ニートの日


 ~ 二月十日(水) ニートの日 ~

 親 VS 友




 昨日、WEBに公開した動画は。

 夜のうちに、生徒の間で拡散されて。

 好評だったようだ。


 電車内、通学路、果てはわざわざ教室に押しかけて来る人たちから。

 何度も声をかけられては、都度わたわたしているこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 そんな人見知りが、声をかけられる度。

 佐倉さんの背中に隠れていたせいで。


 おさげでメガネな彼女の正体が。

 秋乃と並んで歌っていた正体不明のカッコいい系女子とバレるのは当然の帰結。


 各授業間の休みを三回経て。

 昼休みになる頃には。


 どこか一線をひかれているような印象を受ける秋乃より。

 ギャップの魅力と親しみやすさを感じる。

 佐倉さんに声をかけてくるやつの方が多くなった。


「佐倉ちゃん! 俺もライブ見に行くからな!」

「ありがとう!」


 そんな五時間目の、体育の授業。


 おそらく自習中なんだろうな。

 教室から声をかけてきた先輩に。

 元気に手を振り返してる佐倉さん。


「こら。お前も隠れてねえでお辞儀しろ」

「だ、大反響……」


 そんな彼女の背に隠れて。

 おどおどしている人付き合い不器用ちゃん。


 今日一日で。

 寿命が一年は縮んだことだろう。


「ほ、本来の目的とは違うけど、宣伝としては役に立ってる……、ね?」

「すげえなお前。そこまで逃げてばっかなのに嬉しい悲鳴かよ」

「嬉しいけど、恥ずかしい……」

「うんうん! 皆さんと話すのはあたしがやるから隠れてて!」


 他人任せにしていい案件か?


「でも反響は結構あったけど、肝心の話は、まるでさっぱりなんだよねー!」

「そ、それを考えるのは立哉君の仕事……」

「ふざけるな」


 まるっきり他人任せの秋乃が。

 走り高跳びの順番が回って来たと。

 逃げるように席を外したところで。


 佐倉さんが。

 秋乃がこっちを見てないことを何度も確認したあと。


 俺に頭を下げて来た。


「ごめんね……。こんなに手伝ってもらってるのに、答えが見つからないなんて……」

「いや、頭下げたりすんなよ。こっちこそ謝りてえくらいなのに」


 ほんとなら、そういう仕事は俺がやって。

 おまえら二人はレッスンに専念するべきだ。


 でも、言い訳に過ぎねえけど。

 アイドルなんて門外漢の俺には難しすぎた。


 ……だから。

 せめて、俺ができること。


 二人に、余計なことを気にせず。

 楽しく歌って欲しいと思って。


 昨日からずっと考えていた提案をしてみた。


「佐倉さん。高校生の間、何度かステージに立ちたいだけなんだろ? 目に見えない一線を探して悩むのはもうやめて、歌とダンスを完璧にすること目指した方がいいんじゃねえか?」


 ちょっと加減をうかがいながら。

 ゆっくりと諭すように話して聞かせたつもりだが。


 佐倉さんは。

 きっぱりと首を横に振る。


「……あたしね? アイドルとして輝くためにはなにが必要かってことを掴まないと、アイドルになる意味がないの」


 ん?

 それってどういう意味なんだろ。


「自分で探し出したいって言ってるのか?」

「ううん? 萌歌さんが教えてくれればそれでいいんだけど」

「……よくわからん」


 理解できるように教えてもらおうとしたところで。

 秋乃が戻ってきたから。


 この話は終了とばかりに手を叩いた佐倉さんは。

 計測場へ向かってしまった。


「何の話をしてた……、の?」


 ちょっと不穏な空気を感じ取った秋乃が。

 心配そうに聞いてきたんだが。


 この件を話したもんかどうか。

 よく分からんから誤魔化そう。


「それより、何が足りないのか見つかったか?」

「一晩中、アイドルの動画見てたけど、まるで分からなくて……」


 そう言いながら大あくびとか。

 美人台無しだっての。


「寝ろって。また怪我するぞ」

「でも……」

「前にも聞いたけどさ。なんでそこまで一生懸命やるんだ? 佐倉さんのため?」

「そ、それもあるけど……、ね?」


 今度は秋乃が佐倉さんの様子をうかがって。

 こっちを見ていないか確認してから。


 ぽつりとつぶやいた。


「春姫に、見せてあげたくて……」

「え?」

「喘息だから……。ほんとは歌いたいのに、歌わないの」

「それなのにお前が歌うのか?」


 逆効果だろ。

 そう思った俺の顔をじっと見つめた秋乃が。


 くすくすと笑いだす。


「……なんだよ」

「だって……。春姫が我慢してるから私が我慢するのは逆だって教えてくれたの、立哉君……、だよ?」


 俺が教えた?

 何の話だ?


 問いかけようと思ったんだが。

 そんな話の腰が粉々になるほどの事件発生。


 校門から突っ込んで来た暴走黒塗り高級車が。

 俺たちに真っすぐ向かって来たんだけど……。


「んなななななななっ!?」


 危険が目の前に迫ってるってのに。

 身動き一つ取れねえ俺たちの目の前で。


 高級車が後輪をスライドさせて急停止すると。

 砂埃の中から姿を現したスーツ男は。


「どういうつもりだ秋乃!」


 俺の宿敵。

 秋乃の親父さんだった。


「ど、どういうつもりって……?」

「ネットに上げた動画は私の方で消しておいた。あんな低俗な姿をさらして、何の真似だと聞いている!」

「う、歌のリサイタルをすることになって……。もっと良くするためには、どうすればいいか皆さんにご意見を……」

「非効率極まりない。歌を仕事にしたいならプロに頼め。世間に聞かせられる実力をつけてからああいう真似をしろ」

「仕事にしてえわけじゃねえっての。学生の間にやる趣味にぎゃーぎゃー口出すんじゃねえよ」

「…………また貴様か」


 おろおろしてる秋乃にゃ悪いが。

 こいつの言葉、いちいち俺の逆鱗突いて来るんだよ。


 いつも通り。

 反撃してやるぜ。


「お前は秋乃のなんなんだ?」

「友達だ」

「いいか、秋乃。友達は選べ。こんな低俗な学校でもそれなりまともな家柄の人物はいる」

「こら。間接的に俺の親をバカにすんじゃねえぞこの野郎」


 親父はいいけど、お袋をバカにすんな。

 大会社でそれなり重要なポストやってんだ。


 そんな俺の文句を、鼻息ひとつで一蹴したこいつは。

 秋乃に向かって、下らんわがままを言い続ける。


「低俗と付き合えば低俗が伝染する。だからこんな姿を人前に晒しても平気になってしまうのだ。……芸術性の欠片もない。すぐにやめろ」

「冗談じゃねえ! 今までの苦労を何だと思ってやがる!」

「苦労してこの体たらくとは。片腹痛い」

「まともに見もしねえでてめえの都合押しつけるんじゃねえ!」

「……見たから言っている。無価値どころか、害悪に過ぎん」

「お前の目は節穴か!? 今日なんか、学校中から称賛の声がひっきりなしだっての!」

「低俗な学校の未熟な連中に芸術の何が分かる」

「言いやがったな! 画面越しじゃねえ! 実際にこいつのパフォーマンス見たら、お前は絶対感動するっての!」


 こんな緊急事態に向けられた全校生徒の視線を背負った俺に。

 折れる道理はねえ。


 だからかな。

 ついでかく出しちまった俺の勇み足。


 こいつはそれを見逃さなかった。


「よし。ならば貴様を完膚なきまでに叩きのめしてやる。明日、しかるべき場で秋乃に歌わせよう」

「むぐ…………」

「ん? どうした小僧。今更逃げる気か?」

「に、逃げやしねえ! お前のむっつり顔、にっこにこのぶっさいくな笑い顔にしてやるっての!」

「それが出来なければ……、そうだな。進学、就職はおろか、バイトもできないようにしてやる」


 は?

 なに言ってるんだこいつ?


「そんなことできるわけねえだろ」

「容易いことだ。その証拠に……、そうだな。お前の父親から、職を奪ってやろう」


 こいつは余裕ぶった態度で。

 やたら低い声で言い放ったんだが。


「…………え?」

「ん?」

「脅すんならもっとまともなこと言え。なんとも思わん」

「脅しではない」

「いやそうじゃなくて。親父、もともとニートだから」

「んなっ!?」

「せっかくの緊迫ムード、あいつのせいで台無しにして申し訳ない」


 ほんとにすまん。

 咳払いとかいらねえから。

 顔赤くしてねえで。

 ペース取り戻してくれ。


「……あ、秋乃。やはり、こんな家柄の男と口を利くな」

「しまった。こればっかりはぐうの音も出ねえ」

「こんなニート進学率も高そうな学校を、ちょっとはましにせねばならんな。寄付くらいしてやるか。安物で構わんだろうが」

「無理に癪に触る言い方しなくていい。話の腰折って悪かったって」


 俺のフォローの甲斐もなく。


「逃げるなよ、小僧」


 そう言い放って。

 そそくさと車へ向かう舞浜父。


 でも、こんな冷血野郎を笑顔にさせることなんかできるのか?

 そう自問した瞬間。


 俺は。

 クリスマスの夜のことを思い出した。



 高級ホテルからこいつに追い出されたときに。

 誓いを立てたっけ。



『絶対にあいつを無様に笑わせる』



 ……まさに今回。

 誓いを果たす、いい機会じゃねえか。



 俺は、にっくき敵の背中に。

 ぜってえ負けねえと念を込めて。

 火が点くんじゃねえかって程の視線を送って挑発すると。


 高級車の後部座席を、運転手が開いたとき。

 舞浜父は、半身だけ俺に振り返って。

 まるで氷のような視線を返してきた。


 そして、何事もなかったように頭から車へ入って。

 裸足の足をするっと社内へ滑り込ませちょっと待てお前。




 あれ? なんで裸足?




 俺は、さっきまであいつが立ってたところに視線を戻すと。

 片っぽだけ残ってた靴に張られた熨斗紙ひとつ。


 そこに書かれた文字は。



 寄贈



「うははははははははははは!!! 寄付ってこれか!? 片っぽでどうする!」


 ちきしょう! また負けた!

 こんなやつを。

 俺は笑わせることができるのか?


 そして走り出した車から。

 タイヤが一つ外れて。


 ぐるぐる転がって俺の目の前でホイールを上にして止まったところに。

 熨斗。



 これもどうぞ



「ぶっはははははははははははは!!! こ、これも一個でどうする気……! うはははははははははははは!!!」


 ほんと!

 どう笑わせればいいってんだあんな奴!



 ……こうして。

 ステージまでの四日間。


 俺と、舞浜父との。

 壮絶な戦いが幕を開けることになった。


 俺は、秋乃をステージに立たせるため。

 あいつは…………。


 あれ?


 あのクソ親父。

 なんのために邪魔しに来たんだ?


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