日本語検定の日


 ~ 二月五日(金) 日本語検定の日 ~

 男性なら事案 VS 女性なら好奇心




 今日も俺だけ。

 放課後立たされて。


 この寒空で。

 外に立たせるんじゃねえと叫んだら。


 ポッカポカの。

 焼却炉の横に連れていかれ。


 ちょうど用務員の兄ちゃんが切り倒した桜の木を燃やしていたせいで。


 いい感じに燻製にされた。



 ……帰りの電車の中。

 周りのおっさんたちがやたらとビールの話をしていたが。


 スタッフに美味しく食べられなくて良かったと。

 今は、そう思おう。



 そんなせいで、帰宅するなり風呂に直行。

 スエットにトレーナー姿で、髪を拭きながら居間に入ってみれば。


「よし、じゃあ試しに踊ってみようか」


 いつもならボイストレーニングの後。

 整理体操しておしまいなんだが。


 藍川さんによるトレーニング最終日ということもあって。


 こんな締めくくりのイベントが待っていた。



 一曲目は、歌無し、振り付けだけ。

 二曲目はおっかなびっくりダンスと歌を。


 そして三曲目は。


「よし、大丈夫そうだな。俺たちノーギャラなんだから、最後の一曲で五日分のトレーニング料を払ってくれ」


 藍川さんの言葉に発奮して。

 最高のステージを見せてくれた二人。


 大歓声を送った藍川さん一家に。

 満足気な笑顔を浮かべた佐倉さん。


 その隣で。

 どこか浮かない表情をしたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「…………どうした?」

「うん……。イヤリングが、ない……」


 おいおい、踊ってて落としたのかよ。

 そんなの踏んだら。

 また怪我しちまうぜ。


「お前らは絶対そこから動くな」


 俺が、二人が頷くのを確認しつつ。

 床の上を慎重に探すと。


 藍川さんも一緒に。

 家具の下をのぞき込んだりして探してくれたんだが。


「ないなあ」


 大きな体をのっそり床に這わせながら呟くと。


 ダイニングで夕食用の餃子を皮に包んでいたダリアさんが。

 出来上がりの品を手に乗せながら。

 とんだ質問をしてきやがった。


「アキノは、ちゃんとミミを付けてから歌ったか?」

「ひいっ!?」


 てにをはひとつで大事件。

 秋乃は両耳が付いていることを。

 耳たぶを引っ張りながら確認してやがる。


「ダリアさんは、耳『に』付けたかって聞こうとしたんだよ」

「な、なるほど……、ね?」

「ン? 私、なんて言ったカ?」

「耳『を』付けて歌ったかって」


 そんな返事に頷いたダリアさん。

 餃子を見つめながら頷くと。


「このミミはマチガエて焼かないように、私の名前を書いておかないと」

「書くな書くな。ちゃんと両方付いてるからそれはダリアさんの耳じゃねえ」

「ダメ。自分のモチモノに名前を書かないから、ホウイチは酷い目に」

「ダリアさんの名前はお経だったのか」

「ジュゲムジュゲム……」

「だからそれはお経じゃねえ」


 舞浜母といい、ダリアさんといい。

 なんで外国人女性は日本の古典文学に精通してるんだよ。


 呆れながらも。

 俺は、ふと。

 日本語は難しい言語だとかつて聞いたことを思い出す。


「メンモクない。日本語、まだ上手じゃないヨウダ」

「いや、十分うまいから安心しろ」

「……ホントか? 絶対にゼッタイか?」

「なんだそりゃ。断言ってもんが欲しいのか?」

「ああ、それならアル」


 変な返事をしたダリアさんが。

 エプロンで手を拭きながら。

 秋乃たちの方に歩いて行くと。


 最後に方向を変えて。

 テレビの前。

 正月の間中パズルに占拠されていたテーブルのそばにしゃがみ込む。


 そしてフローリングの一部。

 何の変哲もない木片の端を。

 両手の親指で、ぐっと押し込んだその直後。




 俺は。


 突っ込み力の限界を試されることになった。




「ダンゲンじゃなくてデンゲンのイヤリングとパズルが一文字違いで一気に解決いやそんな装置うちの家族誰も知らねえなんだそのドヤ顔っ!」




 床からひょこっと顔を出した、収納式の電源プラグ。

 その隙間から飛び出したイヤリング。

 ついでに出て来たパズルのピース。

 無表情なくせに珍しいダリアさんのドヤ顔いや最後のはどうでもいいか。


「な……、なんだその装置っ!?」

「コレ、留め具がワヤ。あれだけダンスしたラ、ぱっかぱっかヒラク」

「そういうこっちゃなくて……、いや、よく気付いたなそんなのあることに」


 この人、毎朝部屋を掃除してくれてたから。

 気づいたのかもしれねえけど。


 それにしたって。

 一年近くここで暮らしてる俺ですら気づかなかったってのに。



「おい親父! パズル出て来たぞ!」


 俺は、引きこもりに一声かけた後。

 イヤリングを秋乃に渡しながら。


 収納式の電源プラグをぱっかぱっかいじってみた。


「完全に床板と一体化してやがる。日本語の聞き間違いが無かったら一生気付かなかったかもしれん」

「ソウなのか?」

「ダリアさん、お手柄だぜ。洞察力ある人だとは思ってたけどすげえんだな」


 よく気付いたなこんなの。

 俺は、手放しでダリアさんを褒めていたんだが。


「……ああ、それならアル」


 この人、また何かを聞き間違えたらしく。


 妙な返事と共に風呂場へ向かうもんだから。

 残されたみんなで顔を見合わせて。

 肩をすくめながらついていくと。


 ばきっ!


「何やってんの!?」


 この人。

 洗面台のガラス外してるんだけど。


「ナント。蝶番ヲ壊してしまった」

「ちょっと! 明らかに壊そうとしてやっといて何を……? 蝶番?」


 ダリアさんが、一抱えもあるガラスを床に置くと。

 確かにその左側にはネジの落ちた蝶番。


 そして。


「なんじゃこりゃあ!?」


 ガラスの奥に隠し棚があって。

 あろうことか、ハンディカメラが赤いランプを付けて俺の顔を凝視していた。


「ダリアさん!? これ、何!!!」

「……トウサツりょく」

「俺が言ったのは洞察力だしまた聞き間違えとかいやなんでこんなの知ってそれよりカメラが置いてあるとか風呂に入る姿が録画されてんじゃねえか!!!」

「……ユックリ。少年は、たまになに言ってるか理解フノウ」

「どうしてこれに気付いた!? てか、なんだこの家っ!!!」


 叫ぶが早いか。

 秋乃と佐倉さんに襲い掛かられて。


 あっという間にロープでぐるぐる巻きにされて。

 床に転がされたんだが。


「俺じゃねえ!」

「じゃあ、どなたが?」

「親父はこんなことする度胸ねえし、お袋も凜々花もやらねえと思うけど……」

「じゃあ保坂君じゃない」

「だから違うっての!」

「エ、エロ哉君にはこれを……」

「わぷっ!? 顔になに貼った!」

「宅配の送り状……」

「あて先は?」

「おまわりさんち」

「うはははははははははははは!!! 個人的っ!」


 交番とかじゃねえのかよ!

 あと、この青い札じゃなくて赤い方にしろ。

 着払いじゃご迷惑だろうが。


「うんうん! この世から悪を一つ消し去った後は……」

「デ、データを消し去らないと……」


 そして二人がカメラを手にすると。

 ダリアさんが安心しろと声をかけて来た。


「少女のハダカならもうデータはない。これ、一時間ブン。少年のヌードしか記憶していない」

「そこまで詳しいってことは犯人はダリアさんじゃねえか! 事案だ事案!」

「ぴかりんちゃんの成長記録用。カメラをムケルと逃げてしまう、おシャイさんを撮るにはこれしかなかった」

「それにしたって……、いや、もういいや」


 どうしてガラスが一方向透過になってるとか。

 いつの間にこんなの作ったとか。


 ツッコミどころが多すぎて。

 もうどうでもよくなった。



 ……それよりも、だ。



「こらお前ら。分かったならそれをダリアさんに返せ」

「あ、アニメでさ。男子が女子のお風呂覗くシーンとかあるじゃない?」

「な、なんでそんなの嬉しいのかなって思ってたけど……、ね?」

「こ、これ、ドキドキするね?」

「やめろみるなああああ!!!」

「あ、秋乃ちゃん! これどうやって操作するの!?」

「再生モードに切り替えて……」

「ちきしょうこの見事な捕縛術! どうあがいてもビクともしねえ!」


 どれだけぎゃーぎゃー騒いでもその甲斐なく。

 秋乃と佐倉さんとダリアさん。


 ひゃあひゃあ言いながら。

 クライマックスシーンだけ何度もリピート放送を堪能した後。


「うん、残念! 思ったよりまるで見えなかった!」

「ほんとだろうな!?」

「が、画面を横から見れば……」

「3Dじゃねえんだから見えるわけねえだろ!」

「……ワタシには、よくミエたが」


 そんなことを言いながら。

 ダリアさんが、ロープをほどいて。


 やっと解放された俺の肩に手を置きながら言うには。


「こういう時、ナンと言うのだったか。日本語が思イ出せない」


 しばらく考えた後。

 ポンと手を叩いて。


「ああ、そうだ」


 最後の最後まで。

 日本語を間違えるせいで。


 俺は腹の底から大笑いすることになっちまった。



「おそまつサマでした」

「うはははははははははははは!!! それを言うならご馳走様でした、だ!」




 …………え?


 言い間違えだよな?

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