終の魔女と最後の魔法

@osenbey11

第1話

魔女はすごい。

炎を操ったり、物を浮かせたり、動物と会話したり。雨を降らせて日照りに苦しむ村を救ったとか、疫病を沈めたとか、燃料をくべなくてもひとりでに燃え続ける火を作ったなんて逸話もある。

400年前、「始まりの魔女」が現れて以降、にわかには信じられないような話が、世界のあちこちに伝えられている。数多ある伝説の、そのどれもが本当かどうかまではわからないけれど、普通の人にはできないようなことができるということだけは間違いない。

現に、『魔女日記』のことがある。

始まりの魔女が書いたとされるそれには、彼女自身が生み出した1000を超える魔法の数々と、新しい魔女の出現とか、特定の魔法が強くなったり、使えるようになるタイミングとか(星の位置なんかが関係している、らしい)魔女の歴史の終わりなんてことまで、執筆時から400年以上もの間に起こる、魔法に関する大きな事柄や、それがいつ起こるのかが書かれている。始まりの魔女が予言した年に魔女は現れたし、それまでどの魔女が試しても使えなかった魔法が、予言された通りの年に使えるようになったりした。これまで、魔女日記に記されていたことが外れたことはない。


魔女はすごい。

魔女日記と、魔女たちがメディアで見せる魔法の数々が、世界中のほとんどの人に、そう思わせている。約400年も先のことを言い当てたり、火や水を操ったり、動物と話せたり、それならどんなことだってできてしまうんじゃないかと思ってしまうくらい、魔女はすごい。


だから、みんなが期待する。

「もし自分も魔法が使えたら」

「魔女に会えたら、○○をしてほしい」


だけど、かなえたい願いがあるなら、魔法には頼らない方がいい。


世界はきっと、魔女を勘違いしていた。


◇◇◇◇

クラスメイトの赤星葉月は、正真正銘の魔女だった。

同じ学校に魔女がいる、というのは、多くの高校生にとってあまりに刺激的すぎた。

入試で彼女を見た受験生たちからか、受験校を知る中学の同級生たちからか、うちの高校にいるという噂はどんどん広まり、入学前から学校中の注目の的だった。

僕だって、興味が全くなかったと言えば、嘘になる。

世界に何人もいない魔女が、同じ学校の同じ学年、しかも同じクラスにいるというのだから、無関心でいることなんて、無理な話だ。

だけど、1年C組のクラスメイト達だけならともかく、他のクラスの生徒や2年、3年の先輩たちまでもが彼女を観に教室に押し寄せてくるような状況で、席が近いわけでもない同級生に話しかけることは、なかなか難しいように思えた。

それに、もし仮に周りの目がそうでなかったとしたって、こちらから彼女と積極的に交流を持とうとすることは、僕にとってはハードルが高かったかもしれない。実際、社交的な方ではなく、同性の友達すらそう多くはない僕には、「魔法をやって見せて」なんて耳にタコができるほど言われ慣れているはずの相手に、嫌な思いをさせず魔法について話を聴く方法なんて、正直言って見当もつかない。

だから、僕が彼女と関わりをもったのは、本当に偶然のことだった。


◇◇◇◇

「ほあっっ!」

間の抜けた掛け声とともに、ロウソクに灯がともる。ゆらゆらと揺れる小さなオレンジ色の火は、今にも消えてしまいそうなほど弱弱しい。ロウソクの向こうにいる女子生徒が、火照った顔をさらに赤くさせていくのを見て、僕はノックをせずに理科室のドアを開けたことを後悔した。外から人がいるのはわからなかったとはいえ、暗幕が使われている時点で、誰かがいることは想定しておくべきだった。

「……こんにちは?」赤星葉月が、恥ずかしそうな表情で言う。動揺のせいか、語尾が上がって疑問形みたいになっている。

「…こんにちは?」僕までつられてしまった。動揺はうつりやすい。

ヘンテコなあいさつのやりとりが可笑しかったのだろうか、少し間をおいて、彼女がふふっと笑った。

「えっと、魔法の特訓してたんだ。ごめんね、びっくりさせちゃって。横森君はどうしたの?」

「教科書置き忘れたっぽくて、探しに。こっちこそ邪魔しちゃってごめん、すぐ出るよ」

「ううん、邪魔なんかじゃないよ、ちょっと恥ずかしかったけど」照れくさそうにこちらを見ながら、彼女が続ける。

「なんか、いつもどおりって感じだね」

「いつもどおり?」彼女と教室で話したことはほとんどないけれど、ここまでの会話でいつもどおり、とはどういうことだろう。彼女の中で僕は、語尾が上がるキャラなんて位置づけでもされているのだろうか。

「笑ったり、がっかりしたりしないんだって思って」

「声は確かにびっくりしたけど、がっかりって?」

「火、こんなだし……」ロウソクの火を指さしながら、彼女が力なく笑う。

「目の前で魔法を見られたのに、がっかりする人なんているの?」

彼女は面食らったような顔をしている。

「……ホントに?ホントにそう思う?」

「うん。だって道具も使わずに火をつけられる人なんて赤星さんくらいでしょ、すごいと思う」

「横森君って案外……なんか照れるな、ありがと」

そんなことを言われると、こっちまで照れてしまいそうになる。

「いや、別に」だから、ちょっと横を向いて、そっけない返事をする。


「横森君は、この後なにか用事とかある?」

「いや、特にはないよ」

「お、やった。じゃあさ、よかったらでいいんだけど、特訓、手伝ってくれない?」

「いいの?」いちいち言葉にはしなかったけれど、二つの意味で聞いた。誰かに見られてもいいの?という意味と、特訓の相手は僕でいいの?という意味。

「いいよ、っていうか、手伝ってくれるならうれしい。今年中にやりたいことがあって、誰かに協力してもらたえたらなぁって思うことけっこうあるんだけど、うまくなる前の魔法見せるのって恥ずかしくて。それで理科室を借りて、暗幕も下ろしてやってるんだ。横森君にはもう見られちゃったし、せっかくだからお願いしちゃえっっ、てことで……嫌かな?」

 二つ目の意味は伝わっていないような気がしたけれど、彼女がいいというのだから、特に断る理由もない。

「赤星さんがいいのなら、いいよ。何をすればいい?」

「よかった!じゃあこれで動画撮ってもらっていい?」そう言って彼女は、タブレットを差し出してきた。 

「これ、学校のやつ?」

「そう。夏目先生に借りたんだ。自分でどうにか撮ろうとしたんだけど、うまく撮れなくて」

「何をどんなふうに撮ればいい?」

「私がこれからまた魔法を使うから、正面から私とロウソクが一緒に映るように撮ってくれる?」そういうと、彼女はロウソクの火を吹き消した。

「オッケー」僕は預かったタブレットのカメラを起動させて、右手で彼女の方に向ける。

「いつでもいいよ。赤星さんの準備ができたら教えて」

「こっちもオッケー、3カウントでおねがい」

「じゃあ撮るよ、3、2、1」左手を振り下ろして、撮影開始を合図する。

タブレット越しの彼女は目を閉じて、祈るように両手を組んだ。1つ、2つ、3つ……同じ姿勢のまま、少しの時間が過ぎる。つぶられた瞼に、力が入っているのがわかる。教室で「魔法を見せて」とせがむ人たちに、彼女はよく簡単に、髪の色を一瞬で変えて見せたりしているけれど、魔法によって疲労感が違うのだろうか。

 彼女が目を開き、指をほどいた。少し色素の薄い茶色がかった目は、真剣そのものというまなざしには力が宿っている。

「ほっっ!!」

ロウソクに火がともる。心なしか、さっきよりも少し火が大きくて明るい、ような気がする。

「ありがと、一回止めていいよ」そう言いながら、彼女がこちらに向かってくる。

「この動画、どうするの?」

「もちろん、見るよ。運動部の人とかがフォーム確認とかで動画撮ったりするでしょ、あれと一緒」

「魔法にもフォームとかあるの?」

「うーん、フォームっていうか、なんていうのかな、魔力の流れみたいなものを確認するの」

「魔力の流れ?」

「そう。普通にやっても目には見えないものなんだけど、カメラで撮って……まあ見てて」

そう言うと、彼女は画面の上の空気を撫でるように、右手を横切らせた。

「じゃあ、いくよ」そう言って、彼女は再生マークをタップした。

さっき撮ったばかりの動画が再生される。隣にいる彼女が、画面内で目をつぶる。ここまでは、特に普通の動画と変わらない。

 動画の中で祈るようなポーズをとる。1つ、2つ、3つ……つい今しがた目にしたものと変わらない動きのほかに、さっきは見えなかった何かが、画面に見え始めた。

 「これが魔力?」組んだ手の上にきらめき、ゆらゆらと形を変えるオレンジ色の球体を指して、彼女に尋ねる。

「うん」

『ほっっ!!』球体が収縮して、ロウソクの方へ勢いよく飛び、オレンジ色の火をつけた。

「すごいね、魔力なんて初めて見たけど、なんていうかこう、すごくきれいだ。オレンジ色なんだね」不思議な色合いと光沢を蓄えているそれは、タブレットの動画でも、十分すぎるほど綺麗に、魅力的に見えた。これが目の前で、肉眼で見えたなら、どんなに良かっただろう。

「ありがと。色は使う魔法によって違ったりするよ。人によっても違うらしいけど、私はほかの魔女に会ったことないから、詳しいことはわかんない。でもまだぶれっぶれだね~、もっとうまくなってくると、きれいなで安定したボールみたいになるんだけど」

「違うの色もあるんだ、他の魔法の動画とかってあるの?」

「あるよ、お母さんに撮ってもらったやつとか……見る?」

「いいの?」

「もちろん、あ、でも私のスマホの中だけど…ちょっとくらい、いいよね」校則では一応、校内でのスマホの使用は禁止ということになってはいる。だけど、授業中でなければ、使っている生徒は多く、先生たちもいちいち咎めない。


それから僕は、いくつかの魔法を見せてもらった。彼女の言う通り、青、黄色、緑、白など、魔力の色はたくさんあり、そのどれもがとてもきれいに輝いていた。

動画を見せてもらった後は、ロウソクに火をつける魔法の特訓に付き合った。その日は、結局、彼女自身が満足するような出来にはならなかったけれど、ゆらゆらときらめく魔法の玉も、オレンジ色の火も、僕は十分きれいだと思った。

「今日はありがとう、手伝ってくれて」

「こちらこそありがとう、すごく刺激的で楽しかったよ」僕も正直に感想を伝える。

「ホント?ならよかった」そう言って、彼女は嬉しそうにほほえみ、続けた。

「もしよかったら、一つお願いがあるんだけど」

「なに?」

「暇なとき、もしよかったら、たまに、でいいんだけど、また手伝ってくれる?」

「いいの?」

「うん、そうしてくれたらうれしい」

それから僕はときどき、「今年いっぱい、暇なとき」という条件付きで、彼女の魔法の特訓に付き合うようになった。彼女と話すことが増えたのは、それからだ。

僕らは、オレンジの火をつける魔法のほかに、水を操る魔法とか、砂を固める魔法、忘れ物を思い出す魔法や、まつ毛の長さを変える魔法なんてのも試した。

僕は撮影係だったり、荷物を運ぶ手伝いをしたり、時には魔法をかけられる側の役割もやった。言いようによっては雑用係とか、実験台とか、便利に使われるだけというとらえ方もできるかもしれないけれど、彼女からは一切、悪意とか、相手を軽んじるような後ろ暗い気持ちは感じなかったし、何より僕自身、魔法の特訓の時間は、とても楽しかった。


◇◇◇◇

早めにセットしておいたアラームが、朝の訪れを告げる。温かい恰好をして寝ているとはいえ、暖房をつけていない部屋は、しんしんと冷える。

「各地で今シーズン1番の冷え込みになる」とおじさんもお姉さんも、天気予報で口をそろえて言っていたが、納得の寒さだ。予報通りなら、外は一面雪景色かもしれない。

こんなとき、布団の包容力はほとんど反則だと思う。カーテンを開けて外の景色を確かめることすら億劫だ。今日から学校も休みなのだから、本来ならもう少しそのぬくもりに身を委ねていたいところだが、約束がある以上、そういうわけにもいかないので、ベッドを出て準備をする。


リビングに降り、すでに起きてトーストを食べていた母とあいさつを交わす。今日も母の「おはよう」という声は緩んでいて、表情はニヤニヤしている。

今日友達と出かけるということを言ったときから、どうやら重大な勘違いをしている。たしかに、女子と、二人で、12月24日に、といういかにもデートみたいな条件がそろっているけれど、魔法の特訓と、それに必要なものを手に入れるための外出だと聞いている。僕らの予定はいつも、魔法を練習する彼女の方が立てて、メッセージアプリで提案してくる。僕は特に予定がなければ、彼女のプランに乗る。こちらから提案したりすることは基本的にない。

魔女ではない僕には魔法の特訓のことはわからないし、これが一番合理的だ。

あれから僕は、多い時で週2、3回くらい彼女の特訓に付き合っている。

お互いの名字を呼び捨てし合う程度には親しくなったけれど、教室でも一緒にいるわけではないし、方向も違うから一緒に帰ったりもしない。特訓しているところを他の人にあまり知られたくないという彼女の希望で、特訓のことや、この関係のことは、お互いが普段一緒にいる友達にさえ、話してもいない。

僕らの関係に名前を付けるなら、「特訓のパートナー」とか、「秘密の共犯者」というのがせいぜいだ。その関係だって、最初の約束通り、もう間もなく終わる。

手をつないでショッピングを楽しむとか、おしゃれなレストランで夕食を楽しむとか、観覧車から夜景を望むとか、そういうロマンチックな、デートめいたことは起こらない。



◇◇◇◇

「横森ってさ、ちょっとヘンだよね」公園で魔法の練習をしたあと、近くのファミレスでランチをしているときに、赤星が言った。

「ヘン?」

「うん、最初の頃、『魔法見せて』ってわたしのところに寄ってこなかったの、クラスで横森だけだよ」

「いや、あんまり人に頼まれてるもんだから、辟易してるかな、と思って」

「そういうとことか」

「ヘンかな?」

「うん、私は別に嫌じゃなかったけど、魔法やってみて、とか、私の将来占って、とか言ってくる子、たくさんいたよ。横森みたいなスタンスの人って、同世代だとあんまりいなかった。わたしだって、逆の立場だったら興味津々だったと思うな」

「僕も興味がなかったわけじゃないけどね」

「そういえばそうだね、初めて理科室で見られたとき、目、キラキラさせてた」

「やめて、なんか恥ずかしい。すごいと思ったんだからしょうがないじゃん」

「そういうとこもあるよね」彼女が鼻をこすりながら言う。

「そういうとこって?」

「ほら、なんていうか……人が照れるようなこと平気で言うよね」

「そうかな?すごいものをすごいって言ってるだけなんだけど」

「そういうとこね」

「さっきから『そういうとこ』多くない?」

「そういうとこばっかだからだよ」

赤星と話していると、なんだか自分がちょっと魅力的な人になったみたいな気分になる。もちろん、彼女と話すことによって僕がそうなるわけじゃないけれど、彼女は人をそういう気分にさせる。魔法なんか使わなくたって、人の美点を見つけることに関しては、彼女はピカイチだと思う。恥ずかしがって「そういうとこ」を、相手に伝えられない僕に、「人が照れるようなこと平気で言う」ところがあるのかどうかは、だいぶ怪しいけれど。

「特訓に付き合ってくれたのだって、だいぶ変わってると思うな、私は」

「そうかな、魔法を間近で見られる機会逃がす人なんてそんなにいないんじゃない?それこそ、僕以外のクラスメイトみんなが寄ってくるくらいだったんだから」

「大体の人は最初の方だけだよ。何回か見たら『こんなもんか』って満足する。みんな魔女はすごいって思ってるから、期待も高いしね。理科室のあの火みたいなしょっぱい魔法みたらがっかりする人だって多いと思う。」

「目をキラキラさせた僕はヘンな奴ってこと?」

「そうだよ」彼女はふふっと笑いながら言い、続けた。

「もうすぐ魔法が使えなくなる魔女の特訓を手伝うなんて、やっぱりちょっとヘンだよ」


魔女日記には、魔女の終わりに関する記述がある。408年後のことを記すページだ。「その年が終わるころ、最後の魔女から魔法が失われる」、執筆から408年後というと、それはつまり、今年にあたる。日記の予言が正しければ、赤星葉月は今年の終わりごろ、魔法を失う。僕は魔法がみられるなら別にどうでもいいと思っていたけれど、これまで外れたことのないそれが語る未来は、ほとんど真実だと信じていいというのが、多くの人の意見だった。


「…わかんないじゃん」今は例の記述を、寂しいと思う。間違いであってほしいと思う。

「わかるよ」

「……」

「横森はさ、もしも1個だけお願いが叶うとしたら、どんなお願いをする?」

「…お願い?」

「クリスマスだし、いつも付き合ってくれたお礼に何かしたいなって思って。サンタさんじゃないし、高いものはあげられないけど、ほら、わたし魔女だし」今はね、と彼女は茶目っ気たっぷりに笑う。

「お願い……」思いつくものはあった。だけど、それを伝えていいものか悩んで、考えるふりをした。

「もう一度、あのオレンジ色の火がみたいな」

◇◇◇◇

「じゃあ、いくよ」

彼女が目を閉じて、祈るように目を合わせる。見慣れた光景だけど、ここは理科室じゃない。あのときロウソク以外はそうしていたように、燃え移りそうなものを遠ざけられる、公園のグランドに来た。砂だけの殺風景な足元も、窓のない広い空間も、あの時とは違う。

暗幕はないけれど、冬の日暮れは早くて、あたりは既に薄暗い。

彼女が目を開き、手を広げると、オレンジ色の火が宙に浮かんだ。あのときみたいにきらめいていて、あたたかで、だけど輪郭はしっかりしている。この半年間の努力の成果だ。彼女の火はもう、ゆらゆらと不安定ではないし、ロウソクがなくても火を保っていられる。それからしばらくの間、赤星は僕にその日を見せてくれた。

「ありがとう。やっぱりすごいよ、赤星は」

「ううん、こちらこそありがとう、たくさん手伝ってくれて。年末はどうするの?」

「28日から帰省する予定」

「そっか、わたしも27までは用事があるから、横森に見せられるのは今日で終わりかな。最後に喜んでもらえてよかった」

用事があるなら、仕方ない。仕方ないけど、本当にこのまま「最後」にしてしまってもいいのだろうか。

「「あのさ」」声が重なる。僕らは目を見合わせて、思わずふふっと笑った。

「最後にもう一つだけ、お願いがあるんだけど、いい?」赤星が手のひらで「どうぞ」といったので、僕は続けた。

「暇なとき、たまに、でいいんだけど、来年も、また一緒に何かしたいんだけど……嫌かな?」精一杯の勇気を振り絞って、本当のお願いを伝える。

「……いいの?」

「そうしてくれたらうれしい」

「わたし、魔女じゃなくなってるけど」

「いいよ、それにそっちはまだわかんないし」

「じゃあ、わたしからももうひとつだけお願い」

「なに?」

「来年もよろしくね、横森」


◇◇◇◇


世界から魔女が消えてから、明日でちょうど1年になる。

テレビの特集を見て、もうそんな時期かと思う。去年の今頃は、どこの局でも魔女関連のニュースが報道され、SNSやインターネットには、新しい魔女の目撃情報や、最後の魔女の魔力消失に関する陰謀論など、突拍子もない内容が書き込まれていた。あのころその話題はかなりホットなテーマだったけれど、特集を見て「久しぶりだな」と思うくらいには、今はそうでもない。

魔女がいなくても、交通機関は止まらないし、電子機器が使えなくなったりもしない。学校だって会社だって平常運転で、世界はそれほど変わらず回っている。

それはきっと、悪いことではないのだろう。

 

魔女日記の記す通り、世界最後の魔女、赤星葉月の魔力は、あの年を境に消えた。彼女はもう、道具を使わずに火をつけられないし、撮ってあった動画で目に見えない魔力を見せたりできないし、クラスメイトの前でやって見せていたみたいに、髪の色を自由に変えたりできない。

だけど、魔女から魔力が消えたからって、魔法が使えなくなるかというと、それは怪しい。世界は魔女を勘違いしていたと思う。

だって彼女は、やっぱり人気者で、その周りには人がいて、「秘密の共犯者」だった僕と彼女のつながりは今でもあって、毎日がとても楽しい。


何かかなえたい願いがあるなら、魔法には頼らない方がいい。

確かに、魔女には普通の人にはできないことができるけれど、彼女たちだって人間だ。

最後に魔法とは全然関係のない、本当のお願いを伝えられたからこそ、今の僕らがある。


だけどやっぱり、魔女はすごい。「元」がついたってすごい。

もう魔女なんていないというのに、僕はまだ、魔法にかけられている。

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