絵手紙の日


 ~ 二月三日(水) 絵手紙の日 ~

 M VS C




 放課後の教室は。

 意外にも俺たちの他に人っ子一人なく。


「ほら、今日もトレーニングと治療があるんだからとっとと決めろ」

「むむむ……」

「た、立哉君のアイデアは?」


 ユニット名。

 告知のポスター。


 そんなもん、俺が一番苦手な分野。


 一応準備はして来たけど。

 これを出さずに決まると嬉しい。


「……さっきの、佐倉さんのヤツがいいんじゃねえか?」

「どれ?」

「コスモスって書いて、アキノサクラ」

「うん……。綺麗……」


 佐倉さんのこのアイデアに。

 手放しで賛成しているこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「うん。でも、ユニット名のロゴとポスターがちょっとピンとこないのよね……」

「そ、それを立哉君に作ってもらえば……」

「無理だよ。俺の画力知ってるだろ?」

「ミミズがのたくった方が、何の絵か分かるアレ?」

「……分かってんならいちいちこき下ろすな」


 もうこうなったら得意そうなやつに頼むか?

 小野君とか、喜んで引き受けてくれそう。


「そう言えば、お前は何も考えてこなかったのか?」

「ポ、ポスターだけなら……」


 そう言いながら鞄から出した秋乃画伯の作品。


 たったの一枚にツッコミどころ満載。


「うはははははははははははは!!! まず絵葉書!」

「ね、年賀状の余ったのに書いてきた……」

「上手すぎて逆に引くわね」

「斬新なライブ告知だな、御朱印みてえなことになってる。これ、鬼か?」

「じ、時期柄……、ね?」

「うん。豆蒔いて、鬼を追い払ってるの?」

「そう……」

「そしてこの字が達筆すぎてまるで読めん。なんて書いてあるんだよ」

「『来てね?』」


「「どっちだよ!!!」」


 追い払ってんのか呼んでるのかまるで分からん!


 そんなふくれっ面してもダメなもんはダメ!


「じゃあ、こっちは?」


 そして秋乃が取り出した二つ目の作品は。



 ……どこからどう見ても俺が書いたポスター。



「勝手に出すな!」

「ま、負けじと非難しようと思ったんだけど……」

「うん。結構いいわね」

「ウソつけ恥ずかしいからこれはなーいない!」


 回収しようと伸ばした手を。

 左右から強引にねじ上げられたんだが。


 こんな元気なけが人、見たことねえ!


「いてててて! いやもう酷評は甘んじて受けるから手を離してくれ!」

「ユニット名、ティー、エー、エス?」

「いや、佐倉さんの下の名前、朋美ともみだろ?」

「うん」

「朋美、秋乃のイニシャル取って、それでT・A′sティアーズって読む」


 ……マラソン大会の時に。

 佐倉さんが、男の子のために流した優しい涙。


 あれが妙に印象深くて。

 こんなのを思い付いたんだが。


「うん。ロゴも、曲調のかっこよさにイメージ近いわよね」

「た、立哉君にしては、絵も綺麗……」

「まあな。血の涙流しながら書いたから」


 WEBの、ぶっ叩かれサイトで一晩中罵声浴びながら書いたんだ。


 これがいい出来なのかどうかは、すでによく分からん。


 だが、苦労して書いたものだということだけは間違いない。


「うん! これで行こうよ!」

「まじか」

「じゃあ早速、職員室でカラーコピー取って来る!」

「いや、データあるから。プリンター貸してもらえ」

「うんうん! 了解!」


 メモリーを渡すと。

 廊下に飛び出して行った佐倉さん。


 走るなって言われてるんだから。

 トレーナーさんの言うこと守れよお前は。


「ありがとう……、ね?」


 そして、不意にお礼を言って来た秋乃だが。

 お前、この騒ぎに巻き込まれてから。

 仮面被らなくなってきたよな。


 今も、随分優しい笑顔で。

 俺のことを見つめてる。


「礼はいいんだが、しかし……。お前が人前で歌うなんてな」


 ちょっと照れ隠し。

 俺は意地悪なことを言うと。


「それ、考えないようにしてたのに……」

「今回はともかく、これからも二人で歌うのか?」

「分からないけど……、でも、歌うと思う……」


 秋乃は、誰も座ってない相棒の席を見つめながら。

 小さな声で呟いた。


「……夢って。すごい……、ね?」

「ん?」

「巻き込まれてるのに……、幸せになる」

「ああ。大きな夢を持ってる男に女性がなびく気持ち、分かるな」

「うん、キュンってする。……立哉君には、ある?」

「夢か?」

「ううん? 大きな夢を持ってる男子に、キュンって」

「うはははははははははははは!!! なるか!」


 そっちの話かよ。

 なんて、突っ込もうとした俺は改めて気付く。


 こいつは、分かっててボケたんだよな。

 俺を笑わせるために。


「……そうだな。お前には向いてるのかもしれん」

「え?」

「アイドルが」



 そうだ。

 俺ばかりじゃなくて。


 お客さんのことも。

 幸せに、笑顔にさせてやるといい



「向いて……、ない、よ?」

「そうかな。だって、誰かを楽しませる天才だし」

「そ、それは……」

「ご、ごめん! 手伝って……」


 秋乃が返事をしようとしたタイミングで。

 佐倉さんが教室に駆け込んできたんだが。


「どうした?」

「インク切れなんだけど、苦手で……」


 ああ、なるほどね。

 秋乃といると忘れがちだが。


 女子は基本。

 そういうのやりたがらないよな。


「じゃあ印刷したらちょくで帰るか」


 そうしようと。

 鞄を手にした佐倉さんと俺。


 そんな後ろを。

 こいつは付いて来もせず……。


「何やってんだ?」

「こ、告知ポスターを貼っておこうと……、ね?」


 そうか。

 少しでもお客が来るように。

 お前は、そう考えるほどになったのか。


 ……でも。


「また俺を立たせる気か?」


 節分の絵ハガキ。

 貼る場所な。


 教卓に貼るんじゃねえ。


「お、鬼は外……」

「うはははははははははははは!!!」


 さっきのセリフ。

 取り消すぜ。


 お前が向いてるの。

 アイドルじゃなくて。



 桃太郎。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「どうした貴様ら」

「プリンター貸してくれ」


 職員室に入ると。

 鬼がいつも以上に難しい顔して。


 パソコンと向かい合っていたんだが。


「丁度いい、電源は入れたままにしておけ。小学生向けの、交通安全のポスターを作ろうと思っていたからな」


 なんでそんなことしているのやら。

 まあ、聞いたところで面白くもなんともない。


 とっとと用事を済ませよう。


「インク補充するぜ」

「うむ。気を付けろよ? シアンのところにマゼンタを入れるんだ」

「は? なんだそれ?」

「カラー三色、それぞれ入れる場所が違う。プリンターに手書きで書いてある通りにな」


 言われてみれば。

 確かに説明書きしてあるが。


「どうしてこんなことになってんだよ」

「とある女子生徒が、数年前壊してな」

「どうやったらこんなふざけた壊し方できるんだ?」

「電源ボタンを押しただけだ」

「そんな特異体質ある?」


 ほんとだとしたら。

 下手な兵器より断然こええ。


「国が黙っちゃいねえだろ」

「俺も黙っていなかったがな。もちろん罰は与えた」

「立たせたのか」

「男子トイレにな」

「ひでえ罰だな!」

「そうか?」


 女子を男子トイレにって!

 ひでえことしやがる!


「た、立哉君……。私がやってもいい?」

「ん? ……そこは、佐倉さんに機械嫌いを克服してもらおう」

「ええっ!? 無理よあたしも壊す!」

「何かあったら俺がトイレに立ってやるから安心しろ。それに、今時のプリンターなら入れ間違えても調整するって聞くし」

「そんな気の利いた機能も、多分壊れとる」

「まじか」

「入れ間違えると、きっちり間違った通りに出る。ブドウが、黄色ブドウ球菌になる」

「食中毒んなるわ」


 せっかく俺が佐倉さんの機械嫌いを克服しようとしたのに。

 こいつのせいで水の泡。


「秋乃ちゃんに任せた!」

「おい」

「あたし、先生のお手伝いしないといけないから!」

「ん? 手伝ってくれるなら有難い。どうにも青信号を渡る子供が楽しそうじゃなくてな」

「うんうん! それなら、こんな感じに……」

「なるほど。顔をうっすら赤くするだけで楽しそうになったな」


 すっかり逃げられちまった。

 しょうがねえな。


「じゃあ、秋乃がやる?」

「間違えればいいの?」

「どうあっても笑いに結びつけようとすんのな、お前」


 えへへじゃねえよ。

 これ以上面倒増やすな。


「任せておいて……、ね?」

「ああ、ちゃんと入れてくれ」


 それじゃ俺は。

 プリンターが繋がってるパソコンにメモリー挿して。


「ファイルを開いて、と」

「ほんとにいい絵……、ね?」

「ん? まあ、血の涙流して書いてきたからな」

「T・A′s。……嬉しい涙にも、感動の涙にも見える」


 パソコンで開いた渾身の作品。

 青と黒だけで書いた、瞳のアップの告知ポスター。


 まさか採用されるなんて。

 ちょっと誇らしい。


 俺は、昨日叱咤激励してくれたみんなに感謝しつつ印刷ボタンを押して。


 出て来たポスターを見てみれば……。


「うはははははははははははは!!! 血の涙流しとーるやないけ! お前、任せとけって……!」


 こいつシアンとマゼンタ間違えやがった!


「ま、任されたから……」

「ボケる方に任せておけって意味だったのかよ! ばれないうちに逃げるぞ!」


 俺は秋乃の手を引いて。

 抜き足差し足、その場を離れようとしたんだが。


 まったくついてねえ。


 ちょうとそのタイミングで先生が印刷して。

 頭から角を生やしながら。


 俺に随分と脅迫じみたポスターを突き付けて来た。


「赤信号を渡る子供たちの顔色が真っ青に!」

「…………分かってるだろうな」

「これなら子供たちは絶対青で渡るから!」

「言いたいことはそれだけか」

「こんな時間から立たされる訳には……」

「ま、毎日正座させられてるから、良いバランス……、ね?」

「うるせえ!」


 こうして俺は。

 レッスンが待っている二人の代わりに。


 教員用の女子トイレに立たされた。


「きゃあ!」

「うるせえぞ理事長! ジェンダーフリーって言葉知ってるか!?」

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