レディース・ユニフォームの日
~ 二月四日(木)
レディース・ユニフォームの日 ~
虎 > 桜 > 竜
知念みい。
我がクラスの小動物系ペットキャラ。
だが、ひとたびスイッチが入れば。
大規模な貸衣装屋のカリスマ店員にして。
だれにでも萌え衣装を強引に着させるマニアという強キャラに変身する。
それに加えて。
こいつ。
こんな趣味まで持っていたとは。
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
「往生際悪いよアキノン! ほら、とっとと出る!」
「ひやあ!」
「……おお」
「「「きゃーーーー!!! さいっこう!!!」」」
ここは、知念さんが働く貸衣装屋。
巨大な店舗内にあるリメイクルーム。
知念さんを筆頭に。
そこに働く店員さんから募った有志五名の衣装製作者の皆さん。
彼女たちと共に。
俺は、更衣室から出て来たアイドルへ。
思わず感嘆の声を上げた。
「どうよ保坂君!」
「鼻血でそう」
「無理無理無理無理無理無理無理」
「もっと多くの人の前に出るわけだから。覚悟決めろってのお前は」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
髪をサイドテールにして。
アイラインを青く化粧したこいつは。
ショート丈の青いジャケットに。
白いブラウスはおへそ丈。
やたらかわいい巻きのミニスカートは。
ティアードが複雑すぎて何がどうなっているのやら。
でも、白いブーツを内股にさせてガタガタ震えて。
知念さんの後ろに必死に隠れてるから良く見えん。
「なあ。結構いいんじゃねえか?」
「……保坂。こんなの見るために俺を呼んだのか?」
「ちょっと前のめりになってるじゃねえか」
「うお!? ……まじか。忘れてくれ」
慌てて背もたれに背中を預けて。
仏頂面を浮かべたトラ男。
こいつがこんなになるんだから。
ルックス的には合格だよな。
製作スタッフの皆さんも。
黄色い声を上げるほどだし。
……だが。
真打の登場に。
その歓声がぴたりと止まる。
「じゃじゃーん! おまたせっ!」
一挙手一投足。
研究に研究を重ねたその動きは、動画で見るアイドルそのもの。
赤を基調にした派手な衣装に着られること無く、それを自分のプロポーションを引き出すパーツに変えたこの女性は…………。
だれ?
「やば……」
「みいちゃんの友達、何者?」
「……あたしが驚き中」
そうか。
入学以来。
ずっとこいつが苦手だった理由がようやくわかった。
「佐倉さん、東京にいた?」
「なにその質問? 何度か遊びに行ったことがあるくらいよ?」
べっ甲の眼鏡を取って。
長いサイド髪を編み込んだせいですっかり露出した佐倉さんの顔立ち。
アイドル動画、見まくってたせいだ。
見る者に近付いてくってやつ。
まるで作り物のような細いあごのラインに。
くっきりと赤く縁どられたアーモンド形の瞳。
顔立ちが。
まるで東京人。
俺が苦手に感じるわけだ。
「す、すごい子……」
「クオリティー、高……」
スタッフさんたちの静かな反応に。
困惑してる様子の佐倉さんだったが。
知念さんにべた褒めされているうちに。
ようやく嬉しそうに飛び跳ねだした。
「うんうん! 保坂君、どうよあたし!」
「すげえ。クラスの連中、もっと連れて来れたら良かった」
「そ、それは無理よ。確かに度胸試しの意味もあったけど、知り合いはやっぱ抵抗ある……」
「そういうもんか。じゃあ、俺の人望の無さに感謝しろ」
「何人に声かけたの?」
「…………全員」
これには秋乃も苦笑いを浮かべながら。
佐倉さんと顔を見合わせてるが。
ほんと、俺たち二人だけで見るのはもったいなかった。
今からでも誰か来ねえかな?
それにしても。
俺は佐倉さんの方が秋乃より綺麗だって思ったんだけど。
トラ男のやつ。
今度は姿勢をまるで変えない。
さっき無意識で身を乗り出したから意識してるのか?
そう思いながらトラ男の顔を見たら…………。
「お前。なんだその呆然とした顔」
少し痩せた頬に黒く焼けた精悍なマスクが。
口を半開きにさせて、唖然としてる。
細い獣みたいな目も。
バンダナがずるっとおでこの上まで持ち上がったせいで随分ぱっちり見開いて。
「おい、髪がパイナップルみたいになってんぞ?」
「やばい。髪ほどいて眼鏡外すと綺麗になる女子なんて二次元にしかいないと思ってたのに」
「は?」
「やばくね? 佐倉、ちょー可愛いんですけど? お、俺、明日からまともに会話できるかな?」
「こら、ちょっと落ち着け……」
「どど、どうしよ! 俺、佐倉の後ろの席なんですけど!? もう前向いて授業なんか受けられねえよ! 呼吸すらできないかもしれない!」
……トラ男が。
スコティッシュフォールド男になっちまった。
「うわ……。そこまでストライク?」
「鼻がもげそう」
「日本語の使い方間違ってるけど。気持ちは伝わったよ」
両手組んで。
佐倉さんを見つめるその姿。
いやはや。
アイドルってほんとすげえな。
「みいにゃん。まだ手直しするんでしょ?」
「うん、一曲踊ってみてよ。それで直すところ確認するから」
「あ、ごめん。もうちょっとだけダンスは禁止なの……」
「え? どういうこと?」
「まずは見た目で、ね? 秋乃ちゃんのスカート、もうちょっと短くするとか」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
「そうね。こんだけ足長いんだから生かさないと……」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
……確かに。
秋乃の足、綺麗だからな。
でも。
それを他人に見られるのか。
ちょっと。
やだな。
……ん?
俺は、急に芽生えた独占欲に。
思わず首をひねってみたが。
隣で、こうも魔法にかかったやつがいるから。
俺も毒されたのか?
たしかに、今日の秋乃は。
掛け値なしに可愛いが。
他の奴に見られたくないって。
それじゃあまるで…………。
「た、立哉君。どう?」
「へあっ!? ……あ、ああ! いいんじゃね!?」
「短い方がいい……、の?」
「あ、そうじゃなくて!」
やべえ。
俺も少々マンチカン。
ここはなんとか誤魔化さねえと。
「ま、馬子にも衣裳だなって!」
「マゴ?」
「ぜってえ勘違いしたろそっちじゃねえ。基本がしっかりできてるおバカさんだなお前は。馬を牽いて荷物運びしてた職業のことだよ」
「そのバージョンもある……、よ?」
「は?」
そう言うなり。
秋乃は更衣室に入って。
しばらくして、ようやく出て来たと思えば。
黒ブーツに白パンツ。
派手な緑の服に黄色い星マークだらけのシャツ。
そしてゴーグル付きヘルメットって、お前。
「うはははははははははははは!!! ジョッキーは馬子じゃねえ!!!」
「でも、よくテレビで牽いてる……」
「そんなの準備しやがって、俺が馬子にも衣裳って言うの織り込み済みじゃねえか!」
「ばれた」
「あと、鞭は間に合わなかったのな」
なんで魔法少女ステッキなんだよ。
突っ込もうと思ったタイミングで。
秋乃はステッキをくるりと回すと。
「ひらけ…………、マゴ!」
「うはははははははははははは!!!」
扉に向けてステッキを振って。
それと同時に。
そこからパラガスが出て来たからさあ大変。
「ぎゃはははははははははははは!!! タ、タイミング……! うはははははははははははは!!!」
は、腹いてえ!
しかも今の、偶然だったんだな?
お前、なんだその苦々しい顔!
「わ~。舞浜ちゃん、変な服着てる~!」
「と、閉じろ……、まご」
「長野君!?」
「お~。佐倉はアイドル衣装か~」
「うんうん! 似合ってる? どう?」
「どうせコスプレなら~、短いスカート姿見たかったな~」
「ほんと!? じゃ、じゃあ、もうちょっと短く……」
「舞浜ちゃんの~」
…………お前。
なんで佐倉さんにはそこまでそうなの?
さすがに膨れた佐倉さんは。
知念さんに向けて。
こうつぶやいていた。
「……みいちゃん。秋乃ちゃんのスカート短くする案、キャンセルで」
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