第13話 こんなに口の悪い部下がいていいのか
昼下がりの団長室。
デスクの向こうに立つアレスに“例の件”を話すと、その鋭い目をさらにつり上げた。
「はあ!? アホですか団長!」
部下とは思えない言葉を発するアレス。
こいつの口の悪さはいつものことだから気にもしないが、俺の考えを反対されるのは面白くない。
重厚なデスクの下で足を組み、渋い顔をするアレスを見つめる。
「アホとはなんだ。いい考えだろう」
「どこが……」
ため息をつきながら、頭痛がするとばかりに頭を押さえる。
「リナをここで雇うなんて。正気ですか」
「正気に決まっているだろう。そうすれば俺はリナと一緒にいられる時間が長くなる。リナも仕事を見つける手間も省けるし、給料もそこそこいい。産休に入るカレンの代わりをあっせん所に派遣依頼する予定だったが、その手間も省ける。いいことずくめだろう」
「だからって。まず第一に、リナは男が苦手だし恐怖心もあるって自分で言ってましたよね? こんな汗臭い筋肉男ばかりの騎士団で働かせてどうするんですか」
「リナもまあまあ乗り気だった。基本的に医務室から出ないしな。万が一リナに不届きなことをしようとする男は、俺が思い知らせておくから心配するな」
「オレが手土産を持っていくだけで呪いの視線を寄越す人が、男だらけのところにリナを放り込んで平気なんですか」
「リナに手を出そうとするやつも俺が思い知らせるから心配するな」
アレスがイラついたように頭をかく。
「男どもをざわつかせそうなリナとその彼女に惚れぬいてる団長なんて嫌な予感しかしない。団内の無駄なトラブルは御免ですよ」
「それはわかっている。団内ではちゃんと立場を弁える。だが、リナは有能な魔女で貴重な人材だ。魔女が作った質のいい薬を適切に処方してくれるだろうし、応急処置もできる。重症の場合は怪我は王立病院に搬送されるから問題ない」
「……カレン復帰後はどうするんですか」
「ここで働いてもらう期間は一年半と伝えてあるが、その後はカレンとリナ次第だろう。カレンが子育てに専念したいと思うならリナに継続してもらうし、仕事を減らすならリナと交互に働くことも可能だ。それも伝えてあって納得済みだ」
その頃にはリナは俺の妻になっているかもしれないしな、という考えは心の中にしまっておいた。
どうせろくなことを言われない。
「だいたい、ここで雇わなければリナは街に出て働いてしまう」
「いいじゃないですか」
「ウェイトレスまでやろうとしてるんだぞ?」
「何か問題でも?」
「膝上のふわふわスカートに白いフリルエプロン、さらには白のニーハイタイツにガーターベルトだ。危険すぎるだろう」
「あんたの妄想癖のほうがよほど危険ですよ」
変態が、と小さく悪態をついたのは聞かなかったことにしてやった。
こいつの口の悪さをいちいち指摘していたらまともに話なんてできない。
だいたいそのレストランの制服は実在する。完全に俺の妄想というわけじゃない。
「それに解呪もまだ完全じゃない。物理的に近い距離にいる時間に比例するようだから、理にかなっているだろう」
「はぁ……」
あきらめたようにアレスがため息をつく。
「結局オレが何言ったって押し通すんでしょう」
「よくわかってるじゃないか」
「リナ絡みで何かあって団長が荒れるところを見たくないんですがね」
「リナが心配なのはいつでもどこでも同じだし、自分の知らないところでリナに何かあったらそれこそ狂いそうだ。なら自分の目の届くところにいてくれたほうがよほどいい。すぐに対処ができる」
リナが街に出て変な男に絡まれても、俺は助けてやることもできない。
だがここでなら遠征時以外はすぐに助けてやれる。
リナが働く場所に男が多いのはたしかに気に入らないが、万が一リナに近づく男がいても団の中ならすぐに把握できる。
もちろん、把握したらすぐに対処するつもりだ。
「あーあ。わかりましたよ、くそ」
「というわけで来週からリナが来る。カレンにも話しておいた。とはいえ騎士団の医務室で働くのは初めてだし、いくら大好きなリナとはいえ、まったく適性がないものをここで働かせるのは互いに良くない。しばらくは仮契約で働いてもらって、カレンに判断してもらおうと思う。リナもそれで納得済みだ」
「適性がなかったらあきらめるんですか」
「無理にやらせればリナにとってストレスになるだろうし、辛いが医務室勤務はあきらめるさ。リナの薬を積極的に取り入れていこうと思うから、薬の納品してもらうが」
納品をこまめにしてもらえば昼間にも顔を見られる。
外に働きに出る暇などなくなるかもしれない。
我ながら身勝手かつ素晴らしいアイディアだ。
「とにかく自分の目の届くところにおいておきたいんですね。過保護というか、独占欲が異常というか」
「仕方がないだろう。リナはかわいいし、悪い虫がつきやすい」
「その割に告白すらしないそのヘタレ具合には涙が出ますね」
「ヘタレで結構だ。失敗したら全力で逃げられ、家からも出てしまう。それだけは避けたい」
「そうですか。あんまり悠長に構えてあとで泣きを見ても知りませんからね」
「……わかっている」
もう十か月も同居しているというのに、関係はまったくと言っていいほど進展していない。
せいぜい俺に対する警戒感が薄れたくらいか。
進まない関係に焦って、あの続き部屋の向こうへ行きそうになった夜も何度もある。
だが、それはリナの心を永遠に失う愚行だとわかっているから思いとどまった。
「今まで女性と付き合うのに苦労をしたことなんてないのにな」
「その顔で騎士団長で貴族出身ともなればそりゃあね」
「リナは手ごわい。どうすれば俺を好きになるんだろう」
「知りませんよそんなん。オレにきかないでください」
「独り言みたいなものだ」
「なら壁に向かって言ってください。じゃあオレは仕事に戻りますんで」
俺の返事を待たずに、アレスが団長室から出ていく。
冷たい部下だ。
かわいげなどまったくないし口の悪さは今さら言うまでもない。
だが、有能だから手放せない。
副団長のオスカーとその妻で医療師のカレンにはすでにリナのことは伝えておいたから、あとは団員だな。
リナを紹介する時では言えないことを、今のうちに言っておくか。
というわけで、夕方の訓練が終わったところで、オスカーに広間に団員全員を集めてもらった。
「今日の訓練、ご苦労だった。さて、皆に伝えておきたいことがある。皆も知ってのとおり、カレンは産休に入るから、その間医務室を任せる者が必要だ。その候補者が決まり、来週から来てもらうことになっている」
オスカーの隣に立つカレンを見る。
美人でスタイルもいいが、相変わらずキツそうだ。
子供ができても変わらないものだな、むしろより一層キツそうになった、と思いながら見ていると、カレンが「何見てんのよ」と言わんばかりにじろりとこちらを見た。
オスカーはよく彼女を口説き落とせたものだとあらためて感心する。
「あくまで候補だからここでずっと働くと決まったわけではないが、皆には一度紹介する。だが、その前に言っておくことがある」
団員達が顔を見合わせる。
この自由な感じが銀狼騎士団だよな。
陛下直属のいけすかない金獅子騎士団の連中が見たら規律がなってないと鼻で笑いそうだ。
俺はこっちのほうが気楽で好きだが。
「候補者の名はリナ。優秀な魔女オルファの弟子だった女性だ。そして、俺の呪いを解いてくれた存在でもある。解呪はまだ完全ではないが」
ざわ、とざわめきが起こる。
解呪をしてくれた人物がいることや解呪がまだ完全ではないことは皆知っているが、まさかその当人が医務室勤務の候補として来るとは思っていなかったんだろう。
世界の落とし人であったことは言うつもりはない。
オスカー、アレス、あとは王太子殿下だけが知っていればいい。
「言うまでもなく俺の大恩人だ。とても大切な人で、恋人ではないが俺の家に住んでもらっている。優しくか弱い女性だ。ここまで言えばわかると思うが、彼女におかしな真似をする者は俺が自らの手で厳罰に処す」
団員たちを見回す。
俺の本気を感じ取ったのか、団員たちは真剣な表情で聞いていた。
アレスだけは面倒くさそうに頭をかいていたが。
「では解散。俺の言葉を忘れるなよ」
団員達がバラバラと広間から出ていく。
「来週からってずいぶん急よねえ」
くせのある赤い髪をかき上げながらカレンが言う。
「任せられるかどうか見極める期間が必要だろう。もし無理ならあっせん所から派遣してもらう予定だ」
「とても大切な人って、もしかして団長が惚れてる女性?」
「さあな」
「だとしても贔屓はしないわよ。評価はちゃんとさせてもらうわ。それともそういうのも団長自らの手で厳罰に処されちゃうのかしら?」
相変わらず俺に冷たいな、カレンは。
俺に限らず男には冷たいが。
「まあまあ、カレン。団長は仕事に関してはちゃんとしている人だから」
「はぁいアナタ」
そしてオスカーに対してだけはものすごくかわいらしい。
「君はリナをいびったりする女性じゃないから、罰することなんてないだろう。オスカー以外の男には死ぬほど厳しいが、女性には優しいし。仕事の評価はちゃんとしてくれ」
「わかったわ」
カレンのお眼鏡にかなわなかった場合は、専属で薬を売ってもらうくらいしかできないのが辛いな。
……待てよ。リナを団長秘書にするというのはどうだ?
そういえばリナは計算もできると言っていたな。
団長と秘書か……なかなかいいじゃないか。
もちろんリナには団長室で仕事をしてもらう。イケナイ団長室になってしまうかもしれないが。
「ちょっと団長。なんで頬を赤らめてニヤけてるの? 変な妄想でもしてそうな顔をしてるわよ」
ひどく冷めた目でカレンが俺を見る。
最後尾だったアレスが、盛大に吹き出して出て行った。
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