ライバルが手を結ぶ日


 ~ 一月二十一日(木)

   ライバルが手を結ぶ日 ~

 男子の盟約 VS 女子の勘




「知らねえ」

「しらないよ~?」

「…………ほんと?」

「ほんとだって。しつこいな」

「もしほんとなら~。俺、頑張る~」

「……保坂ちゃん、ほんと?」



 俺は、ポーカーフェイスには相当な自信がある。



 ちろんそれは。


 ポーカーをやっている時。

 配られたカードはろくに見もせずに。

 どのカードが来ても同じ顔でチップを二枚ベットすると決めているからできるわけで。


「……聞こえなかった? ほんとなの、保坂ちゃん?」

「ほほほ、ほんとだよ!?」


 それ以外の時は。

 ちょっとだけ精度が落ちる。


 ……だが。

 俺からぼろが出ることは未来永劫絶対にない。


 もう一度言おう。


 俺は、ポーカーフェイスには相当な自信がある。



「保坂ちゃんの顔見てたら、あんたらの方がウソついてる風に見えてきたんだけど」

「いやいや、お前が言う通りだったらさ。一番欲しがりそうな長野が一番不利な条件飲むわけねえだろ」

「そうだね~。もしほんとに貰えるんなら違う条件だすと思う~」

「……保坂ちゃん、ほんと?」

「お、おお。ほほ、ほんとにほんと」



 ああ困った。

 今にも心臓が口から飛び出しそう。


 背中は汗でびっしょりだし。

 乾いた喉が、ありもしない唾液を求めて何度も音を鳴らす。



 だが。

 俺は、ポーカーフェイスには相当な自信がある。



 今にも叫び声をあげて教室の窓から飛び降りて逃げ出したいくらいなのに。


 ちょっと挙動不審な男くらいの態度が取れるんだ。

 これはもう才能としか言いようがない。



 ――男子の盟約。


 エロいものが女子に見つかりそうになった時は。

 全員、絶対にしらばっくれること。



 口裏を合わせる必要もなく。

 DNAに刻まれた本能に従って。

 誰もが知らないと言い切る。


 ヒトがまだ言語を持たない時代から。

 連綿と受け継がれてきた男子の盟約。



 これを破ることは。

 万死に値する。



 とは言え。

 なんという針の筵。


 俺の見事な演技力で。

 事なきを得ているというものの。


 親父のせいで。

 こんな面倒な思いをすることになるなんて…………。




 我が家に届く郵便物は、ポストに入った十秒後には凜々花によって回収される。


 バイクの音だとか。

 ポストの音だとか。


 あいつは敏感に反応して外に出て。

 あっという間に取り出して戻ってくると。


 送り主が誰であろうと、宛先が誰であろうと関わらず。

 封を切って中身を確認して。


 興味が無ければそのまま宛先に書かれた人物の元に届ける。


 そんな便利な自動開封システムが保坂家には設置されているというわけだ。



 そして昨日、幸いな形で。

 この最先端システムに。

 エラーが発生した。



 商店街でもらったばんぺいゆ。

 あまりのでかさに凜々花は大興奮。


 俺と親父に自慢げに見せた後。

 春姫ちゃんに見せてくると飛び出した時のこと。


 俺が、開けっ放しの扉を閉めに行くと。

 偶然届いた郵便物。


 親父に直接渡すと。

 封を切るなり、叫び声上げやがったんだが……。



「確かに聞こえたんだけど。女子の一位はぬか床貰うことになったんだから、男子もやろうって」

「言ってねえよな」

「うん~。言ってない~」

「い、い、言ってないにょ!?」

「その景品が、通販で間違って買ったグラビアアイドルのなんちゃらって」

「だから言ってないって」

「何を聞き間違えたんだよ~?」

「そ、そうだよな! 聞き間違えたんだよなきっと!」


 俺の完璧な演技を見て。

 きけ子が、怪訝な顔を浮かべてるけど。


 しまった、完璧すぎるのも逆にまずかったのか?

 加減が難しいな……。


 それにしても。

 甲斐もパラガスも。


 お前ら芝居下手だな。


 普段いがみ合ってるお前らが仲良くしてるから疑われてるんだぞ?


 ちょっとは俺みたいに自然に振る舞え。


「……よし。ならば必殺技使うか」

「ななな、なにする気にゃっ!?」

「女子の勘を発動する! ……ブツは、保坂ちゃんの背中に隠してあると見た!」

「なな、無いから! こら、めくるんじゃ……、ひやああああ!」


 彼氏の前であろうとお構いなし。

 きけ子は必死に逃げようとした俺に飛び掛かると。


 Yシャツをベロンとめくりあげたんだが。


「あれ? 無いのよん?」

「だからそう言ってるじゃねえか!」

「でも、この背中の汗。やっぱり隠してるわね? かくなる上は……、先生! 出番です、先生!」


 きけ子に呼ばれて。

 席から立つことも無く、組み敷かれた俺をのんびりと見つめた先生。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつの思考は俺と同じ。

 だから、勘じゃなく。


 理論で正確に隠し場所を言い当てる。


「…………鞄の中」

「ぐはっ!?」


 青ざめる男子一同を一瞥した先生は。

 おもむろに席を立って。


「や、やめろっ!」


 自分の鞄をガサガサと漁ると。

 アイドルの写真集を。

 高々とその手に掲げ…………。




 …………表紙。

 男の裸じゃん。




「あ、このマラソン大会の副賞は関係なくて。えっと……」

「うはははははははははははは!!! 待て待て待て! 今の!」

「立哉君の鞄の中だっけ?」

「夏木の鞄だ! それよりお前その裸…………、あ」


 そして、ひょいと下の暗い灯台から取り出された。

 親父が間違えて買った水着写真集。


 うちに置いといたら凜々花がギャースカ言いそうだから。

 パラガスのぬか床にヒントを得て優勝賞品として持って来た品。


「やっぱり、こんなの隠してたのね……」

「てめえ、保坂!」

「最悪だぜ立哉~!」

「…………すまん」


 そう。

 女子の武器は。

 勘だけじゃない。


 この誘導の上手さも。

 DNAレベルで備わった男子撃退用秘密兵器。


「……なにか、言い訳は?」

「こっちのは水着を上下ともきっちり着てるだろ! お前らの副賞、上半身真っ裸じゃねえか!」

「だから?」

「…………すいませんでした」



 こうして俺は。

 女子からは冷ややかな視線を頂戴するに留まったが。

 

「……保坂はどうした」

「さあ。そんな奴このクラスにいましたっけ?」

「聞いたこと無いです~」


 男子の盟約を果たせなかった罰として。


「……気にしないで下さい。単に、立たされてるだけですから」

「そういう訳にはいかんよ。君の制服、うちの高校の物じゃないよね?」

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