にわとりの日


 ~ 二月八日(月) にわとりの日 ~

 鶏 VS 豚




 本番一週間前。

 ようやく怪我も治ったところで本格稼働の新人アイドルコンビ。


 放課後の学校へ来てくれた萌歌もかさんと。

 曲のアレンジをしてくれたトラ男と共に。


 今日は、演劇部の部室を借りて。

 新しい振付を猛特訓。


 音楽は、よりかっこいい方向へシフトして。

 ダンスもクール系にアレンジされたんだが。


「……お嬢様の方に合わせたつもりが」

「佐倉の方にドはまりだな」


 萌歌さんとトラ男が評価する通り。

 佐倉さんのパフォーマンスがあまりにも凄い。


 女子とは思えぬ切れのいいキックから。

 体操着なのに、ステージ衣装が華麗にはためく様が容易に想像できるほどダイナミックなターン。


 曲の終わりに合わせて、アーモンド形のくっきり目で会場らしき方向をきっと見据えてポーズを決めると。


 俺はその時初めて。

 爪痕が残るほど手を握りしめていたことに気が付いた。


「ど、どうでしょう!?」

「どうでしょう……」

「そうだな。……通り一遍、形だけは良くなった」

「てことはまだ足りないってことかーっ!」

「く、繰り返し練習しよう……、ね?」


 想定していたレベルを遥かに超えていたというのに。

 俺がこれほど夢中で二人を見ていたというのに。


 現役アイドルの目には。

 まだまだ足りていないようで。


 そんな辛口な評価に膝を突く佐倉さんを。

 前向きに励ますのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 でも、佐倉さんは具体的な指導が欲しい様子で。

 焦りの見える表情と共に。

 萌歌さんに食い下がる。


「ど、どこを直せばいいですか……?」

「いくつもある。だがそれは、どれもこれも小手先の話だな」

「うん……。ここまで来ると、根本的な何かが足りないことは分かるようになったんです。そこを良くするにはどうすればいいのでしょう」

「そいつは自分で見つけろ」

「ええっ!?」


 叫び声をあげた佐倉さんの気持ちも分からないではない。


 でも。

 俺には萌歌さんの気持ちも何となく分かる。


 それぞれのアーティスト。

 パフォーマンスに込める気持ちに違いがあるのは当然で。


 きっと。

 その思いの強さに差があるんじゃないのかなとか。

 素人ながらに考えてみたんだが……。


「なあ。萌歌さんは、どんな思いでステージに立つんだ?」


 二人に対する助け船。

 そんな気持ちで質問してみれば。


「いつもさんざん金を貢いでくれてありがとうございますお客様という気持ち」


 身もふたもない返事をされた。


「そんなふざけた気持ちだけであんなパフォーマンスできるわけねえだろ」

「いいえ? 純粋に、それだけを心に込めて歌っています」

「最悪だ」


 参考どころか。

 最低なご意見。


 俺が、涼しい顔で猛毒を吐くリンカルスみてえな生き物をにらみつけてると。


 真面目な二人は、わたわたしながらも。

 思い付いたことを試そうと、必死にもがきだした。


「うん……。なんかうまく言えないけど、もっと優雅に羽ばたいてる感じ!」

「鳳凰?」

「それ! 秋乃ちゃん、やってみて!」

「ええっ!? ……こう、ばっさばっさ」


 なんという学芸会。

 ひょこひょこ歩いて首をきょろきょろさせて。


「ニワトリにしか見えんぞ」

「ニ、ニワトリじゃない……」

「うん、わかった! ばっさばっさじゃなくて! 鳴き声!」

「鳴き声!?」

「はい、サン、ニー、イチ! キュー!」

「コ……、コケコッコ……」

「うはははははははははははは!!! やっぱニワトリじゃねえか!」


 飲み物を求めて部屋の隅の鞄をあさってた萌歌さんも吹き出すこのおバカ。


 やっぱお前がコントやれ。


「栃尾君はどう思う? 足りねえのは観念とかそういうものだと俺は思うんだが」


 難しい顔したままパイプ椅子を軋ませてたトラ男に聞いてみても。


「ステージ衣装を着ると良いと思うぞ、俺は」


 ……こっちもすっかりおバカになっちまったから役にたちゃしねえ。


「パラガスみてえなやつが増えちまった」

「あいつと一緒にするんじゃねえ」

「じゃあ、まともなアイデア言ってみろ」

「佐倉が眼鏡取って髪を下ろせば良いと思うぞ、俺は」

「やっぱパラガってんじゃねえか」


 もう呆れのため息しか出ねえ俺をよそに。

 鼻の下伸ばして佐倉さんを見つめるアメリカン・ショートヘア男。


 そんな、すっかり牙の抜けたトラ男の気持ち悪い提案を。

 佐倉さんが氷山より冷たい言葉を叩きつけて撃沈させた。


「そういう発言すると、追い出すから」

「わ、分かった。言いません……」

「ちょっと外に出て頭冷やしてきなさい」

「そうします……」


 ワイルドキャラが完全に崩壊したメイン・クーン男は。

 パイプ椅子を立って三歩、扉の方へ向かうと急に振り返って。


「よし! この足でステージ衣装取って来るぜ!」

「ニワトリか!」


 佐倉さんから羽根扇子を投げつけられて。

 すごすごと廊下に出て行った。


「なんだこの扇子」

「演劇部室だからね、なにか小道具でもあったら変わるかなって」

「小道具ねえ」


 青い扇子を開いて閉じて。

 そんなことしながら、秋乃たちとこの人とはどこが違うんだろうと。

 萌歌さんを見つめてみたら。


「……またニワトリか」

「え?」

「鶏肉を食べたくなってきましたよ、お客様のせいで」

「俺は関係ねえだろ」

「串に刺して、炭火焼で……」

「なるほど。今夜は焼き鳥屋に直行か」

「鶏肉。串。炭火。もう止まらない」

「止まらねえのか」

「はい。室蘭まで行かないと」

「…………それは、ブタ」


 室蘭ヤキトリは豚肉だ。

 鶏肉はどこ行った。


 ちきしょう、分かってるのに。

 こいつとまともに話せば話すほどおちょくられるって分かってるのに。


 つい絡んでしまう俺の悲しいツッコミ気質。


「まさか的確に突っ込んで来るとは。無駄に知識がありますね、お客様」

「やかましい」

「では北海道はやめて、今治へ」

「そっちは串も炭火もねえだろ!」


 今治やきとりは鉄板焼きだ!


「……無駄に知識がありますね、お客様」

「やかましい」


 やれやれ。

 どいつもこいつも、おバカ発言しかしやがらねえ。


 まともなのは俺と。

 佐倉さんだけ…………?


「おいこら。最後の頼みの綱が扇子両手にドジョウすくいとか涙が出るからやめてくれ」

「ドジョウすくいじゃないよ!? 鳳凰!」

「無理だよ。現在このおバカの世界で逆にバカなのは俺一人ってことになってる」

「酷い言われよう!」

「しかも、扇子持って歌ったところで絶対ウケない」

「がーん!」


 ガーンって。

 よっぽど自信あったのか?


「そ、そんなこと無い……、よ?」


 そのまま固まっちまった佐倉さんを励まそうと。

 秋乃が扇子を二つとも取って。

 そそくさと鞄の中を漁ると。


「はいっ!」


 ……扇子の先から。


 水がちょろちょろ。


「うはははははははははははは!!! 水すくなっ!」

「……ウケた」


 いや、お前。

 ウケるの意味、そっちじゃねえ。


「お笑いアイドル目指す気か?」

「あ……、間違えた……」

「思考が迷子過ぎ。お前らは樹海にでもいるのか?」

「じゃ、じゃあ。一旦空に飛んで俯瞰する……」

「おお。良い発想だ」


 小手先の事じゃなくて。

 大きな視野で、何が足りてないのか見るのが大事。


 俺が言おうとしていたことを察してくれた秋乃は。


 扇を頭に乗せて。

 一言呟いた。


「コケコッコー」

「飛べるもんなら飛んでみろ」



 ……やっぱり。

 今日は俺の方がおかしいのかもしれん。


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