服の日


 ~ 二月九日(火) 服の日 ~

 ステージ衣装 VS 具




「衣装が」

「まだ言うか」


 放課後になるなり。

 大事な話があるから体育館裏に付き合えと。

 トラ男に連れ出されたわけなんだが。


 その時そばにいた甲斐とパラガスは。

 こいつの本性知らねえから。


 見た目で判断して。

 やたらと心配して。


 ついて行ってやろうかとまで言ってくれた。


 そんなことがあったもんだから。

 平気だからと手を振って。

 トラ男の三歩後ろをついて歩くうち。


 二人の心配顔が、まるで警笛のような耳鳴りと共に何度も脳裏をリフレイン。


 気付けば慎重に過ぎる距離をとったまま体育館裏に着いたわけなんだが……。



 その五秒後。



 トラ男との距離は。

 肩口にびしっと突っ込むためにゼロになっていた。



「なんで二言目にはステージ衣装の話を始めるんだお前は!」

「それ以外の話を保坂とする必要あるか?」

「いっそ潔くてほんとかっこよく感じるから怖えよ」


 案の定。

 何の心配もないどころか。


 実にどうしようもない話だったわけだが。


 それにしても。

 こいつは一体どうしたものか。


 普段はナイフみたいな目を幅広のバンダナすれすれに覗かせてギラつかせてるトラ男だが。


 佐倉さんのことを話し始めるとどういうわけやらバンダナがずるっとおでこの上まで持ち上がって、まん丸目玉にパイナップルヘアーという面白い生き物になる。


 最近じゃ、授業中に変身することもあるこの愛玩猫男のことが。

 ちょっと心配になっていた俺ではある。


「でもな保坂。やっぱ衣装が」

「うるせえ黙れ変態。佐倉さんのことが気になってるってわけだな?」

「…………やっぱそうなのか?」

「聞くなよ。そうなんだろ?」

「どうなんだろ」

「お前なあ……」


 バンダナを引っ張って戻して。

 いつもの獣みたいな目をしたトラ男。


 西日に向かって腕組んで。

 当たり前の答えに気付かねえふりで悩みだす。


 素直に手伝ってくれとか言いだすには時間がかかりそうだな。


 しょうがねえ。

 携帯でも眺めて時間潰すか。


 そう思って電源を入れてみれば。

 べーべーべーべー、メッセージが雨あられ。


 その送り主は。

 今日は萌歌さんの家、つまり温泉宿へ出向いている。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 朝から学校サボって。

 必死にレッスン。

 必死に足りないもの探し。


 メッセージを読み進めてみれば。

 前者はなんとか形になってきたようなんだが。


 後者についてはまだまだ迷宮の中で右往左往している模様。


 その迷子っぷりをよく表した。

 この最後のメッセージ。



< 私たちが歌ってる横で、

  立哉君が手品をね?



 しねえよ。



< ステッキからツチノコとか。



 そんなの出したらお前達の歌聞いてる奴なんかいなくなるわ。


 こいつ。

 迷宮から出るどころか。

 より深みに落ちてっけど。


 そのまま永住する気でいるんじゃねえだろうな。


 お前の人生第二幕は。

 長いタイトルのラノベに決定だ。



 手品はしねえけど。ひまつぶしに >

 なるから俺も考えてやる。


< ひまつぶし?


 おお。ひまつぶし。       >


< いいアイデア。


 は?              >


< 私たちが歌ってる横で、ライブ

  クッキングなんて立哉君にしか

  できないよね?



「うはははははははははははは!!! ひつまぶしじゃねえ!!!」


 目の前でやられても分からねえことあるんだ。


 今のが本気か冗談か。

 メッセージだとまるで分からん。


 でも確実に邪魔にはなったわけで。

 俺が急に爆笑したせいで。

 こいつの決断が先送りになっちまった。


「なんだ。舞浜か?」

「おお。まだ一番足りねえもので悩んでやがる」

「それが分かりゃ、誰だってアイドルになれるだろうが」

「確かにそうなんだが。……お前は何かアイデアないのか?」

「簡単だ。まずは衣装を十二枚くらい作ってな?」

「黙れ清少納言野郎」


 こいつに聞いたところで一生同じ返事しか来ねえだろう。

 しょうがねえから自分で考えるか。


 とは言え、どうすれば光り輝くパフォーマンスを演じることができるかなんて。


 俺の脳を、どんだけ捻ってみたところで。

 アイデアの欠片すら出てくることは無い。


「……おい。携帯鳴ってるぞ」


 しょうがないから本件は今日も先送り。


 秋乃が送って来た動画を再生してみると。

 昨日よりかなり良くなっているんだが……。


「うわ。温泉宿でガチ歌唱」

「客に迷惑だろ」


 トラ男の言う通りだ。

 ちょっと釘刺しておくか。



 宿なんだから。騒がしくするな。 >


< 大丈夫。

  お客さんたちの思考を逸らす

  ことに成功。皆さんは、首を

  捻って悩むばかりで騒がしい

  事は気にしてないよ?



 なんのことだ?

 

 俺まで首をひねらされていたところに。

 正解画像が送られてきたんだが。


 言葉の通り。

 お客さんが首をひねって眺めている。

 大宴会場に置かれた立て札は。



 『新人漫才コンビ・オーディション用ネタ撮影中』



「うはははははははははははは!!!」


 確かにそれなら、騒がしさに突っ込む奴なんかいるはずもなく。


 この宴会場から漏れ聞こえて来る歌で。

 どう笑わせるつもりなのか。


 今頃、お客さんの頭の中はその推理で手一杯だろう。


「天才だなやっぱあいつは!」

「どれどれ。……ああ、なるほど」

「しかもこの芸名! 『ロイヤルミルク亭・とも奴 あき奴』って!」

「バカだ」


 おいおい、これで笑わねえって。

 一つ質問させろ。

 どうなってんだよお前の感性。


 横から携帯を取り上げて。

 メッセージを眺めたトラ男が呆れながらため息ついて。


 そのままさっきの歌の動画を再生させはじめたんだが。



 ……もうひとつ質問させろ。

 どうなってんだよ。

 そのバンダナ、どういう仕組みなんだよ。


「むは~っ!? 衣装着てるじゃん!!! こ、この動画くれよ~!」

「落ち着け! パラガスと語尾が同じになってんじゃねえか。普通ならケチケチしねえとこだが、さすがに却下だ」

「そんなこと言うなよ~! 何でもするから~!」


 ええい、絡み方までパラガるんじゃねえ。

 腕を肩にまわしてくんな鬱陶しい!


「俺に何でもするんじゃなくて、佐倉さんに何でもするから衣装着てくれって頼んだ方が早えだろうが」

「なるほど天才か!? ……いや、そんな恥ずかしいこと言えるわけねえだろ!」

「お前、猫化するとほんとヘタレになるのな?」

「猫?」

「いいからバンダナ戻せ携帯返せ」

「お、おお……」


 エキゾチックショート男は。

 肩を落としながら携帯を差し出してはくれたんだが。


 俺が携帯掴んでもいつまでも放そうとしねえとかふざけんな。


「このバカ力……!」

「それより保坂。どうしたらいいか、知恵を貸せ」

「放せこの……! 呼び出した理由はそれか?」

「ああ」

「知恵って、何の?」

「どうやったら、アイドル衣装になれると思う?」

「知るかーーーーーっ!」


 もう、まともじゃない。

 こいつはパラガスと拓海君に次ぐ残念男に認定だ。


「衣装が好きなの? 佐倉さんが好きなの?」

「…………哲学の話か?」

「すげえな。そこまで決めかねるような話なのかよ」

「待て。ちょっと真剣に考える」

「待ってなきゃいかんのか」


 ようやく諦めて、手放してくれた携帯にメッセージ。


 もうトラ男は放っておいて、俺も西野宅へ向かうかと思いながら読んでみると。



< この動画をネットに流してね?

  反響を聞いたらヒントになる

  かなって。



 おお。

 それはいいアイデアだ。


 俺はすぐにでもアップするよう返事をすると。

 至近距離でトラ男が呟く。


「……いや、なんかあぶねえな」

「こら、いちいち携帯覗き見るんじゃねえ。結局、どっちが気に入ったんだ?」


 俺の問いかけに。

 トラ男は、一つ頷くと。

 

「いろんなアイドル見てきたんだが、そんなの目じゃないくらい、断然いい」

「そうか。そんなに佐倉さんが……」

「いや、服が」


 もうこいつ。

 どうしようもねえ。


「じゃあ、知念さんと付き合えてめえは!」

「なんで衣装が好きだからってデザイナーと付き合わなきゃならねえんだ? 常識のねえやつだな」

「お前にだけは言われたくねえわ!」


 

 結局このまま。

 電車で西野家へ向かう間も。

 ずっと口げんかしたままになったんだが。


 そのせいで。

 こいつが言った『あぶねえ』って言葉。


 その意味を。

 聞きそびれることになっちまった。



 ……まさかそのせいで。

 こんな面倒なことになっちまうなんて……。

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