ピース記念日
~ 一月十三日(水) ピース記念日 ~
甲斐 VS パラガス
「くっそう! 今のファールだファール!」
「言いがかりだよ~! ぷぷっ! フィジカルよわ~!」
「なんだとてめえ!」
「お? やるか~!」
「もう一本だこの野郎!」
昼休みの体育館名物。
甲斐とパラガスの1on1。
思えば、半年くらい前は。
甲斐のウォーミングアップでしかなかったこの勝負。
「……すげえよな」
「うん」
二学期を毎日費やして。
冬休みを経て。
甲斐は下手になったわけじゃない。
むしろ上手くなっている。
だというのに。
比肩とまではいかないものの。
「よっしゃブロック~!」
「くそっ! 調子いいな今日は!」
「へへ~! 冬休みの特訓の成果~!」
パラガスが。
甲斐とそれなりいい勝負を繰り広げるまでに成長していた。
「……すげえよな」
「うん」
まあ。
どれだけ成長したところで。
「どんな特訓したんだよお前」
「
中身は変わりゃしねえけど。
「…………ある意味すげえよな」
「……うん。ブレない」
ここで、きけ子がスポーツドリンク持って入って来たのを見て。
二人が休憩し始めたから。
俺たちも話の輪に混ざりに行くと。
出迎えてくれたのは。
頭を抱えた甲斐の。
ムンクが書いたような顔だった。
「オタ芸……、だと? 俺は、何に負けたんだ?」
「あ~! お前、地下アイドルファンバカにしたな~?」
「いや、まあ……、そうだな。失礼だった」
「すげえんだぞ皆さん~! こんな低い姿勢維持したまま根性入れて踊る時、どんな思いでいるか分かってんのか~!?」
「だから悪かったって。心から反省して……」
「アイドルのパンツ見放題~!」
「やっぱ納得いかねえなこの野郎!」
いつものゲスな発言に甲斐が噛みついて。
すぐに再試合となったんだが……。
「くそっ! このやろう!」
「ほほ~い! アマテラスフェイントからのサンダースネイクシュート~!」
いやはや。
やっぱ、緑黄色野菜野郎が勝つのは俺も納得いかねえ。
さすがに甲斐だけを応援したくなってきた。
「それにしても、あいつら日に日に仲悪くなってねえか?」
「やっぱそう思う? でも、勝負してない時は仲いいんだよねー」
「う、うん。前より仲良くなった感じ……、ね?」
「あんたたちも前より仲良くなってるように見えるけど?」
そんなきけ子の突っ込みに。
いつものように慌てるわたわた女。
「……いてえ」
壁に立てかけてあった竹刀で。
距離を取ってますわよアピールはいいんだが。
刺さってるわ、ほっぺたに。
「ほんとに付き合ってないの?」
「突き合ってねえぞ?」
よく見ろ。
一方的に突かれてるだけだ。
そして偶然か狙ってるのか分からんが。
そこは歯ブラシのせいでヒリヒリしてる場所。
いい加減にしろと文句を言いかけたその時。
「あ、でも……、お付き合いした……、かも」
「なに言ってんの!? 付き合ってねえだろ!」
「立哉君じゃなくて」
「……え? ………………え?」
「立哉君じゃなくて」
「だだだ、だれと?」
「立哉君のお父様とお付き合い」
「「ふんぎゃあああああああ!?」」
あまりの衝撃に。
俺ときけ子はダリが書いたふにゃふにゃな体になって床に崩れ落ちると。
秋乃は竹刀をぶんと振り。
「お餅。ぺったん」
「「うはははははははははははは!!!」」
心臓に悪いネタで。
俺たちをさらにとろけさせた。
ぐったり床と一体化。
お尻を突き上げて両手を投げ出したまま脱力する俺ときけ子。
そんな姿が楽しかったのか。
くすくすと、可愛らしい笑い声が聞こえたから。
床に張り付いたアゴをびろんと伸ばしながら。
きけ子と同時に顔を上げてみれば。
「あれ? 佐倉さん?」
「うん。……床、冷たくない?」
うちのクラスの清楚系代表。
いや、ナチュラルボーン地味系女子。
長めのスカートの裾をきっちりと押さえながら。
俺たちを見下ろして、くすくすと笑っていた。
べっ甲眼鏡にかかる前髪で。
顔の輪郭をしっかり目に隠して。
後ろ髪は二つの三つ編みにしてる佐倉さん。
失礼な言い方だが。
話しかけやすい地味な見た目なんだけど。
……どういう訳か苦手なんだよな、この人。
俺はろくに話したことねえけど。
そこは女子同士。
きけ子と秋乃が。
自然に話しかけているが。
おかしな奴ばっかり集めたこのクラス。
絶対こいつもおかしな感性持ってるはずなんだ。
……なーんて正直に言ったら。
また磔にされそうだから黙っていよう。
「珍しいね、佐倉ちゃんが体育館なんて」
「うんうん。あのね? お姉ちゃんに誘われて、ウィンターカップの予選見に行ったの」
「へ? なんだ、会場来てたんだ」
「うん。それで、一発でファンになっちゃって! ここで練習してるって聞いたから見に来ちゃった! うんうん!」
そう言いながら、甲斐たちを指差す佐倉さんがぺろりと舌を出すのに合わせて。
きけ子が嬉しそうにはしゃぎ出した。
……もちろん甲斐ときけ子は。
ほぼ全校で公認のカップル。
佐倉さんが知らないはずはない。
そんな彼氏の事を褒められて。
普通の女の子なら、照れるか謙遜するかってところだろうが。
俺は。
きけ子のこういうところを尊敬してる。
「ちょー嬉しい! きっとあいつも喜ぶよん! 声かけてやってよ、今日は負けっぱなしでへこんでるだろうから!」
「うん!」
彼氏を褒められて。
嫌味も無く手放しで喜べる女。
甲斐も、きけ子のこういうところに惚れてるんだろうな。
……あごの汗を肩口で拭う仕草も色っぽい。
精悍なマスクの甲斐。
彼女持ちなのにファンクラブまであるイケメンに。
佐倉さんは、嬉しそうに手を振りながら。
顔に似合わぬ、張りのある声をかけた。
「長野くーん! 頑張ってー!」
……佐倉さん。
ファンになったんなら名前ぐらい覚えろ。
そいつは甲斐だ。
しかも何を勘違いしたのか。
パラガスが関係ないのにピースしてヘラヘラしてやがる。
ばか野郎。
お前の名前はパラガスだろうが。
聞き違いにもほどがある。
「ねえ、立哉君。長野なんて選手、バスケ部にいた?」
「先輩全部は把握してねえけどいるんだろうな、じゃなきゃ勘違いしようがねえ。おい、夏木。お前なら知って……? どうした?」
一体、何がどうしたのやら。
きけ子が、ピカソ作の姿かたちになって固まっちまったけど。
「おい。ほんとどうしたんだよ」
肩を揺すっても。
頬をつねっても。
ピカソはピクリとも動かねえ。
仕方がないから。
俺たちは佐倉さんを放置して。
きけ子を担いで教室に戻った。
……その三十分後。
授業中、パラガスが名指しで先生に叱られた瞬間。
俺と秋乃は。
がたっと椅子を鳴らして立ち上がったまま。
ピカソになった。
「…………誰か、そこの二人を廊下に捨てて来い」
「じゃあ~。俺が捨ててきます~」
「逃げようとするな長野。お前は授業中に水着グラビアなんか見てた罰だ。二人の横に水着で立っとれ」
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