飛行船の日
~ 一月二十二日(金) 飛行船の日 ~
愛情 VS 愛情
青春は飛行船。
俺たち高校生は。
夢をおなか一杯詰め込んで。
行き先も決めずに浮かび上がる。
それを大人は不安に思うらしいが。
自分たちだってやってきたことじゃねえか。
そこからのんびり手を振って。
俺たちの冒険を温かく見守っててくれ。
……そんな冒険には欠かせないもの。
ライバルとの、姫をかけての決闘シーン。
「まあ、姫はぬか床なんだけど」
男子の方が、折り返し地点が遠いから。
めちゃくちゃ足の速い二人の姿を見つけたのは。
ゴールまであと一息というあたり。
おお。
まさに決闘はクライマックス。
肩が触れ合う程並んで走ってやがる。
俺には二人の間に。
激しい火花が見えるぜ。
しかし、いやはや。
ここまで必死に走ったのは久しぶりだ。
それだけ二人が真剣なんだってことがよく分かる。
だというのに、視界の端に捉えた二人の後姿は。
隣を走るきけ子と違って実に美しい。
まだ二人とも。
ラストスパートをかけるだけの余力があるって事だろう。
「じゃ、お先」
「ぐへっ! ぐへっ! ぢぐじょーーー!」
「ああ、そうやって必死に走れ」
すげえよお前。
全校合わせて、女子三位なんて。
前を行く二人に必死についてきたから。
限界以上の力を出せたんだろう。
でも、もう余力もねえだろうし。
すぐ後ろの陸上部の先輩たちが。
ゴール前でお前のことを抜き去る図が簡単に想像できるけどな。
……さて。
きけ子の心配してる場合じゃねえな。
ここから短距離走並みのスピード出さねえと。
ゴールインするまでに二人に追いつけやしねえっての。
「俺も必死に走れ! ぢぐじょーーー!」
気合いと根性と負けん気とその他もろもろ。
どれを持ち出しても追いつけねえから。
試しに出してみようかな?
スケベ心とか。
……ふむ。
女子の匂い嗅ぎながら走りてえ!!!
「……あれ?」
ウソだろ俺の体。
見る間に二人に近付いてきたけど。
やばい。
俺は今、スポーツ史を全てどす黒く塗り替えるほどの大発見をしたと共に。
この発見と一緒に存在を消される可能性が出て来た。
青春は飛行船。
おなかの中に、浮ついた気持ちを詰めれば詰めるほど。
俺たちはバカみてえにどこまでもどこまでも飛んでいく。
なんてこの世の真理について考えてるうちに。
「……ようやく追いついた」
走りながらのつぶやきに。
ちらりと振り返ったのは。
今日は、スタート前、せっかくポニーテールにしてくれたのに。
俺がスポーツドリンクと新品のタオルとジョギングシューズとサーロインステーキを買って来たところで外しちまいやがった。
まったく。
こいつは何にも分かっちゃいねえ。
きっとそんな罰が当たったんだ。
佐倉さんがスパートをかけたのに出遅れて。
とうとうその背中を追いかけることになって……。
うお、はええ。
追い付けねえってこんなペース。
俺も歯を食いしばってみたものの。
二人の背中はどんどん離れていく。
でも、秋乃はなんとか佐倉さんに並ぶと。
抜きつ抜かれつのデッドヒートが始まったんだが。
そんな二人の前方。
既に学校までは目と鼻の先ってところに建つ一軒家。
応援のためだろうか。
婆さんが道路に出て来たかと思うと。
家に向かって、手招きをする。
…………いや。
それって。
「あぶねえ!!!」
俺の声と同時かそれより早く。
家から道路に飛び出してきた小さな男の子。
佐倉さんの進路上に。
びっくりしたまま立ち止まった。
左に避けたら婆さんにぶつかる。
右には秋乃が走ってる。
急停止するには危険な速度。
俺の目には、全ての道が閉ざされたと思ったのに。
佐倉さんの目には、もう一つの道がしっかり見えていたようだ。
運ぶ足が、リズミカルにステップを踏んだかと思うと。
ジャンプ一閃。
少年の肩に、そっと手を添えながら。
あん馬のように彼の上で逆立ち姿勢になるほどの大前転を見せると。
地面に両足で着地して。
それでも勢いを殺しきれずに二転三転して。
ようやく止まったと思ったら……。
「うそだろ!?」
すぐに立ち上がって走りだそうとした。
……でも。
その直後。
こんな衝撃的な光景など前座に過ぎないと言わんばかり。
俺はまるで、雷に打たれたような思いのまま。
足を止めて、彼女の姿を呆然と見つめていた。
「はあっ! はあっ! ……ごめんね? びっくりしちゃったよね?」
婆さんのモンペにしがみついて。
泣き出すこともできない程の恐怖におびえる男の子。
そんな彼の心配をしながら。
勝負を捨てて、頭を撫でてあげる佐倉さん。
男の子が泣きだしたせいで。
べっ甲眼鏡の向こう側。
大きな瞳から。
悲しそうな涙を流していた。
「ぜえ! ぜえ! ……ど、どうしたの!?」
そして追いついたきけ子が足を止めながら聞いた相手は。
こんな事故があったら、戻って来ずにはいられない女。
秋乃。
「な、夏木さん……。佐倉さん、怪我をしてるかもしれないから。ゴールにいる先生を連れてきて欲しい……」
「え? う、うん! 分かった!」
そして走り出したきけ子を見て。
佐倉さんも慌てて後を追うために走りだそうとしたんだが。
秋乃が彼女の腕を取って。
首を横に振る。
「い、今……。足、捻った、よね?」
「でも……。一位にならなきゃ……」
無理に掴まれた腕を振りほどこうとした佐倉さんだが。
秋乃に言われた通り、足を痛めていたらしい。
よろけた拍子で秋乃に掴まったまま。
痛みに耐えかねて、顔を歪ませた。
「無理をしちゃ……、ダメ。頑張る時は、きっと、今じゃない……、よ?」
ちょっと大人びた秋乃の言葉に俯いた佐倉さんは。
大きく息を一つ吐くと。
「うん。そうね、大事なのはもっと先。……ありがとう、大事なことを思い出させてくれて」
ようやく。
そのまま地面に腰を下ろしてくれた。
「…………いいやつだ」
「うん? あたし?」
いけね。
つい口に出しちまったぜ。
「あ、ああ。すまん、変なこと言って。でも……、感動した」
「うん。……そう、あたしを見て感動してくれたんだ」
……なんだろう、その返事。
妙なリアクションをした佐倉さんの隣に秋乃も座ると。
俺を見上げてにっこり笑ったんだが。
佐倉さんを褒めてくれて嬉しい、か。
お前の笑顔は雄弁だな。
「感動してくれたんだ……。うん……。でも、残念。一位になりたかったな」
「あの……、ね? 佐倉さんは、今日のマラソン大会で、私は一位だって思うの」
「おお。俺もそう思う」
秋乃につられたわけじゃねえ。
きっと、今の話を聞いた連中は揃って同じことを言うだろう。
でも、佐倉さんには予想外だったようで。
意味がちゃんと伝わらなかったらしく。
目をぱちくりさせながら、俺と秋乃を交互に見つめてる。
「…………うん? 一位?」
「そう……。だから、佐倉さんのお願い手伝ってあげる……、ね?」
そうだな。
佐倉さんを悲しませるようなことあいつがしやがったら。
その都度叩きのめせばそれでいい。
「俺も手を貸すから。何でも頼ってくれ」
「……ほんと?」
「うん」
「ああ」
「ほんとにほんと!?」
破顔一笑。
踊る前髪から、思ったより細い頬を覗かせながら秋乃にすがりついた佐倉さん。
よっぽど嬉しかったらしく。
再び涙を流しながら。
「よ、よかった……! 秋乃ちゃんだったら絶対上手くいくと思って!」
「こいつが? 役に立つと?」
「ひ、ひどい……」
「うんうん! 保坂君は見る目ないなあ! 秋乃ちゃんならバッチリよ!」
「いや、俺が計画立てるから。あんまそいつを頼るな」
「ううん? 保坂君に頼ること、あんまりないと思うんだけど……」
「ひでえ」
確かに恋愛経験ゼロだけどさ。
そこまで言わなくても。
……そして俺の渋い顔を見て。
二人が心から楽しそうに笑うと。
タンカを担いだ先生たちが。
遠くから大きな声を上げて走ってくる姿が見えた。
「……まあ、まずはその足治してからだな」
「うん。そうね、急いで治さないと……。バレンタインデーだからね、本番は」
「そこまで決まってんのかよ!?」
「うんうん! 舞台はもう取ってあるのよ? 隣り街の駅前広場!」
「取ってあるってどういうこと!?」
なんだよ、告白したい場所が決まってるとか!
準備万端じゃねえか!
さすがに秋乃も目を丸くさせてたが。
そんなこいつの栗色の瞳が。
佐倉さんの言葉を聞いて。
これでもかってほど大きく見開かれた。
「二人で、最高のステージにしようね!」
……は?
「ふ、二人? ……え? ステージ?」
「うんうん! 最高にするわよ! あたしたちの、アイドルデビュー!」
青春は飛行船。
幸せをお腹にたっぷり詰め込んで。
ふわり気持ちよく空を浮かんでいたら。
突然の突風にあおられた。
……俺たちは。
どこに飛ばされていくの?
「ひょええええええ!? うにゃっ!? ア、アイドルーーー!?」
「た、立哉君。それ、私のセリフ……」
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