ!」

「いや、ほんとなにやってんだよお前ら」

「…………進化中?」

「怖いわ」


 観念して秋乃を下ろして。

 どてらの中から姿を出すと。


 目の前にはトラ男が一人。

 佐倉さんの姿はどこにもない。


「いや、すまん。何となく成り行きで」

「成り行きで? その埃っぽいどてら羽織ってついてきたのか?」


 火事場のバカ力の副作用。

 秋乃を一個持ち上げたせいで。

 腕が重い。


 俺は苦笑いを浮かべてトラ男を見ながら。

 手をぐっぱぐっぱさせていると。


 秋乃がおずおずと。

 トラ男に問いかけた。


「あ、あの……、佐倉さんは?」

「あいつは……、あ、いや。これ、話してよかったんだっけ?」


 そして今度はトラ男が口ごもる番。

 なんだろう。

 妙な胸騒ぎがする。


「いや、俺も詳しいことは知らねえんだ。でも、あいつが行ったとこは知ってる」

「どこ……?」

「まいったな、話さねえ方が親切だったかな。そういうの苦手だからよ」


 そう言ったきり、急に口をつぐんだトラ男が歩き出す。


 俺は、秋乃と顔を見合わせた後。

 その後ろについて行った。


 うちよりも少しだけ都会。

 そんな駅前も、ちょっと歩いただけであっという間にのどかな畑ばかりの風景に塗り替わる。



 だが。

 その牧歌的な景色の中に異物が一つ。


 視界内に唯一。

 巨大なビルが建っていた。



 高さよりも幅が重視された独特の景観。

 無機質なのに、はっきりとした清潔感。


 さっき俺の胸に浮かんだ不安感が。

 否応なしに膨れ上がる。


 ネガティブな想像がどうしても拭えない。

 そんな気持ちが。

 どてらを引きずって歩く秋乃にも伝わったようで。


「と、栃尾君……。佐倉さんがいる場所って……」


 とうとう口を開いた秋乃が。

 その建物を指差すと。


 トラ男は足を止めて。

 小さくため息をつきながら。


 彼女の居場所を教えてくれた。



「ああ。……病院だ」

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