情報セキュリティの日


 ~ 二月二日(火)

  情報セキュリティの日 ~

  裸 VS 制服




「……悪いな、こんな環境で」

「こ、こっちこそゴメン……。まさかあたしの夢のせいで、こんなかたちで迷惑をかけるなんて……」

「いや、それはいいんだが。いつまで見てる気だ?」

「見てないよ?」

「いや。豚さんの手で顔を覆っても丸見えだよな」

「見てないよ?」


 風呂上がり。

 浴室で体を拭いて、扉を開いたところで佐倉さんと鉢合わせ。


 すぐにバスタオルで隠したし。

 見られてないとは思うんだけど。


「こんな事件が発生しないような環境を提供できればよかったんだが」

「ううん? トレーナーさんは付きっきりだし、保坂君にごはんまで作ってもらって。最高の環境だよ?」

「まあ……、我慢できないことがあったら遠慮なく言ってくれ」


 俺の言葉を聞いて。

 一瞬、きょとんとした佐倉さん。


 ぼけっと天井を見上げると。

 

「我慢なんて無いんだけど……」

「他になにか気になることでも?」

「……あたし、なんでこんなところにいるんだろうね」


 今更なことをつぶやいて。

 くすっと笑いながらメガネ顔を俺に向ける佐倉さん。


 手にしたお風呂セットを洗面台に置くと。

 ちょっと恥ずかしそうにつぶやいた。


「……夢なんだ」


 もちろん。

 そんなことは分かってる。


 アイドル研究会に入って。

 日々研究を重ねて。


 トレーニングも人並み以上。

 そして今、ようやくチャンスを手にしようとしているわけだ。


「でもそれがね? 半年もかけてステージを借りたところまでは現実感があったんだけど」

「……ああ、なるほど」

「急にとんとん拍子で秋乃ちゃんを巻き込んで、萌歌さんの力を借りることになって。保坂君の家でトレーナーさんまでつけてもらって……」


 彼女は、こんな狭い空間の中。

 遠くの星空に手を伸ばす。


 そして、俺には見えない。

 一番眩しく輝くその星を。

 ぎゅっとつかんで胸元に引き寄せた。


「正直、何も考えてる暇はないけど。頑張りたい」

「ああ」

「どうせやるなら、凄いって思われたい」

「ああ」

「でも……。みんなを巻き込んで、ごめんなさいって、毎日思ってるの」


 そんなことを言いながら。

 力なく微笑む彼女だが。



 分かってねえなあ。



 お前がずっと憧れて。

 まっすぐ歩いてきた、その思いの強さ。


 たぶんそれが。

 見えないオーラになって。

 俺たちを魅了してるんだ。


「謝ることなんかねえぞ? 俺たちは、好きで手を貸してるんだから」

「うん。……そうだね、ごめんなさいじゃなくて、ありがとうだね」

「そうだ。だからお前は、真っすぐその星の方だけ見つめていればいい」

「ん?」

「いや、こっちじゃなく」

「見てないよ?」


 いい加減風邪ひくわ。

 そこをどいてくれ。



 あと。

 こっち見んな。



「あー! おにいちゃん!」

「うお。もひとりレディーが増えやがった」

「サクラと一緒にお風呂入ったの? ひかりも一緒に入る!」

「ソレハ大変。さっそく祝言の準備ヲ」

「また増えた!」


 いい加減ここから出してくれよ!


 あと、女子と一緒に風呂に入ったら結婚ってルールがあったら。

 世のお父さんはみんな自分の娘と結婚することになるわ。


「ひかり、お兄ちゃんと結婚すんの? やった!」

「いや? ぴかりんちゃんは、某、パッとしないお兄ちゃんと結婚スルでは無かったカ?」

「だれそれ?」

「…………マア、いいか」

「よかねえし、そこをどけ。どうして人類は急激に寿命が延びたか知ってるか? 今の俺みてえに、バカ面下げて裸でいることがなくなったからだ」

「あ! それ知ってるよ? 魔法少女が変身する前、服が脱げるヤツ!」

「ちょっと違うし、ひかりちゃんの発言が俺のせいにされるからちょっと黙ってようか」


 佐倉さんが俺から背けた顔の角度。

 それ、ゴミ袋の口縛る時のヤツ。


 ひかりちゃん、賢い子だけど三才だし。

 たまに突拍子もないこと言い出して困る。


「魔法少女のアニメなんて見るんだ」

「うん! あとね! 魔法少女の服、さっきお兄ちゃんの部屋で見つけた!」

「持ってねえよ!? そんなはずねえから佐倉さんはそういう目、やめろ!」

「うん。気にしてないよ? でも深層心理が視線に出るのは止められない……」

「気にしてんじゃねえか! 多分妹のだから勘違いすんな!」


 凜々花が勝手に部屋を漁るから。

 俺は一切妙なものは持ってない。


 だからむっつりスケベになったんだっていう自覚すらある。


 俺の部屋から変なものが出てくる危険なんて一切……。



「ひやあああ!」

「だから増えるな! 脱衣所がそろそろぎゅうぎゅう!」

「だ、だって立哉君……。ううん? エロ哉君の部屋からこんなものが……」


 そう言いながら。

 秋乃がみんなの前に高々と掲げたのは。


 上半身ヌードの写真集。



 …………男の。



「うはははははははははははは!!! それはお前が学校に持って来たマラソン大会の優勝賞品! ……いや待てお前それどうして持って来たんだよ!」

「だから、立哉君の部屋に……」

「置いた覚えねえ! あとひかりちゃんはちょーっとリビングに行ってなさい!」

「わかった!」


 こんなの三才児に見せるわけいかねえよ!


「そもそも女子の優勝者にあげたんだろ? 佐倉さんのだよなこれ!」

「あ、それ、あたしが保坂君の部屋に置いたんだった」

「なんでっ!?」

「うんうん。種はやっぱり種でしかないから。こうして蒔いておけばいずれ芽が出て……」

「出ねえよ!?」

「きゃーーーー!」

「今度は何だ!?」


 次から次へと女子の悲鳴。

 でも今のは悲鳴って言うよりも。

 歓喜のきゃー。


「すごーい! ねえおにいちゃん! この本、おねえちゃんたちがいっぱい!」

「こら、ひかりちゃんは戻って来るな! あと親父まで入ってくんな!」

「ひ、ひかりちゃん! その本はダメ……」

「げ。てめえ、まさか……」

「違うんだよ! それは仕事で使う資料で……」


 そしてひかりちゃんが、押収したブツを俺に押し付けて来たんだが。


 これは。


 フォローしたくもありしたくも無し。




 女子高生制服ポーズ集 冬服版




「夏服じゃねえってところを健全と捉えるか、あるいは特殊な性癖と捉えるか」

「誤解しないでよ!」

「少なくともこういうのは電子化して鍵かけとけ」

「凜々花ちゃん、どういう訳かどれだけ厳重にロックしても開けちゃうから意味無くて……」

「お前のセキュリティー意識が低いせいだ」


 パスワード。

 忘れねえように付箋に書いてモニターに貼ってあるからな。


「ねえおにいちゃん! どの服が好き?」

「すまんがここでそんなこと質問されただけで……」

「少年。正座」

「やっぱそうなるよな! でも待て! せめて服を着てからにさせてくれ!」

「正座」

「くそう! 風呂場のプラって存外いてえ!」

「さっきから何を騒いで……、うわ。どうしてこんな狭いとこに全員集合!?」

「正次郎サンも、正座」

「なぜだ!」


 結果、洗面台から風呂場の入り口にかけて。

 家にいる連中が全員集合。


 ぎゃーぎゃーうるせえし。

 狭いし寒いし。


 ええい、そしてお前ら!

 制服の品評会始めるならよそでやれ!


「ちょっと! ほんと風邪ひくから服着させろ!」

「ひかりちゃんはどの制服が好き?」

「このリボンが可愛いやつ!」

「エ、エロ哉君は、どの女の子が好き?」

「うはははははははははははは!!! 男子の会話か!」

「うん……。やっぱ男子ってそういうことやるんだ……」

「ぴかりんちゃん。オニイちゃんの膝へファンタスティック!」

「ふぁんたすてぃーっく!」

「いでええええええ!!! 俺はやらねえ! 主にパラガス!」

「じゃあ、長野君はどの子が好みなの?」

「知るかっ!」


 ああもうなんだこの家!

 こうなったら風呂場の窓から逃げ出すか?


 俺は脛の痛みに耐えながら。

 脱出手段を模索していたら。


 秋乃が、思い出したように佐倉さんへ指折り質問を始めた。


「あ、制服で思い出したけど……」

「うんうん。衣装ね? みいちゃんに頼んである」

「そうなんだ。あと、告知のポスターは?」

「そうだね……」

「そ、それと、グループ名は?」

「えっと…………」

「おいお前ら。揃って俺を見るな」


 知らねえよ。

 なんでもかんでも押しつけるな。


「これあげるから」

「こ、これあげるから……」

「制服も男の半裸もいらん! 俺は逃げる!」


 そして窓から布一枚で飛び出したところで。

 お巡りさんとファンタスティック。


 俺は寒い中、制服にコートの重装備というお巡りさんに。


 ほぼ全裸で立たされたまま。

 必死に事情を説明することになった。



 ……いや。

 これだけいるんだから誰か助けに来いよ!

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