テレビ放送記念日


 ~ 二月一日(月) テレビ放送記念日 ~

 立 VS 座




「お、お、お邪魔しますっ!」

「ど、そうぞ……」

「なんで秋乃ちゃんが迎える側!?」


 放っておいても。

 スリッパを出して佐倉さんを迎えるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日から泊まり込みで二人のトレーニングが始まるわけなんだが。


 こいつがいれば家のことは任せられるわけだし。


「俺は関係ないんだから。どこかよその家に泊ればよかった」


 まあ。

 泊めてくれるような知り合いいないけど。



 ……手狭になるし。

 邪魔になるから。


 凜々花は一週間、舞浜家でお世話になることになっていて。


 この家には親父と俺と。

 秋乃と佐倉さん。


 それに……。


「おお、お前が立哉君か? 結構かっこいいな」


 玄関口で立ち尽くしていたら。

 不意に後ろから声をかけられて。


 振り返ると。


「で! ……ええと、母がお願いしたアイドルトレーナーの方ですか?」

「面白い驚き方するね?」


 危うく、でかいって言いかけちまった。

 上にも横にもずいぶん大きいから。


 なるほどスポーツトレーナー寄りってお袋が言ってたのがよく分かる。


 でもそのくせ、かっちりしたスーツがよく似合ってて立派な人に見える。


 ……まあ、普段見てる大人が一日中スエットだから。

 スーツの大人が全員立派に見えるわけではあるんだが。



 さて。

 なにからお話しすべきか。


 まずは、玄関を入ったとこから顔を覗かせる二人を紹介すべきか。


 あるいは先に家に入ってもらうべきか。


 そんなことを考えていた俺の目に。

 意外過ぎる二人の姿。


 思わず絶句しちまった。


「あー! ブローチくれたお兄ちゃん!」

「呼ばれテ飛び出テ、ジャジャジャジャーン」


 トレーナーさんの大きな背中に隠れていたのは。


 カンナさんのお友達のダリアさんと。

 クリスマスに出会ったさんたちゃん。


「な…………、え?」

「あははは! お兄ちゃん、面白い驚き方!」

「なんだお前ら。立哉君と知り合いだったのか?」


 呆然とする俺をよそに。

 俺との関係をトレーナーさんに話しながら。

 勝手に家の中に入っていくダリアさんとさんたちゃん。


 そんな姿を呆然と見送った俺は。

 秋乃と目を合わせたまま。


 鯉のように、パクパクと口を開け閉めすることしかできなかった。


「お、面白い驚き方するね、立哉君」


 いやいやいや。


 誰だってこんなんなるっての。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「……と、そんな感じなんですが」

「なるほど、足ね。そっちはダリアの方が詳しいか、診てやってくれ」

「デハ、靴下を脱いで足をそろえテ」


 お互いの自己紹介と。

 経緯を説明すると。


 早速ダリアさんは治療にはいって。

 旦那さんは、鞄を開いて資料やら何やらを広げ始めた。



 この三人は藍川さんと言って。

 ご家族らしい。


 お袋のヤツ、ちゃんと説明しろよ。

 三人も来るなんて聞いてねえ。


 ……食材足りるかな。


「えっと……、泊まり込みで一週間というお話でしたよね?」

「そう聞いてるぜ。食費と宿代はちゃんと経費で落とすから、遠慮なく請求してくれ」


 お袋に連絡して。

 派遣されてきた藍川さん。


 ということは。


「お袋の部下?」

「え? 部下?」

「違うのか?」


 なんだろう。

 爆笑されたんだが。


「おお! 保坂チーフにはいつもお世話になってるよ!」

「なんだ。やっぱ部下なのか」


 上司の子供にヘコヘコするタイプじゃないようで助かるな。

 気軽に話せる。


 でもお袋からは失礼のないようにって言われてるし。

 俺も親の上下関係とか関係なく、それなり丁寧に接しよう。


「おにいちゃん! お仕事、まだ終わらない?」

「そうだな。それまで、テレビでも見てるか?」

「いや、テレビはすぐにでも使うからダメだな。……ひかり、お前、家中を探検してていいぞ?」


 なにやら勝手なことを言ってるが。

 まあ、親父の部屋に入らなけりゃ構わんだろう。


「よし。探検してろ、ひかりちゃん」

「ほんと? なんかひかり、ここ知ってる気がするんだよね……」

「そんなバカな」

「隠し扉の場所とか」

「そんなバカな」


 変なことを言うさんたちゃんの名前はひかりちゃん。


 見た目はダリアさん同様、銀髪に灰色の瞳の子なのに。

 日本語が流暢で助かるぜ。


「ああ、奥の部屋は入っちゃダメだぞ?」

「なんで?」

「妖怪がいるから」

「え? 見てみたい!」

「ダメだ。妖怪と目が合うと、ニートがうつる」

「……よく分かんねえけど、怖い」


 あいつ、挨拶もしねえで仕事中のフリしてるけど。

 晩飯まで出てこねえつもりだな?


 それにひきかえ。

 お二人のできること。


 二階へ探検に出たひかりちゃんを見送っている間にも。


 ダリアさんは二人の足にテーピングのような物を巻いて固定して。

 藍川さんは、デッキにDVDをセットしてる。


 手際良いなと感心しつつも。

 気になるな、テレビの方が。


「なんのDVD?」

「アイドルのライブDVDだ。イメトレと筋トレと、両用だな。おおい、二人とも。ジャージに着替えてからこっちに来いよ」


 藍川さんに呼ばれた二人が。

 風呂の脱衣所で着替えて戻ると。


 リビングテーブルを避けた絨毯の上に座らされて。


「ひとまず今日の所は無理せず、テレビ画面見て、座ったままで好きなように体を動かしてろ」

「真似をしろってことですか?」

「真似をするもよし、自分だったらこう動くのにって思うもよし。ただし、立つのは禁止な」

「……アンチ、立哉君」

「え?」

「うはははははははははは!!! いいから黙ってトレーニング始めろお前は!」


 藍川さんの指示に目をぱちくりさせた二人は。

 言われるがままに、デッキの再生ボタンを押したんだが。



 ……なるほど。

 理に適ってる。


 実際に体を動かして、ステージでの動きを体にしみ込ませるってことだよな。


 それに寝ころんだままだと。

 腰回りと腿の筋肉が嫌でも鍛えられる。


 そして間もおかずにダリアさんが二人の足の状態を藍川さんに説明して。

 二人で治療とトレーニングのスケジュールを立て始めてるけど。


「……できるご夫婦だこと」

「そうか? でも感心してるだけじゃダメだ。体は全ての資本なんだから、立哉君もこれくらいのことはできるようにならなきゃいけない」


 そんなことを言う藍川さん。

 お袋から派遣された理由がよく分かる。


 やみくもに筋トレさせたり。

 理屈ばっかりの人だとどうしようと思っていたんだが。



 ……でも。



 これで二人のパフォーマンスが向上するんだろうか。


 心配になって、秋乃たちの様子を見てみたが。



 …………なあ。


 ほんとに大丈夫なのか?



「おい」

「ちょっと待っててくれ。それじゃあ、イメトレは最終日まで続けるとして……」

「いいや待てねえ。半ば合ってる気もするが、ほんとにあれでいいのか?」


 二人が見てるDVD。

 確かに、足首にあんまり負担かからねえ気がするけど。


 やっぱ俺には違う気がするんだよ。



 カポエラ。



「うわ間違えた!」


 必死に背中と手だけで体を回転させて。

 お互いにキックを繰り出す練習をする二人を止めて。


 改めてアイドルライブのDVDを再生させた藍川さんが。

 ダイニングテーブルの方へ戻ってくると。


「…………正次郎まさじろうさん。正座」

「いやここでかよ! タイトル書いてないから間違えただけでわざとじゃ」

「正座」

「ないだろ!? すぐに入れ替えたから足の怪我にも影響が」

「正座」

「出ることはねえだろうし、俺の足の方が悪くなるわ!」

「…………正座」

「はい」

「立哉サンも」

「そしてなんでこっちに飛び火した!?」



 ……こうして。

 絨毯に寝そべって体を動かす二人を眺めながら。


 俺は藍川さんと一緒に床の上で正座に……。


「いや納得いかねえから! どういう意味だおい!」

「立哉君、いいからだまっておけ。さもないと……」

「ぴかりんちゃん。文句の多いオニイちゃんのひざに座ってきなサイ」

「わかったー!」

「ふんがあああああ!」



 いや。

 ほんとに意味が分からんのだが。



 大丈夫か?

 この一家。

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