いちごの日


 ~ 一月十五日(金) いちごの日 ~

 笑いの達人 VS もの知らず




「うんうん! もう体育館に行ったのね?」

「お、おお……。今、出て行ったとこ」

「うん! じゃ、見学に行って来る!」



 ――世界は謎に満ちている。



 俺は、佐倉さんが廊下に出て行ったのを確認してから。

 机に肘をついて、組んだ両手で口元を隠す。


 すると、お隣りと、その前に座った女子も。

 同じ姿勢で視線を下に向けた。


「……緊急会議を始める」

「さすがにあいつばっかりはやめとくよう言った方がいいと思うのよん」

「み、右に同じ……」

「さっきも、委員長のバストをノギスで計ろうとしてひっぱたかれてたし」

「朝、夢ーみんから貰ったグミを一日中舐めまわしてたわよ?」

「さ、三学期が始まってから、私、肩こりの話しかされたこと無い……」

「うんうん。でもそんな正直なとこも可愛いって言うか」

「正直が過ぎるだろ。平気で女子に得点つけるし」

「しかもその得点、バストサイズだし」

「め、目にね? メジャーの目盛りがうっすら浮かんでるの……」

「うん。それならあたしは結構有利かな。八十、おっとっと」

「八十? 佐倉さんがそんなにあるわけなぜここにいるっ!!!」

「うんうん。保坂君も大概正直よね?」


 三人揃って口あんぐり。

 いや、三人揃ってたのは一瞬だけ。


 こいつら、鞄の中身全部ぶちまけて。

 頭からすっぽりかぶって誤魔化してやがる。


「きたねえぞお前ら! 佐倉さん、体育館に行ったんじゃ?」

「うんうん。おべんと忘れたから取りに戻ったついでにね? 秋乃ちゃんにお願いしようと思って」


 そう言いながら、秋乃の鞄をすぽんと取った佐倉さん。

 中からブルータスの石膏像被った女が出てきて笑ってる。


「うんうん。大丈夫よ怒ってないから。それより、悪いと思っているなら協力して欲しいの」

「ブルータス、ニポンゴ、チトワカラン……」

「うん。十分流暢。手伝ってくれる?」

「…………カエサルニ相談シテカラデイイ?」

「うん。でも、内容も聞かずに?」

「来週ニハ、オ返事スルカラ。賽、投ゲルカラ」

「うん、分かった。でもそれ、お父さんのセリフよ?」


 そんな言葉を残して。

 笑顔で教室を出ていく佐倉さん。


 内容なんて聞かなくったって。

 なにに協力して欲しいかなんてまる分かり。


「どうしたもんかしらね」

「まったくだ……。なぜ断らん」

「……パパ。ドウスルガヨロシ?」

「取れそれ」


 ブルータスを外して。

 中から出て来たしょんぼり女。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 どうする気だお前。

 ほんとサイコロ振って決めるか?


 三人揃って。

 むむむと首をひねってみたものの。

 良い答えが出るはずもなく。

 

「……まあ、弁当食いながら考えるか」


 俺が弁当箱とタッパーを机に並べると。

 二人は、弁当以外の物を鞄に戻し始めた。



 しかし、これは。

 思わぬ援軍。


 秋乃の面白ネタが潰れたからな。

 今日こそ反撃を食らうことなく。



 無様に笑わせてくれる!



 しかも風向きは順方向。

 きけ子が手にしたそれ。

 ネタふりにしか見えねえっての。


「夏木はまたサンドイッチか。今日は何サンド?」

「イチゴサンド! 大好物なのよん!」

「おお、偶然。俺もデザートにイチゴ持って来た」

「わ、私も、デザートはイチゴ……」


 おいおい。

 なんておぜん立て。


 鴨がネギ背負って土なべ型ズボンをサスペンダーで吊るしながら歩いてきやがったぜ。


「……そっか。量あるから食べてもらおうと思ってたのに」

「なになに!? 食べるわよ大好物なんだから!」


 ようし。

 きけ子も秋乃も。

 タッパーに視線を向けてやがるな?



 俺の会心のネタ!

 食らいやがれ!



 ぱかっ



「…………お吸い物?」

「いい香り……、ね?」



 あれ?


 おいおい。



「これ、アワビとウニなんだけど……」

「なにそれ高級! 早く食べさせて!」

「立哉君。あの、イチゴは?」



 うわ、しまった!

 食いもんでボケねえように気を付けてたのに!


 なんてこった……。



「ねえ保坂ちゃん。なんでがっくり肩落としてるの?」

「もの知らずコンビには、猫に小判……」

「なによ失礼ね」

「こいつの名前、いちご煮……」

「え? ……イチゴ、入ってるの?」

「いや、もういいや……」


 またやっちまったぜ。

 もう、俺のバカバカ。


 怪訝な顔した二人に分けてやって。

 すするいちご煮の味気無さ。


「げ、元気出して……、ね?」

「もう今度からは小学生向けのネタしか準備しねえ」

「そんなこと言わないで……。私のイチゴ、分けてあげるから」


 そう言いながら。

 秋乃が机に出したもの。


 それこそ。

 小学生向けのお手本通り。



「きゃははははははははははは!!!」

「うはははははははははははは!!! それにイチゴは入ってねえ!」

「え? でも、イチゴの絵が描いてある……」



 まさかの天然。

 さすがもの知らず。


 秋乃が机に出したそれは。




 練乳。




「お、お腹痛い……!」

「それはイチゴにかけるもの!」

「あ、そうなんだ……。じゃあ……」

「うはははははははははははは!!! 俺のいちご煮にかけるんじゃねえ!」



 しょうがねえから。

 いちご煮の練乳がけを食った俺は。


 案の定。


 次の授業で腹痛に襲われることになった。



「…………先生。トイレ行ってきていいか?」

「なんだ。立ちたいんだったらいつものように笑えばいいだろう」

「笑えるかっ!」



 今日はその後、ずっと座ってることになったんだが。


 立ってるよりもつらかった。

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