第26話 討伐
たどってきた光の粒は、王都からさほど遠くない小さな森の入り口あたりで途切れていた。
これ以上は気づかれる恐れがあったから目印を置くのをやめたか、あるいは単純に無くなったか。
いずれにしろ、この森の中にアジトがあると見て間違いないだろう。
「どうしますか団長。これ以上目印はなさそうですけど。ほかの団員を待ちますか」
声をひそめたライアスの問いに、俺は首を振る。
「森に入る。お前たちは帰っていろ。俺はアジトを見つけ次第突入する」
「馬鹿なこと言わないでください。いくら団長が化け物並に強くても一人じゃ色々困るでしょう。それにもうすぐ狼に戻る時間では?」
「……」
アレスの問いに、俺は黙る。
たしかにその通りだ。狼に戻ってしまうまで、そう時間もない。
だからさっさと決着をつけてしまいたい。
俺の中に、アジトを見つけて他の団員が来るのを待つという選択肢はない。
騎士団長としてはそうするのが正しいのだろう。だが、そんなにのんびり構えていられるはずがない。盗賊にさらわれたリナがどうしているか、心配で気が狂いそうだ。
「負ける気はさらさらないし、団長としてお前たちを無謀な作戦に巻き込むわけにはいかない」
「団長が嫌だって言ってもオレは一緒に行きますからね。そもそも盗賊ごとき、何人いようが負けやしません」
「もちろん僕もです」
「この森のどこかに見張りがいるはずです。アジトはその近くだと思いますよ」
「わかった。アジトを見つけて突入したら、なるべく立場のある者をできれば二・三名ほど生かして捕らえろ。頭目が中にいればそいつだけは殺すな。あとは始末する。アジト内が広くなければ毒矢は使わないと思うが、刃物にも毒が塗ってある可能性がある。くらうなよ」
「わかりました」
「ライアスは動体視力もいいから避けるのは得意だろうが、全般的に経験不足だ。投擲用のナイフは何本持っている?」
「十本です」
「近寄らずそれでなるべく倒せ」
「はぁ、信頼されていないようで切ないですが、わかりました」
森に入ってからは言葉を発せず、足音を殺しながら静かに進む。
馬が通ったわずかな痕跡をたどり、身を隠しながら進むと、アレスの言った通り見張りが二人ほどうろついていた。
アレスとライアスがそいつらに背後からそっと近づき、口をふさいで静かに始末する。
その付近をくまなく探すと、大木の陰に入り口を発見した。
抜け道らしきものも地面に二つほどある。
木でできた出入口の上に大きな石をいくつか置き、抜け道を使って逃げられないようにした。
準備が整い、こちらに向かっている騎士団に場所を知らせるため烽火をあげる。烽火の色は赤。先に突入する、の合図。あとでオスカーに説教をくらうだろうな。
中に入ると、さっそく盗賊に出くわした。
「だ、誰……」
盗賊が言い終わる前に、剣で喉を切り裂く。
さらに進むと、広い場所に出た。そこにいた連中も三人で斬り捨てていく。まったく予想外の三人の侵入者にろくに対応できないまま、盗賊たちは数を減らしていった。
「く、くそ……こいつら騎士か!」
騒ぎを聞きつけた盗賊共があちこちからわいてくる。毒が塗ってあるかもしれない刃物にかすらないよう、手早く斬り伏せていった。
狭い上に乱戦になっているから毒矢を使おうとするものは少なかったが、それでも弓矢を持ち出した者は矢をつがえる前に投げナイフで倒した。
弱い。ゴミだな。
弱者を襲ってはこそこそ隠れるしか能のない盗賊どもが、日々鍛えている騎士に渡り合えるはずもない。
脂で切れ味が落ちてきたので剣にわずかに
このあたりにいるのは雑魚だ。立場のある者は奥にいるはず。
手分けをして盗賊を始末しながら進むと、牢らしきものがあった。
その中に女性が十人ほど座り込んでいたが、リナの姿がない。心臓がいやな音を立てる。
目をつむっていろ、と女性たちに声をかけ、見張りも始末した。
「ここに黒髪の女性が来なかったか」
「お、お頭が呼んでいるって、連れて、行かれました……」
踵を返し、走り出す。
辺りを見回すと、大半は片付いた後だった。
ライアスが残党を探しに奥へ行く。
アレスの姿を見つけて、頭目はどこだと問うと、おそらくあっちだと通路を指さした。
通路には、首の後ろにナイフが刺さって死んでいる盗賊が二人。
頭目に知らせようとしたのを、ライアスが始末したんだろう。
リナだけが、頭目に呼び出された。
嫌な、嫌な予感がする。
通路を走り、ドアを蹴り開ける。
中にいた頭目とおぼしき男が、「くそ、騎士か」と言いながら曲刀を抜いた。
「はっ、騎士にこの場所がバレるとはな。この魔女のしわざか? チッ……魔女だとわかった時点でもっと警戒しとくべきだった」
男が何かほざいていたが、どうでもよかった。
男の背後には、倒れている男二人と……座り込むリナ。
両手は後ろで縛られている。
頬は叩かれたように赤くなっていて、口の端に血がついていた。
服は胸元まで切り裂かれ、肩からずり落ちそうになっている。
少し乱れてはいるもののズボンはまだはいていた。
焦点があわない瞳と、いくつもの涙のあと。
頭の中が、赤く灼けた。
斬りかかってきた頭目の剣を避け、四本の指を根元から斬り落とす。
男がみっともなく悲鳴をあげた。
こんな雑魚が。俺のリナに、何をした。
剣を振り上げる。剣身が白い光に包まれた。
今すぐこいつを肉塊にしてやりたい。ズタズタに引き裂いてやりたい。
だが、こいつはまだ生かしておかなければならない。
わかっている。わかっているが……!
「その量の
いつの間にか近くに来ていたアレスが、頭をかきながら言う。
いつもと変わらないどこかふざけた態度が、かえって俺を冷静にした。
アレスが頭目の後頭部に蹴りを入れて昏倒させる。俺はきつく目をつむると、剣を鞘におさめた。
アレスの言うとおり、あのまま剣を振るっていれば頭が吹っ飛んだだろう。
そんな光景をリナに見せるわけにはいかない。
「リナのことは……間に合いました。腸が煮えくり返っているでしょうが、今はこらえてください」
リナと男の着衣などの様子を見れば、最後まで至っていないことはわかる。
だが、これで間に合ったと言えるのか。
こんな場所にさらわれ、男に囲まれて。どんなに怖かったか。
倒れている二人の男は、リナが必死の思いで指輪で倒したんだろう。
だが、この男は残っていた。
四年前の心の傷も癒えていなかったろうに、こんな男に襲われ、さらに傷口を抉られた。
怒りが腹の底から湧き上がってくる。だが、今はリナのことが先だ。
マントを外してリナにかけようと近づいたが、リナがびくりと体を震わせた。
心が痛む。
それでもリナをこのままにはしておけず、服を切り裂かれた部分を隠すようにマントをそっとかけた。
「リナ、触れたりしないから安心してくれ。もう何も心配いらない」
リナから引き離すように、倒れている二人の男の足を持って引きずる。
頭目を縛り終えたアレスとともに、いまだに動けない二人の男を縛り上げた。
再び引きずり、三人を部屋の外に出した。
俺たちも部屋から出て、部屋の扉を閉める。
ポケットから火の魔法石を取り出して地面に落とし、剣で突き刺すと、小さなたき火程度の炎が生まれた。
そのまま剣をあぶる。
「アレス、頭目の口をふさげ」
アレスが後ろ手に縛られうつ伏せに倒れる頭目の肩付近に乗る。
あぶった剣を頭目の指の切断面に押し当てると、ジュウという肉が焦げる音が聞こえた。
男は痛みのあまり目を覚ましたが、アレスが鼻と口を塞いでいるためくぐもった声しか上げられない。
止血はひとまずこれでいい。焼灼止血はいい方法とは言えないが、傷薬を使ってやる義理もない。
数日生きていればいいだけだからな。
静かになっていたアジトに、バタバタと人の足音が響く。他の騎士が到着したようだ。
「アレス、狼に戻る時間が近い。盗賊の死体は団員と奥のほうに集めておけ。さらわれた女性たちはライアスに任せろ」
「承知しました」
手早く騎士服を脱いでいく。
返り血だらけだったからちょうどいい。
ほどなくして、急速に体温が上がり、俺は狼に戻った。
アレスが扉を開けてくれ、中に入る。
『リナ』
「あ……。シルヴァンさん。ごめん、なさい。助けてもらったのに、私……」
狼の俺をシルヴァンと呼んだ。シルヴァンに謝りたかったのか?
俺に……男に怯えたのは仕方のないことだ。
殴られ、服を裂かれ、押さえつけられ……これ以上は考えたくない。
未遂と言うのは簡単だが、最後まで至らなかったから無事だということにはならない。
俺がもっと早く来ていれば。ただただ、リナに申し訳ない。だが今それを口に出しても、リナの負担にしかならないだろう。
『謝る必要なんてない。大丈夫だ、リナ。家に帰って、アニーに側についていてもらおう』
そんなことしか言えない自分が情けない。
リナは小刻みに震えながらもうなずいた。
……男ではなくシルならば、側に行っても怖がらせないだろうか。
『リナ。嫌でなければ、側に行ってもいいか?』
「うん」
慎重にリナに近づき、近くに座る。
リナが震える腕を俺の首元にまわした。
そのまましばらく震えながら抱き着いていたが、少しずつ震えがおさまってきた。
動物の毛皮や暖かさは人を癒す効果があるという。呪われたこの体が今はありがたい。
「……ごめんなさい。助けてくれたのに、あんなふうに」
『謝る必要なんてないと言っただろう。リナは何も悪くない』
俺を抱きしめる腕に、力が入る。
「助けにきてくれて、ありがとう。本当に感謝してます。でも、怪我したりしていない? 毒とか……」
『何の問題もない。アレスもライアスもかすり傷一つ負ってない』
「よかった……。ダンさんと御者さんは?」
『おそらく大丈夫だろう。リナのおかげだ』
リナが安堵の息を吐く。
こんな時にすら、他人を気にかけるとは。
どこまでも優しいリナが愛おしい。
同時に、こんな目にあわせてしまった後悔ばかりがわいてくる。
俺が一緒に行っていれば。ファントムの情報をもっと早く手に入れていれば。もっと護衛をつけておけば。もう一つ指輪を用意していれば。俺がもっと早くここに駆け付けていれば。
だが、それを言ったところでリナに無駄に気を遣わせるだけだ。
口に出すべきはそんな言葉ではないと知っている。
『リナ』
「うん?」
『リナは、勇敢だった』
「……え?」
リナが目を見開く。
『リナの勇気と機転がダンと御者を助け、卑怯な盗賊どもの根城を明らかにした。盗賊の男も二人も倒した』
「でも私にはなんの力も……。シルヴァンさんに助けてもらわなかったら、どうなっていたか」
『いいや、リナの力だ。剣で制圧するだけが勝利じゃない。魔女として女性として立派に戦った。その結果、こうして盗賊を討伐することができたんだ。リナは身勝手な男に打ち勝った。見事だった』
それは本心からの言葉だった。
男に身勝手に扱われて、悔しかっただろう。だが、そんな男たちにリナは負けてなどいない。無力などではない。
それを伝えたかった。
ぽろりと、リナの両目から涙がこぼれた。
涙は次々とあふれ、リナが嗚咽をもらす。
顔を覆って涙を流すリナに、俺はずっと寄り添っていた。
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