第24話 ファントム
「ファントム? あの盗賊団か?」
アレスの報告に、俺は眉根を寄せる。
デスクの向こうのアレスは、重々しくうなずいた。
「ええ。グレタ地方の連続強盗事件。どうやらファントムの仕業のようです」
「一年以上息をひそめていた盗賊団だね。根拠は?」
オスカーが問う。
「毒矢を使った荒っぽい手口も、数件の強盗事件を同時に起こして騎士団の手が入る前にさっさと消えるのも、奴らの手口です。間違いないとまでは言いませんが、その可能性は高いです」
思春期の男子が好きそうな微妙なネーミングの盗賊団だが、厄介な連中だった。
アレスの言った通り、何チームかに分かれて同時に強盗事件などを起こし、さっさとどこかに消える。
事件を起こす間隔も地域もバラバラで、北の地方で事件を起こしたかと思えば、その数週間後には南で事件を起こす。かと思えば、東と西で同時に事件が起こる。
ファントムの仕業とわかっていないだけで、ほかにも犯罪は山ほど犯しているだろう。
狙う獲物も、若い女ばかりを誘拐するときもあれば裕福な商家を襲うこともあり、とにかく一貫性がない。
捕まるのも末端の構成員ばかりで、たいした情報も聞き出せないまま手こずっているうちに幹部どもがアジトを捨てて姿を消してしまう。
行方さえわかれば毒矢を使うにしても盗賊ごとき討伐は容易だろうが、とにかく尻尾をつかめない。
「チャンスかもしれませんね」
「何がだ?」
「ファントムの構成員……裏町出身の末端の新人ですが、そいつを昨日王都の裏町で見たやつがいます」
いつも思うんだが、こういう情報をどうやって拾っているのかと思う。
アレスは裏町に顔が利くとはいえ、騎士団に協力するような人間があそこにいるものなのか。
まあ聞いたところでアレスは答えないから聞かないが。
「王都付近にファントムが現れたことは知る限りではなかったと思うが……裏町に潜んでいると?」
「たぶん違いますね。王都付近のどこかにアジトはあるかもしれませんが、裏町の中ではないでしょう。案外横のつながりが強い場所です。アジトの場所はさすがに見当つきませんが、このあたりで仕事をするつもりではないかと。リスクはありますが、王都付近は金持ちも見た目のいい若い女も多いですから」
「そう、か……」
――このあたりで、仕事だと?
俺が勢いよく立ち上がると、オスカーは驚いた顔をした。
「どうしたんだいシルヴァン」
「リナが昨日から森に行っている。ダンをつけたが……」
「ファントムに襲われるんじゃないかって? あえて粗末な馬車を貸したんでしょう? 馬もお金になるとはいえ効率が悪いんじゃない? それとも……」
「馬だけのために強盗事件を起こす奴らじゃありません。ですが、奴隷制度が廃止されて以降、見た目のいい若い女は高値で裏取引されています。さらわれるのは十代の女ばかりですが、万が一にもどこかで目をつけられていた場合、リナなら……若く見えるかと……」
珍しくアレスが言いよどむ。
俺はかけてあったマントを羽織った。
「アレス、腕のいいやつを二人ばかり連れてついて来い」
「わかりました」
「オスカー、少人数で見回り隊をいくつか作って王都とその付近を静かに見回るよう手配を。残りの団員も出動できるよう準備をしておけ」
「わかった」
俺は足早に団長室を後にした。アレスもついてくる。
ファントムが王都付近で仕事をすると決まったわけじゃない。そうだとしても、リナがそいつらに出くわす可能性など低いだろう。
それなのになぜこんなに胸騒ぎがするんだ。
杞憂であってくれ。どうか。
アレスとライアス、ゾルを連れ、リナが住んでいた町に向かう街道を馬で走る。
馬車は街道を通るから、当然何事もなければすれ違うはずだ。
大丈夫だ、きっとすれ違う。
リナの無事を確認したら、団員をもうひとりつけて家に送って、俺たちは付近を警戒しよう。
そう、思っていたのに。
「団長! 前方に人だかりが見えます」
目のいいライアスが真っ先にそれを見つける。
近づいていくと、たしかに人や馬車がその場でゴチャゴチャと固まっている。
街道が……封鎖されているのか?
背中に悪寒が走る。
人々をかき分けるように馬で進むと、街道警備の騎士と兵士の姿があった。
「! これは……銀狼騎士団長殿」
騎士が俺に礼をとる。
「なぜ街道を閉鎖している。何があった」
「この先で襲われたような馬車が何台かあると先ほど知らせがありまして。また、街道を巡回していた我が騎士団の騎士と兵士も交代の時間になっても戻らず……」
――襲われたような馬車。
頭の中が、真っ白になる。
道をふさいでいた兵士をどけさせ、俺たちは先へと進んだ。
うるさく騒ぐ心臓をなだめながらしばし馬を走らせていると、それは見えてきた。
街道から少し外れた場所に静かに佇む、一台の馬車。俺がリナに貸したもの。
そんな。
まさか。
さらに近づくと、その場に力なく座り込むダンを発見した。傍らにいる街道警備の騎士と何かを話している。その奥には担架に乗せられて運ばれようとしている御者。生きてはいるようだ。
そして、盗賊らしき三体の遺体。
矢が、ダンの周囲に何本も落ち、馬車にも刺さっている。馬車の馬はいなくなっていた。
頭がガンガンと痛む。
ダンに駆け寄るのさえ忘れて馬上で置物のように動けなくなった。
「団長」
振り返ると、アレスもその顔に緊張を走らせていた。
馬を降り、うなだれるダンに近づく。
「ダン」
ダンが、顔を上げた。その顔は汗にまみれ、呼吸はひどく乱れている。
「団、長。申し訳……申し訳ありません」
ダンがその場に手と膝をつく。
肩には矢傷らしきものがある。
ファントムの、毒矢か。
「銀狼騎士団長殿。ご本人の言う通り、そちらの騎士で間違いないようですね」
「ああ。すまないが少し離れていてくれないか」
「承知いたしました」
街道警備の騎士が離れたところで、ダンに向き直る。
「ダン。……リナは」
「盗賊に、連れていかれました……オレが、ふがいないばかりに……申し訳ありません……」
ダンを責める言葉を、かろうじてのみ込む。
俺は銀狼騎士団長だ。
私用で警護を頼んだ騎士が力及ばず盗賊に負けたとしても、それを責めていいはずがない。
ましてや毒矢を使う厄介な相手な上、多勢に無勢でリナをかばわなければならない状況だったはず。
冷静さを失ってはいけない。少なくとも表面上は。
「謝罪はいい。説明しろ」
「御者が毒矢を、くらって、馬車が……止まり、外に出たところを襲われ、ました。相手は十人、三人は倒しましたが、オレも毒矢を……。ですが」
ダンの目から涙がこぼれる。
「リナちゃんが、解毒薬らしきものを、こっそりと飲ませてくれました」
それでダンは一命を取りとめたのか。
ファントムの毒矢はかすっただけでも死ぬとされている。
それほどの毒を打ち消せる解毒薬なら、おそらくは魔法薬だろう。
「そして、死んだふりをして、と。私を……助けたいなら、ここで死んだふりをして、団長に、伝えてくれと」
自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「何を?」
「日が落ちたら、光を追ってきて、と。それだけ……」
光を追ってきて? どういうことだ?
……もしかして、リナが何か目印を残したのか?
「申し訳、ありません。守るべきリナちゃんに守られ、おめおめと生き恥をさらして……」
ダンがボロボロと涙をこぼす。
様々な感情が渦巻く中、俺は冷静さを失わないだけで精一杯だった。
「ゾル、御者とダンに付き添って病院へ行け。おそらくは大丈夫だとは思うが」
「わかりました」
ライアスよりゾルのほうが腕がいいが、ライアスは目がいい。
何か目印があるというなら、ライアスを残したほうがいい。
「アレス、鳥は連れてきているな。団に連絡を飛ばせ」
「はい」
言うなり、アレスが鳥を放した。
俺が言う前にもう連絡用の鳥を飛ばす準備をしていたんだろう。
「ダン、あとのことは俺に任せろ。心配するな」
「団長……!」
重いダンを運ぶのをゾルが手伝い、御者とダンを乗せて搬送用の馬車が去っていった。
「さてどうしますか。日が落ちたらとのことでしたが、そろそろ暗くなってきました」
「光を追ってきてとはどういう意味だ?」
「あ、団長。光ってもしかしてこれですかー?」
場違いなほど気の抜けたライアスの声にいらついたが、そちらを見る。
ライアスが指した地面に、小さな光の粒が落ちていた。
小指の爪の半分もない小さな石のようなものが、よく見なければ気づかないほどの淡い光を放っている。
「これは……。リナが以前話していた月光石の欠片、か?」
とある童話でパンくずを目印にしたら鳥に食べられて帰り道がわからなくなったという話になったとき、リナが砂を固め丸めたようなものを見せてくれた。
これなら食べられないよ、と。
明るい場所で見ると何の変哲もない茶色い塊だったが、夜のバルコニーに出るとリナの手の中のそれは淡く輝いていた。
暗闇で淡い光を放つ、月光石を小さく砕いて丸めたものだと話してくれた。
強く握れば手の中でバラバラになるので、少しずつ置いて森などで迷わないように目印として使われるのだと。
なら、この光は……リナが連れ去られた場所まで続いている!?
「ライアス、次の光を探せ。アレスは見つけた光の痕跡を消せ」
「わかりました」
「はい! えっと、次は……ああ、あっちですね。だいぶ間隔をあけて目印を置いてますね。見つけられるギリギリくらいです。目印ちっさいし」
キョロキョロしながら目印を見つけていくライアスに黙ってついていき、光を見つけては土などをかけて消した。
早く、リナの元にいかなくては。
この目印がファントムに見つかれば、おそらく……いや、考えたくない。
必ず助けに行く。
だからどうか無事でいてくれ、リナ……!
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