愛と希望と勇気の日


 ~ 一月十四日(木)

   愛と希望と勇気の日 ~

 愛 VS 希望 VS 勇気




 来週末に開催されるマラソン大会。

 それまで二週間。

 体育の時間はずっとこれ。


「……俺たちには、実に暇な時間」

「きゅ、球技とかじゃなくて嬉しい……」


 体力があって、足も速い。

 でも運動音痴という宝の持ち腐れ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 お前、体育の成績も悪いんだから。

 この走るだけというボーナスステージで。

 稼げるだけ稼いでおくんだぞ?


「女子で一位目指して頑張ってみろよ」

「そ、そうね。クラス一位って聞いて、頑張ってみる気になった……」


 大会の何日か前。

 スタート順のグループ分けをするために。

 予選会をするらしいが。


 この授業が始まると同時に。

 目安として現在の順位を聞いた時の。

 秋乃の喜びようと言ったら。



 ……未だに。

 背中がヒリヒリしてやがる。



 ちきしょう。

 球技は苦手なくせに。

 ほんと走ることについては才能あるな。


 ……いや。

 叩く才能もすげえ。


 世界狙えるぜ。



 さて。

 そんな俺達先頭グループに。


 きけ子が混ざってるのはよく分かる。


 入学してすぐに行った体力測定。

 千五百メートル走で女子一位だったわけだから。

 

 でも。


「ほんと、良くついて来るね。……佐倉さん」

「うんうん。ちょっと色々お話したいなあって……」


 いろいろお話。

 もちろん。


 わざわざ一緒に巻いても噛み切れねえから豚肉と同時に食えないあいつのことだろう。


 しかしあいつの事が好きって。

 一体、どういう心境なんだ?


 秋乃ときけ子と。

 他愛のない話で盛り上がってる佐倉さん。


 こいつの心情を分析してみると。



 一。

 試合を見て、愛情が湧いた。


 二。

 ダメ男だが、それ故の伸びしろに希望を持った。


 三。

 恋愛を、勇気試しかなにかと勘違いしてる。



「…………三、だろうなあ」


 半周遅れ。

 ほんとはそれなり速いくせに。

 最後尾の女子グループに混ざって走るパラガスを見つめながら考える。


 こうして女の子の香りに包まれてる時間が最高だと。

 最低な事を平気で公言するあの男は。


 そのせいで、羊の群れがシープドックから逃げるように走るから。

 うちのクラスの平均タイムが学年平均を遥かに上回ってる事実を知らない。


「ふう! ふう! ……さ、佐倉ちゃん、速いのね! 何部だったっけ?」

「うん。アイドル研究会」

「がちがち文系!?」


 喘ぐきけ子に。

 すまし顔で答える佐倉さんだが。


 趣味のジョギングがアスリートの朝練レベルになってる秋乃と。

 チア部で散々しごかれてるきけ子。


 そんな二人と並んで走れるなんて。

 尋常じゃない。


 パラガスへの愛のなせる業って話で納得できるレベルじゃねえぞこれ?


「アイドル研究会……。何をする部……、なの?」

「うん。もちろん、好きなアイドルを研究するところよ?」

「け、研究……? 研究?」

「うん。……どうしたの?」

「ああ、秋乃がハニワみたいな顔になったのは気にしなくていい」


 絶対今、頭の中で解剖始めたろ。


 こいつに理解させるの。

 俺の仕事かよ。


 めんどくせえから後にしよう。


「アイドル追っかけるのも、東京じゃないとなかなか難しいだろ」

「うんうん。でも、あたしの場合動画見るのがメインだから……」

「そうか。昔、身の回りにいた連中とはずいぶん違うな」

「うん。東京のファンって、どう応援するの?」

「二言目には課金させろって騒ぐのが東京のファン」

「うん?」


 しまった。

 今度は、佐倉さんまでハニワになっちまった。

 

 ……あくまで俺の見解だが。

 男性が女性アイドルに対して金を払うのは。

 自分の欲しいアイテムを手に入れるため。


 それに対して。

 女性が、男性アイドルに対して金を払うのは。

 グッズよりもさらにその先。

 アイドル自身のことを考えているから。


 彼を自分の手でビッグにしよう。

 私が彼の夢を叶えてあげよう。


 グッズが売れれば、次は大きなイベントへ。

 イベントが当たれば、今度はステージへ。


 さすが、子供を直接育てる女性は違うなと。

 感心しつつも呆れかえる現象だ。



 …………と、いうことは。

 ひょっとしたら。



「まさか、理由は二番……?」

「こら保坂! さっきから喋ってばっかじゃねえか! しっかり走れ!」

「おっととと」


 体育の担当は。

 きけ子も黙る、チア部の顧問。


 質実剛健、体育会系バリバリの女性なんだが。

 だからって。


「……なぜ俺たちと一緒に走る」

「正月の餅をな?」

「燃焼中?」

「そういうこった!」

「そんじゃ、女子としゃべる俺の邪魔をすんのは正解だな」

「どういう意味だ?」

「お、お餅を……、燃焼……」

「わっははは! 妬かねえよお前らなんざ!」

「いてえ!」


 こら!

 オチを教えたのは秋乃なんだからそっちを叩け!


 お前が叩いたとこ。

 秋乃が叩いたのと同じ場所なんだよ。

 まだヒリヒリしてるんだから勘弁しろ。


 ちきしょう、なんとか反撃してやりてえが。

 まさか背中を叩き返す訳にもいかねえし……。


「男がピーピー悲鳴上げるな、情けねえ」

「うるせえ」

「それより、ペース速くないか? 三千メートルを十五分で走れって言ったろう」

「トラック、もう五周目か。スタート何分だったっけ」

「…………あれ? 確か、二十……、あれ?」

「おいこら」


 お?

 これ、チャンスなんじゃねえの?


 二十八分スタートで。

 四十三分になる頃、トラック七周半。

 そんなペースを目指してるわけなんだが。


 上手いこと騙して。

 みんなを楽させてやろう。 


「確か……、二十……」

「先生、ルート10は?」

「おい、邪魔をするな」

「気になっちまってさ。確か、ひとまるは……、あれ?」

「みいろにならびしちならびろくならびだ」

「ああ、そうそう『みい』だな、『みい』……で? スタートしたのは?」

「…………三十一分だったか、確か」


 よし。

 きけ子と似たような脳の持ち主。

 すげえちょろい。


「お前ら、ペース早い! 速度ダウン!」


 先生の指示により。

 半周位遅れた最後尾が、ほっと肩の力を抜く。


 そして俺たちと言えば。

 速足くらいのペース。


 三分も稼がせてもらったんだ。

 このままのんびりゴールしよう。


 時蕎麦作戦。

 大成功!



「……みいろ?」


 そんなのんびりペースに。

 首をひねった秋乃も。


 好奇心には勝てなかったようで。


 俺の作戦に気付きながらも。

 語呂覚えの方を優先したようだ。


「ルート10の覚え方だよ」

「ル、ルート10は、3.16227766016838……」

「こら、普通に暗唱できるお前と一般人を一緒にするな」

「暗唱じゃなくて、頭の中で計算中……」

「もっと上かい」


 どうなってんだよお前の頭。


「普通の奴は、語呂で覚えるんだよ。ひとまるは……」

「十?」

「そう。次から、みいろ」

「3.16」

「次が、にならび」

「27……、ら?」

「ちげえよ。二が並んでるから……」

「にならび! ……にならび!」


 そこまで楽しい?

 はしゃぐ秋乃が、目を丸くさせて。


 先生の顔を覗き込んで。

 苦笑いさせていると……。


「……ん? にならび? ……二十二分?」

「げ」

「そうだ、騙されるとこだった! 二十二分スタートじゃねえか!」


 ちげえよ!

 そう突っ込みてえところだが。


 今更、ほんとは二十八分じゃねえかなんて言ったら。

 三十一分に誘導したことがバレちまう!


「全員! 全力ダッシュ!」

「まじかああああ!!!」


 そして怒涛のトラック二周全力疾走。

 ゴールしたクラスの皆が死屍累々。


「ぜえっ! ぜえっ! ……お、お前のせいで……」

「えっと……、大丈夫?」

「ぜえっ! ち、ちきしょう……。寝転がってるのに、立ってるより辛い……」

「ごめんね? でも私、早く終わらせたくて……」

「うはははははははははははは!!! わざとかよ!」

「た、立哉君と同じ作戦……、成功の巻」


 やれやれ。

 そいつはやられた。


 やっぱり、一番の天才はこいつだったか。



 ……でも。

 いくら本番じゃないと言っても。


 きけ子より先にゴールに入った佐倉さん。

 なんでお前はそんなに体力あるんだ?



 謎ばっかりのこの人。

 やっぱり。


 変な属性持ってやがったな。

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