逸話の日
~ 一月二十八日(木) 逸話の日 ~
皆が見てくれる普段着 VS
誰も袖を通していない晴れ着
「やっぱすげえな。胸にガツンと来る」
「うん、やっぱ素敵ね。燃えてくる」
「……や、やっぱ無理よ。出直してくる」
おい。
俄然やる気を出した佐倉さんに対して。
俄然怖気づいたこいつ。
まあ、そうは言っても。
別に非難する気はねえけど。
「じゃあ、次の曲いっちゃうよ~! 『あざと乙女、千歳船橋の夜に泣く』!」
「「「いいぇええええええい!」」」
八百人以上も入るライブハウス。
その二階、関係者席の隅の隅。
妙な縁で知り合いになった
本名、
彼女たちは、プロからスカウトの話がひっきりなしのアマチュアアイドルバンド。
何度見ても圧倒される萌歌さんのパフォーマンス。
いかついパンクファッション。
どぎついメイクなのに。
ぶっ飛んだ、可愛らしい。
電波系アイドル曲を見事に歌い上げる。
そんなステージと比べたら。
秋乃たちの歌は、やっぱり学芸会レベル。
校内ならともかく、駅前広場で。
しかも二時間も歌ったりしたら。
トラウマになるほどの目に遭うかもしれない。
「うわ……。歌いっぱなし、踊りっ放し」
「わ、私たちは、爆笑トークメインで……、ね?」
「もしもそれでお客さん湧かせられるならそうすればいい」
「うう……、冷たい……」
違いがどこにあるのか。
そんなことを考えるのも馬鹿馬鹿しい。
存在している。
次元自体がまるで違う。
「それじゃ本日最後のナンバー! 『ファ~スト
そして、何度聞いても開いた口がふさがらねえタイトルの曲が始まると。
俺はいつものように。
歌詞の全てにツッコミを入れながら夢中でサイリウムを振った。
~´∀`~´∀`~´∀`~
萌歌さんに連絡を取ってみたら。
ライブがあるから、ステージ見てから楽屋に寄れと言われた俺たち三人。
スタッフの方に説明して。
ライブ後の楽屋にお邪魔すると……。
「……おや? ほんとにいらっしゃったとは驚きですね、お客様」
「どの口が言う」
しょっちゅう王子くんに誘われて。
二人でライブを見に来てるから。
さすがに見慣れたパンクメイクの萌歌さん。
「他の方はメイク落としてるのに。萌歌さんはいいの?」
「御心配には及びません。本日は、高額なチケットを購入いただきありがとうございます、お客様」
「やっぱタダじゃなかったか」
「これで借金は二百五十三万八千二百飛んで二円……、と」
「は!? 倍以上に膨れ上がってんじゃねえか! なんだそりゃ!?」
後ろで爆笑するバンドメンバーの皆さんをよそに。
すました顔で、三つ折りにした紙に金額を書き込む萌歌さんだが。
ちょっとその紙寄こしやがれ。
「証文を取らないで下さい、お客様」
「細目のほとんどが利息……? よくこんな細かいもん作ったな!」
「利息は十日で五パーセント」
「どんな暴利だよ!」
「『といち屋』、半額セール中」
「過払い金は必ずお客様のお手元に戻ってきます!」
「ですが、お客様の拇印も間違いなく」
「押した覚えねえっての! どこ!」
「ほら、ここに」
「俺の手に肉球はねえ!」
下らん紙きれをびりびりに破くと。
口笛ではやし立てる、バンドメンバーの皆さん。
萌歌さんももちろんそうなんだけど。
皆さんのことも、結構苦手なんだよな。
音楽をやっているせいだろうか。
都会的な顔立ち、メイク。
物怖じしない性格。
小学校、中学校の同級生女子と同じ系統。
あいつらと仲良くできなかったからな。
基本、都会っぽい顔立ちのやつは苦手なんだ。
「さて、サインならいくらでもお売りいたしますので、そろそろ楽屋を出てもよろしいですか?」
「いやいや、メールで話したろうが。この二人なんだけど」
そしてようやく本題に入ったんだが。
俺の後ろから出てこない秋乃の代わりに。
佐倉さんが事情を説明すると。
「それは……、知恵を貸せという事でよろしいのですか?」
「も、もちろん、歌でお金を貰っている皆さんから教えていただこうなんて虫のいい話だとは思うのですが……」
「そりゃそうですね」
「ですので、対価については相談を……? 秋乃ちゃん?」
そんなタイミングで、秋乃がテーブルに乗せた風呂敷包み。
結び目を解くと、中から現れたのは……。
山のようなボールペンの替え芯。
「…………おい秋乃。これ、何?」
「た、対価がいるって、立哉君が言ってたから……、ね?」
「皆さんドン引きしてんだろうが! なんでこれチョイスした!」
「た……、対価の替え芯」
「うはははははははははははは!!!
いつも表情を崩さない萌歌さんすら噴き出した。
秋乃の笑いのセンス。
「ろ、六千円もした……」
「うはははははははははははは!!! ば、ばかだ……!」
バンドメンバーの皆さんは。
椅子から転がり落ちるほど笑い転げてるけど。
「やれやれ……。お客様、それじゃちょっと足りませんね」
「そ、そうでしたか……」
王子くんと話す時の。
柔らかい笑顔を秋乃に向けた萌歌さんが。
今までの斜に構えた姿勢を崩して。
前のめりに話しかけて来た。
「始めて人前で歌うのですね、お客様とお友達さん」
「はい」
「駅前広場のステージで、どれくらいの時間歌うのです?」
「に、二時間です……」
「なるほど。無理ですね」
そして優しい口調のままで。
ばっさりと切り捨てると。
佐倉さんが慌てて二人の間に割って入る。
「む、無理ってどういう意味でしょう?」
「一曲目を歌い終わった後、残りの一時間五十分、ステージに立ちっぱなしになりますよと言っているのです」
……迷惑そうな顔を浮かべて。
誰も立ち止まることなく。
そんな中、必死に歌っても。
たまに届くのは汚いヤジばかり。
一曲歌い終えた二人は。
その後、一言も発することなく。
ただ、呆然と立ち尽くすだけという悲惨な未来予想図。
「で、ですから、そうならないために……」
「なら、厳しい話とチャンスを同時に差し上げましょう」
今まで、笑いながら成り行きを見守っていた皆さんが。
萌歌さんの言葉に肩をすくめて、お互いに目配せをする。
彼女たちにはこの時点で予想がついていた。
そんな萌歌さんの提案は。
「そのステージ、二時間のうち一時間半。私達にタダで差し出すがいいでしょう」
「どういうことです!?」
「会場には私達のファンがこぞって集まります。そこであなた方が登場して、まず私との関係を交えて挨拶。一曲歌って、MCを挟んで最後に一曲。計二十分でひっこんでください」
「そ、それって……」
「私の前座をしろと。そう言っているのです」
「あ、あたしが半年もかけて勝ち取ったステージを……?」
……世間の相場を知らない秋乃でも。
この話には納得がいかないようで。
怒りと悔しさに下唇を噛む佐倉さんと一緒に。
萌歌さんをにらみつける。
でも。
俺には妥当に聞こえるんだよな。
「……萌歌さん。その代わり、こいつらのこと指導してくれるんだろ?」
「当然。うちの前座に相応しいパフォーマンスはしてもらわないと。すぐにでもしごいて差し上げますよ?」
「じゃあ、対価としちゃ適当だし。聞いてくれる人がいるって時点でこっちに有利な話だと思うが」
俺の説得にも。
二人の顔は、未だに曇ったまま。
すると萌歌さんは。
遠くを見つめながら。
俺のことをおちょくる時とは違う。
普段の口調で語りだした。
「……逸話を話してやろう。それほど売れてるわけじゃねえけどな、バラードに定評のある大人の歌手に目をつけられて、パッとしねえバンドが前座務めたんだ」
逸話、なんて言い方しなくてもよく分かる。
萌歌さんたちのことだよな。
「そんなチャンスに、そいつらは自分たちのやりたいことバカみてえにやったさ。客の趣向もまるで違うってのに。……でも、散々ぶっ叩かれたその結果。悪評って言う名の大きな波が、世間の耳目を集めることになったんだ」
「……ひと晩だけ、考えさせてください」
そして佐倉さんの言葉で。
張りつめていた糸は何となく緩んだんだが。
こいつのせいで。
そんな繊細な空気がぶっ飛んだ。
「じゃ、じゃあ、西野さんのバンドが一時間で、私達が三十分で、立哉君のコントが三十分?」
「うはははははははははははは!!! ふざけんな!」
「…………お客様」
「だ、ダメ……?」
「採用」
「勝手に決めるな!」
「では、交渉は諦めると?」
そんなこと言われちゃ。
返事なんてこれしかねえ。
「……ひと晩だけ、考えさせてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます