左遷の日
~ 一月二十五日(月) 左遷の日 ~
褒めて伸ばす VS 叩いて伸ばす
始業前。
やだやだやだと逃げてみたものの捕まって。
一時間目が終わると。
やだやだやだと言っているのに無理やり歌詞を覚えさせらえらて。
二時間目終わりに。
やだやだやだと泣きながら振りつけを練習させられて。
そして今。
昼休みの、鍵のかかったアイドル研究会部室。
携帯から流していた伴奏が終わると。
♪ じゃじゃ~ん! ♪
「…………お前、めちゃめちゃ上手い」
佐倉さんと背中合わせになって。
最後のポーズを可愛らしく決めるのは。
プロには敵わねえと思うけど。
素人にしちゃ上手すぎる。
そんな金の卵が。
大はしゃぎする佐倉さんに抱き着かれながら。
ここまでやっといて往生際悪く。
やだやだやだと、ぐずりだした。
「うんうん! あたしの見込んだ通り、最高だよ秋乃ちゃん!」
「やだやだ……。もう、帰っていい?」
「きかんぼうか」
「ううん? 昼休みのうちに、通しであと四回は歌っておこう?」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
「機関銃か」
キカンボウによる、やだやだ掃射もなんのその。
佐倉さんは、自分が秋乃という才能を掘り起こしたことに大興奮。
自画自賛しながらはしゃぎ出す。
すると、自分が褒められた時はあれだけぐずってた秋乃が。
ここにきてようやく微笑んだ。
「私と一緒にアイドルやるの……、そんなに嬉しい、の?」
「うんうん! 私、他人に頼ってばっかりだったせいで勘だけは外れたことが無くてね? 絶対秋乃ちゃんが運命のパートナーだって信じてるの! だから、断られたら夢を諦めようと思ってたんだ……」
「そ、そう……。なら、期待に応えないと……、ね?」
こんな言われ方をしたら。
秋乃は断れない。
本来なら、怒るべき案件だが。
佐倉さんに、秋乃の他人最優先な性格を利用したつもりなんか無いだろう。
ここは目をつぶるしかないだろうな。
「それにしても……。佐倉さんのパフォーマンスにも驚いたけど、秋乃、お前は一体何なんだよ」
「お、教わった通りにしかやってない……、よ?」
「うんうん! いい感じ! 秋乃ちゃんの隣だと歌がいつもの倍頑張れる! ダンスがいつもの三倍頑張れる!」
「な、なんで?」
「すぐに追いつかれそうで焦って! マラソン大会の、ちょうど逆?」
「あ、その説明、分かりやすいけど……。照れる、ね?」
まだ初めて歌っただけ。
そんな秋乃にこれだけの褒め言葉。
争いごとが嫌いな秋乃は、褒められて伸びるタイプだから。
これが正しかろう。
それに対して。
佐倉さんにはどう言うべきか。
確かに。
佐倉さんの方が秋乃の倍、歌が上手くて。
三倍はダンスが上手かった。
でも。
客の目を引くかどうかと問われれば。
答えはNO。
制服にジャージというダサファッションだから。
などという話じゃ無く。
根本的に。
何かが足りない気がする。
そいつを。
伝えるのが正しいのか。
伝えないのが正しいのか。
はたまた伝えるとして。
厳しく言ったものか。
エアークッションで包んだものか。
なにが正しいのか。
まるで分らんのだが。
「ねえ! あたしはどうだった? 保坂君!」
そう聞かれてしまっては仕方ない。
考えるのは保留。
今は、適当にお茶を濁すか。
「えっと……、だな。うん、秋乃より断然うまい。すごく良かった」
「うん? どう良かった?」
「ど、どこって!? えっと……、あの……」
「うん。……まさか、適当に言った?」
しまった。
真剣に取り組んでる佐倉さんに。
いい加減な言葉は通用しないか。
苦笑いの佐倉さんに対して。
非難の目を向けてくる秋乃の視線の痛いこと。
「す、すまん。正直に言うが、構わないか?」
「うんうん! 思ったままのこと言って欲しいな。あたし、叩かれて伸びるタイプだから!」
「了解。……とは言ったものの、漠然とした話になるかもだが」
「うん」
「テレビで見るアイドルどころか、新宿の路上パフォーマーより目を引かない」
「うぐっ! ……そ、そこまでか……」
膝をつく佐倉さんの肩に。
そっと手を添えて慰める秋乃。
なるほど、この図式はアリかもしれん。
こいつ、恥ずかしさよりも。
佐倉さんのために頑張ろうって気持ちの方が勝り始めてる。
ひどい話かもしれないが。
佐倉さんを叩けば。
秋乃は、むきになって頑張るのかもしれない。
……とは言え。
「うん……。それで、具体的にはどこを直せばいい?」
そう。
これを聞かれると困ってしまう。
「……立哉君、分からないで言った?」
「どう直したら良くなるかなんてわからねえよ。でも、なんて言うか魅力がねえ」
「佐倉さん、毎朝教卓を掃除するような素敵な人なのに?」
「いや、内面の話じゃ無く」
「詩集を一ページ読んでは目を閉じて想像するほど可愛らしい人なのに?」
「だから、人に見せられる美点を言えよ」
「じゃあ…………、胸元のほくろがセクシー?」
「うはははははははははははは!!! 見せられるかっ!」
佐倉さん。
慌てて秋乃の口を塞いでるが。
安心しろよ。
「大丈夫だって、誰にも言わねえし、見たりしねえから」
「……確かにその気持ちは伝わって来るけど。ねえ、保坂君」
「なんだよ」
「そこまでしないと無理なの!?」
「当たり前だ。思春期男子舐めんな」
ニット帽を鼻までずり下ろしてるのにぎゃーぎゃーうるせえな。
こうしとけば、胸元見続けちまうことねえから構わないだろ?
しかし、意外と網目から外の様子が良く見える。
まあ、制服の上からほくろなんか見えるはずねえけど。
「そ、それより……。立哉君じゃ、指導できないって……」
ようやく秋乃が本題に戻してくれたから。
ゆっくり見れ……、ごほん。
ちゃんと目を閉じて考えよう。
「うん。保坂君、知り合いに詳しい人いない?」
そんなこと言われてもな。
多分いないと思……?
いや。
「いやがった。現役アイドルが」
「ええっ!? じゃあ、その人に……」
「わりいがその人には頼めない」
「なんで!?」
「これ以上借金を増やしたら、マカオに売り飛ばされるから」
「うん?」
いや。
妹の様子聞いただけでデパートのヒーローショーでただ働きさせられたんだ。
売るなんてことせずに。
骨の髄までしゃぶりつくされるに決まってる。
「あの人は置いといて。秋乃にそんな知り合いいるはずねえし……」
「うん……」
「佐倉さんにはいないのか?」
俺が、ニット帽魔人のまま佐倉さんの方を向くと。
彼女は腕を組んでちょっと悩んだ後。
「一人、いるけど」
「どんな人?
「栃尾君」
「…………佐倉さんの後ろの席の?」
「うん」
そう言いながら、彼女は携帯をいじって。
二人で歌った曲を再び再生しながら。
「この曲を作ってくれたの、栃尾君なの」
「へえ。意外」
栃尾君と言えば。
スキー部では物足らず。
急斜面を滑走するエクストリーム同好会に転向したほどのスポーツマン。
それがまさか。
作曲までするなんて。
「なるほどな。じゃあ、そっちは放課後か明日当たるとして、もう一回くらい練習しとくか?」
「うん、それはいいけど。でも……」
「な、何か一つでも、直した方がいいところ……、ない?」
「そうよね。人目を引くためのポイント、なにか一つ言ってみて?」
人目を引くもの。
そりゃもちろん。
「素人意見でいいんだよな」
「もちろん!」
「叩く方が伸びるんだよな?」
「うんうん!」
「容赦いらねえんだよな?」
「どんとこい!」
「ほくろが見えたらいいんじゃねえの?」
……だから、散々確認したじゃねえか。
嘘つきだお前ら。
素直に思ったままの事を口にした俺は。
怒れる二人組によって。
左遷させられた。
「また君かね。そんなにうちの高校気に入った?」
「うす」
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