桜島の日


 世の中には。

 大人の言葉には。



 矛盾がある。



 『君子危うきに近寄らず』と叱るくせに。

 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』と尻を蹴る。


 『善は急げ』と優柔不断を責めるくせに。

 『急がば回れ』と自分の怠惰を肯定する。


 二律背反にりつはいはん


 どちらの言葉も金言でありつつ。

 こうして並べるとお互いを打ち消し合う。


 小さなころ。

 この矛盾に気付いたとき。


 大人になったらどちらが正しいか判断がつくものと思っていた。



 でも、この年齢になって。

 真実に気づく。


 大人だって答えを知らず。

 必要な時に便利な言葉を使うだけ。



 だから、矛盾という言葉を。

 つじつまが合わないという意味で使うのは。

 あまり好きじゃない。


 矛盾という言葉の、ほんとの意味は。

 試してみれば答えが出るのに。

 やろうとしないってこと。



 ……矛が勝つか、盾が勝つか。

 じゃあ、試してみようか。

 答えを出すために。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第9笑


 =友達と、

  どっちが勝つか考えてみよう!=




 ~ 一月十二日(火) 桜島の日 ~

 先生の威厳 VS 怒れる民衆




 夏休みボケに匹敵する。

 正月ボケ。


 誰もが寝ぼけまなこで迎える三学期の開始日。

 俺も、いつも通りとはいかないままベッドからのっそりと起き上がる。


 そして。


 ぼーっとしたまま階段を降りて。

 ぼーっとしたまま洗面所に向かって。


 ぼーっとしたまま歯磨き粉を手の平に出したところでギャッと声を上げると。


 ぼーっとしたままお隣りで鏡に向かっていた凜々花が。

 俺の叫び声のおかげで、自分の歯ブラシに出していたものが洗顔フォームだと気づいたんだが。


 まだちょっと。

 ぼーっとしたままだったんだろう。


 ブラシで顔をこすり始めた。



 ……1914年。

 たった百年前の日本地図には。

 俺たちの知らない島があった。


 未来永劫変わらないと思っていた桜島が。

 大隅半島と、まだ繋がっていなかったんだ。


 そんな大きな噴火があった日。

 一月十二日。



 何かが起こりそうな。

 嫌な予感がする。



「おはよ……。学校……、行こう?」


 家の前。

 体の正面で、両手で鞄の取っ手を握る長髪の美人さん。


 俺が出るまで、寒空の中を待っていたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの

 

 ……どうにも。

 嫌な予感が止まらねえ。


「ねえ」

「ん」


 なんだろう、この予感。

 肌がひりつくような空気。

 とめどない胸騒ぎ。


「……ねえ、聞いても、いい?」

「ん」

「顔に、擦り傷みたいなのが出来てるけど、なんでそんな痕が出来たの?」

「好奇心」



 俺は、ひりつく肌と嫌な予感に顔をしかめながら。

 言葉少なく。

 秋乃と共に、始業式へと向かった。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「……というわけで、主将の田沼君率いる我が校の剣道部は……」


 早速予感的中。

 いや、これは想定の範囲内か。


 学校名物。

 校長の長い長い話。


 この寒空に。

 具合を悪くするやつが、もう五人ほど校舎内に入って行ったんだ。


 そろそろ終わりにしてくれ。



 壇上で、メダルを首から提げた主将の田沼君の名前も。

 すでに八回目の登場。


 名前を呼ばれる都度、恥ずかしそうにしていたのが。

 既に申し訳なさそうな顔になってやがる。


 あんたのせいじゃねえから気にすんな。

 その隣で、あんたの肩を気安く叩くおっさんのせいだから。


 剣道部が大会で優勝したらしく。

 またどえらくでかいオブジェが朝礼台の横に飾られている。


 竹刀がクロスした木製らしきオブジェ。

 見上げるほどもあるサイズの代物を。

 どうやって校舎に入れる気だろう。


「いやあ、なげえな、話」

「ほんとよん! ねえねえ、福笑いの時に思ったんだけどさ」

「急だな。なんだよ」


 背の順なんてルールはどこへやら。

 すぐそばに立ってたきけ子が。

 俺の独り言をきっかけに話しかけて来た。


「舞浜ちゃん、なんで年始に保坂ちゃんとこで遊んでたの? やっぱ付き合ってる?」

「バカ言うな。付き合ってねえ」


 途端にざわつく近隣諸国。

 今にも国境を越えて胸倉をつかんできそう。


 なんでもかんでも恋バナにすんな。

 みろよ、秋乃が極限までわたわたして砂埃が上がってんじゃねえか。


「妹同士が仲いいから、こいつはオマケでついてきただけだ」

「ほんとに?」

「ほんと」


 そう返事はしたものの。

 周辺諸国からの冷たい視線と舌打ちは止まらない。


 何とか話題を逸らさねえと。


「……あんな竹刀の置物どこに置いておくんだろうな」

「きゃはは! 確かに! ……下駄箱んとこ?」

「あんなの置いたら掲示板が読めん」

「あたし、読んだこと無いけど」

「読め」


 上手いこと誘導完了。

 やっぱちょろい女だ。


 だが、気を許し過ぎた。

 朝から胸騒ぎがしてたのに。


 ふと、きけ子の後ろにいた秋乃に。

 ちょろい球を投げちまった。


「あれ、どこに置くといい?」

「ゴルゴダの丘」

「うはははははははははははは!!! 斜めに置くんじゃねえ!」


 ちょうど竹刀が直角に交わってるからな!

 なんて笑ってる場合じゃねえ!


 先生が、今にも噴火しそうな顔で手招きしてるじゃねえか。

 まったく、新学期早々……!



 悪い予感。

 やっぱり的中。


 校長の長話に飽きた連中が。

 揃って、オブジェの前に立たされた俺を見て笑ってる。


 いつまでも、毎日のように。

 こうして俺は立たされて。



 俺に変化は訪れないって言うのか?



 そんな自分の身の上に。

 ため息をついたその時。


 ……突風が吹いて。

 オブジェがぐらりと倒れて来たからさあ大変。


「うおっ!?」


 間一髪。

 何人かの先生と共にオブジェを支えて。

 何とか倒れるのを阻止できたが。


 胸騒ぎの原因は。

 こっちでは無かったようだ。



「だ、大丈夫? 立哉君!」



 …………そう。

 忘れていた。


 クリスマスから先。

 俺に、変化があったことを。



「「「名前呼びだああああ!?」」」



「ち、ちげえ!」

「うるせえ黙れこの野郎!」

「付き合ってねえとか言ってたくせに!」

「とうとう付き合いだしたのか!」

「あたし、アキノン狙ってたのに!」

「ここを貴様のゴルゴダの丘にしてくれる!」

「落ち着けお前ら! あと一人、ちょっとはジェンダー考えていたたたた!!!」


 制止しようとする先生たちの怒号。

 だがそんなものが役に立つはずもなく。


 怒れる民衆による暴動は。

 俺を取り巻きながら大噴火。



 結果、秋乃のネタが真実になって。

 俺を縛り上げた十字架が。


 校庭の隅に設置されることになった。



「これ! 現在進行形で校内で発生してる暴力だと俺は思うんだが!」

「すまんな保坂。さっきの噴火で、そこは学校から離れて私有地になった」

「納得できるか!」

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