全国学校給食週間
~ 一月二十七日(水)
全国学校給食週間 ~
娘 VS お母さん
乗りかかった船どころか。
がっつり終点までの船賃を払っちまったからな。
こうなったからには。
使えるものは何でも使って必ず成功させる。
そう考えた俺ではあるが。
御多分に洩れず。
頼れる相手なんて指を追って数える必要すらねえわけで。
「……お袋。頼みてえことがあるんだが」
『手短にね! 五分後に会議!』
相変わらず。
慌ただしいことで。
こっちはこれから呑気な昼休みだってのに。
なんだか申し訳ないな。
教室内。
二人の女子が見守る中。
お袋に、事情を簡潔に話すと。
『知り合いに詳しい人いるわよ? スポーツトレーナー寄りだけど、ショービズはよく分かってると思う』
「いや有難い! ぜひ頼みてえ!」
『とは言え、ちょっと見たくらいじゃどうにもならんもんでしょ。せめて一週間ぐらいはまとまったレッスンが必要なんじゃない?』
「へえ、そういうもんなんだ。じゃあ無駄って事?」
『あ、待てよ? いや、その件は問題ないか……』
そしてぶつぶつと。
なにやら聞き取り辛い独り言をつぶやいたかと思うと。
失礼の無いようにしなさいとだけ言い残して。
電話を切っちまったんだが……。
「ど、どうだった……?」
「よく分からんが、多分引き受けてくれたんだと思う。さすがお袋、頼りになる」
「やった! 二人も先生が出来たら、進化できるかもねあたしたち!」
そう言いながら、佐倉さんが出す手に手を合わせるのは。
あれだけいやだいやだ言い続けてたのに。
すっかりやる気が芽生えてる。
「ありがとね、保坂君!」
「いや。既に俺もプロジェクトの一員だ、そういうの言いっこなし」
そう。
秋乃ばかりじゃなく、かく言う俺も。
全力でサポートすることに決めたんだ。
……だって、お前らのせいで。
コントまでやることになったわけだし。
そっちの手伝い、ちゃんとしろよ?
「という訳で。二人は今日から給食制にします」
「うん……? 徹底してる……」
「俺が出来るのこれくらいだからな」
「わ……、私まで?」
「お前に作って来るのは平常運転だろうが!」
ああそうか、じゃねえ。
感謝しろとは言わんが。
せめて誰かがおかずを作ってるってことはちゃんと認識してくれ。
俺は、世間の母親の代弁など頭の中でしながら。
いつものように手早く料理セットを取り出して。
しっかり消毒してから、いざクッキング。
とは言っても、下ごしらえは済んでるからな。
あとは焼くだけ温めるだけよそるだけ。
「ほいできた」
「うわ。なにこれ」
「い、いつもより品数多くて楽しい……、ね?」
「だろ?」
ひとくちカジキの竜田揚げに、ミニ豆腐ハンバーグ。
五目野菜炒めに、昆布とひじきと大豆の煮物。
デザートにプレーンヨーグルトのグレープフルーツソースがけだ。
五大栄養素、三色食品群。
どっから見ても完璧なバランス。
「その上で、量は少な目カロリー多め」
「これ、保坂君が作ったの?」
「そうだが」
「いや、いつもなんか作ってるなあとは思ってたけど……。何者なの?」
「ただの凝り性な高校生男子」
「うん……。そんな簡単な話じゃないと思うんだけど……」
なんだよ、わざわざ作ってやったのにその眉根。
秋乃を見やがれ。
尻尾ブルンブルン振り回してるだろうが。
「飯は秋乃の海苔御飯を半分こしろ。それで栄養バランス完璧になるから」
そんな俺のセリフに、愛犬はぱたりと尻尾を振るのをやめると。
俺の顔をじっと見上げながら。
おそるおそる。
鞄から見慣れた茶色い物体を取り出した。
「今日に限ってコロネかい!」
「だ、だって、聞いてなかったから……」
「栄養バランス、いきなりいびつ!」
「うん、言いにくいんだけど。あたしも自分のお弁当あるよ?」
「いきなり栄養過多!」
しまった、連絡しとくの忘れてた。
なんという作り損。
「まあ、給食は明日からでいいか」
「うんうん。お母さんに言っとくね?」
「だがそうなると。これをどうしたものか」
秋乃の分はいつも通りだから取り分けて。
自分の分を皿によそったが。
まるで余った一人前のおかず。
「がんばりゃ食えるだろうけど、食事少な目にしてる二人に悪いしな……」
「気にしないで良いわよ、保坂君が痩せてもしょうがないでしょ?」
「そうは言っても……、って話をしてる横でお前は値札をつけるな!」
いい感じの安っぽさ。
段ボールの切れ端に、マジックで書いたその金額。
セットで六百円。
「しかも高い! 誰かが貰ってくれるだけでもありがたいのに何してんだよ」
「芸には、まっとうな対価をきっちりもらうもの……、だよ?」
「芸じゃねえ。それに、こんな高い金出して買うやついねえ」
「あ、それなら……」
そして秋乃が。
黄色いテープに赤いペンで何かを書いて。
値札の上の方にぴたりと貼り付けると。
佐倉さんが。
慌ててポケットから財布を取り出した。
「何してんだ?」
「おっとと。間違えて買いそうになっちゃった……」
「なんて書いたんだよ……、うはははははははははははは!!!」
ああ、そうな。
それは誰もが釣られる魔法の言葉。
『本日閉店在庫処分』
「ウソを書くな!」
「う、ウソじゃない……。今日は、これで閉店……」
「やかましい。しょうがねえからこいつは俺が食べ……? いつまで魔法にかかってるんだお前は! その手を皿から離せ!」
「うん、だって、急に食べたくなっちゃって……」
「ダメだって、こいつ食べたら食い過ぎだ」
「じゃ、私の分あげる……、ね?」
「わーい!」
「お前は食わねえとカロリー足らねえ!」
ああもう!
栄養バランスを細かく考え抜いた俺の努力を何だと思ってんだ!
「た、立哉君がダメダメマンになった……」
「お母さんみたい」
「とにかく、佐倉さんは弁当だけにしとけ。秋乃はおかずをちゃんと食え」
「うん! ダイエットは明日からに決めた! 今日はいいでしょ、お母さん!」
「誰がおかんだ」
「ママ、今日だけいいでしょ?」
「誰がママンだ」
冗談じゃねえ。
俺は、こんなわがままな子を産んだ覚えはありません。
「お母さん、起こしてって言ったじゃない!」
「甘やかされてんな! 自力で起きろよおかんのせいにすんな!」
「ママ、宿題手伝って?」
「自分でやればかやろう!」
「……ん?」
「……ん?」
「急にどうした?」
二人して顔見合わせてるが。
……まさか、宿題忘れたの?
「どうすんだよお前ら! この後すぐ提出だぞ!?」
「お母さん!」
「ママ!」
「やかましい! なんでもかんでもママを頼らないで頂戴!」
「頼るのは親孝行って聞くよ、お母さん!」
「そんな都合のいい話はねえ!」
「おかずあげるから、ママ……」
「お前の分まで貰ったら三人前になるわ!」
「お母さん……」
「ママ……」
「うつさせねえよ!? 自力で何とかしろ!」
そして、昼飯を食いながら。
あがいてみたけどどうにもならず。
「ん? 宿題を忘れたのかお前ら二人は」
アイドル二人揃って。
先生の前でしょんぼりうな垂れることになった。
「理由があったら言ってみろ」
「お母さんが……」
「ママが……」
「指をさすな!」
呆れた娘二人が。
俺に責任を擦り付けようとしてやがるが。
「…………母親なら、娘たちのしでかしたことの責任を取るものだろう」
「こら貴様。全世界の母親と俺に謝れ」
「……ふむ。確かに失礼な発言だった。母親の皆さんに心から謝罪しよう」
先生は、そう言いながら頭を下げると。
秋乃が手にしていた段ボールからテープを剥がして。
『本日閉店』とおでこに貼って。
廊下に出て行った。
「待て貴様。俺にも謝れ」
「お母さんだから?」
「ママだから?」
「…………お前らも立ってろ」
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