第15話 重なり

 朝、朝食を済ませた宙は葵との約束の九時少し前に玄関先に立っていた。

 夕べと違って今朝は良く晴れて霧も出ていなかった。


「おはよう!」

「おう、おはよう」

 葵は九時ぴったりに旅館の玄関先に現れた。


「時間厳守だね」

 宙が言うと、

「あたりまえでしょ。一応お客さんだから、遅刻したら失礼だからね」

 どことなく嬉しそうに葵が言った。


 その笑顔に宙はハッとした。

「絵羽……」

「え?なに?なんか言った?」


「え?いや、なんでもない。独り言」

「へんなの。やっぱ変わってるよ。君」

 葵の笑顔が絵羽の微笑みに見えた。

葵は顔の大きさに比べ少し不釣合いな大きめの眼鏡を掛けていた。

しかも黒縁くろぶちのさえない感じの眼鏡だ。


でも、夕べは暗く霧もあったため、気づかなかったが、眼鏡の下の葵の微笑みは絵羽の面影と重なって見えた。

『どうしても絵羽のことは忘れられない』

心の中で宙は改めて絵羽への深い愛情と自分の思いを確かめた。


 案内するといって少し先を歩く葵の後姿を見て背格好もほぼ絵羽と近い気がして絵羽のことを投影させていた。

 近所を歩きながら、葵が近場の観光スポットを紹介してくれた。


 昼近くになったので、二人は葵の案内で近くにあった食堂に入った。

「結構歩いたからおなかすいたでしょ?」

「え?あぁ、うん」


「何食べる?オススメはやっぱ魚料理かな。どうする?」

「あ、うん、葵に任せるよ」


「そう、じゃあ、この定食にするね。すみません!」

 葵は店員を呼んで注文を済ませた。


「なんか、元気ないね。疲れてる?」

 葵に言われて少しドキッとした。


「え?あぁ、長旅だったからね。ちょっと疲れてるかも」

「そうなんだ。どうやってここまで来たの?」

 そう聞かれた宙は東京から鈍行を乗り継いできたことを話した。


「へぇ~えらいというか、すごいというか、アホというか……」

「アホだけ余計だろ」


「えへへ、怒った?」

「金がないんだから、仕方ないだろ。高校生なんだからわかるだろ?」


「えへへ、そうだよね。でも、怒ってちょっと元気になったみたい」

「こいつ!」


「きゃはは!」

 宙が、頭を小突くふりをすると、笑いながら葵はよけるふりをした。


「ったく、葵は子どもだな」

「なによそれ、宙だって子どもでしょ」


「俺はこうして、一人旅とかしてるし、この旅でもっと成長したからな。葵とは違うよ」

「なによ、えらそうに、ちょっと旅したからってそんなに急に大人になるわけないじゃん」


「ふん、肉体的にも精神的にも鍛えられるんだよ、一人旅ってのは。葵みたいにこんなところでボーっとくらしてるのと違うんだよ」

「ひっどーい、なにそれ!いくら東京人だからって田舎者を馬鹿にしてるでしょ!」

 ふくれっ面で歯向かってきた葵にさらに宙は追い討ちを掛けるように言った。


「田舎者を馬鹿にしてるんじゃないよ。葵のガキっぽさを指摘したの」

「なーによ、それ、もう、案内してやんない」


「あははは、葵、怒った?」

「怒ったわよ」


「さっきの仕返しだよ。やられっぱなしじゃ悔しいからね」

「やっぱ、宙の方がガキじゃん」


「なんでだよ!」

「きゃははは、ほら、そうやってすぐ怒る」


「あ……しまった」

「あははは、ほらね。やっぱ私のほうが大人だね。すぐにひっかかる」


「くっそ~、悔しい」

 そういった宙は思いっきり悔しそうな素振りを見せてチラッと葵を見た。


 本当に楽しそうに笑ってる葵の様子を見て、凄くホッとしてる自分を感じていた。

同時にまた絵羽の面影を葵に映していた。


 

 食事を済ませた二人は店を後にして、再び散歩をしながら、おしゃべりをしていた。

「そういえばさ、どうしてこんなところに来たの?」

「え?あぁ、うん、色々あってね」


「そう、出会ったときもそう言ってたよね。なんか話しづらいこと?なら聞かないけど。」

「うん、まぁ……」


「そっか、じゃあ、無理に言わなくていいよ。とりあえずこの三日は楽しもうよ。嫌なこととかあったらぜーんぶ忘れてさ」

「うん、ありがとう。葵、いいやつだなおまえって」


「なによ、いきなり……ハズイじゃん」

 照れる葵の仕草や言葉遣いがまた絵羽を思い起こさせた。


「あのさ、少しだけ……聞いてくれるかな?」

「え?うん、いいよ」


「あのさ、俺、実は……傷心旅行なんだ」

「傷心旅行?失恋でもしたの?」


「え、あぁ、うん、そんなとこ」

 まだ、出会ったばかりの葵に絵羽の死についての話はあまりに重いだろうと感じて誤魔化ごまかした。


「ふーん、そうだったんだ。そうだよね。普通の若者ならもっと観光地にいくのにわざわざ、こんなとこ選ぶのはおかしいもんね」

「……」


「あ!まさか!」

「え?なに?」

 急に大声を出した葵の声に思わず驚いた宙は聞き返した。


「あんたまさか、自殺しようとか思ってんじゃないでしょうね?」

「え?自殺?」


「そう、それで、この霧多布にきて、岬から身を投げようとか思ってんじゃないでしょうね」

「え、いや、そんなことは思ってないよ」

 少しはそんなことを考えなくもなかった宙はちょっと動揺した。


「ほんと?あやしい……」

 そう言って葵はじろりと宙の顔をにらんだ。


「おいおい、大丈夫だよ。そもそも、そんな勇気ないから」

「死ぬのが勇気なんて馬鹿なこといわないで。自分から死ぬなんて最低だよ。そんなの勇気じゃない」


「あ、うん、そうだね。勇気じゃないよね。生きることのほうが何倍もつらいこともあるし」

「そう、でも、自分から死ぬなんて絶対だめだよ。辛くても生きて、本当に死ぬ時まで精一杯大切に生きなきゃだめだよ」


「うん、俺もそう思ってるよ。世の中には死にたくなくったって死んでしまう人だっているんだから、自分から命を絶つなんて絶対しちゃいけないって思ってるよ」

「そっか、それ聞いて安心した」


「わかってくれたんだ?よかった」

「大丈夫、傷心だって、きっといいことあるよ。ほら、すでに君の目の前にいいことが来てるよ」


「え?目の前にいいことが来てる?」

「そう、ほら、こーんなかわいい葵ちゃんが目の前にいるでしょ」

 そういってわざとらしく首をかしげてみせる葵の姿に思わず宙は吹き出した。


「あははは、そうそう、ほんとだ。目の前にいいこと来てるよ。あはははは」

「ひどーい!なによ!人が元気付けてあげようとしてるのに!」

 プイっとそっぽを向いた葵の姿を見て、宙は絵羽のことを思い出しながらも葵の明るさや可愛らしさに惹かれている自分に気づいた。


「あははは、ありがとう。元気出てきたよ」

「ほんと?よかった。なんかさーほんと、へこんでたみたいだから、正直ちょっと心配だったんだよ」


「そっかー俺ってそんなにへこんで見えたか……」

「うん、どん底って感じ」


「だめだなぁ、ほんとはこの旅行で吹っ切って、新たな自分になるんだって思ってたんだけど……」

「新たな自分か……そんなに無理しなくていいんじゃない?」


「無理?」

「うん、うまくいえないけど、自分は自分だし、失恋した自分も自分なんだから、かえってそれを認めてあげたほうが、気持ちが楽になるんじゃない?」


「……」

「つまりさ、どんな自分でも自分なんだから、そんな自分を好きになってあげれば、自分を認めてあげれば、その方が気持ちが楽かな、なんてね」


「そっか、そうだよね。何も忘れることないのかな」

「そうそう、嫌なことは忘れたいって思うかもしれないけど、それも受け入れていく方が、楽に次の自分になれるんじゃないかな」


「そうだな。うん、そうだ!俺は俺だからね。彼女を好きだった俺も、俺だし、忘れることなんかないか」

「だよ。なんか、ちょっと明るくなった?」


「うん、ちょっと吹っ切れた。ありがとう。葵」

 その後、葵の案内で町の資料館や温泉施設がある場所などを見て回ったが、ほとんどはおしゃべりに時間を費やしていた。


 お互いの生まれ育った様子や東京の話、北海道の話など、お互いを知るための話は尽きなかった。

 そしていつの間にか、日も暮れて、宙が泊まっている宿の夕食の時間が近づいてきた。


「あ、もう、こんな時間か……そろそろ、宿に戻らないと晩飯食べ損ねちゃう。今日は一日ありがとう」

「どういたしまして。ところで、明日のご予定は?」


「ん?いや、特には決めてない」

「そう、それはよかった。では、明日もこの葵ちゃんがさらに観光ガイドをしてあげましょう」


「ほんと?!うれしいよ!よろしくお願いします」

「はーい、もちろん、料金は請求するけどね」


「え?!マジ?」

「うっそ~、お金なんて取らないよ」


「だぁ、ったく、どこまで本気かわかんないな葵って……」

「きゃはは、まぁ、そういう奴ですから。よろしく!」

 そういうと葵はアイドルのように敬礼をして小首をかしげた。


「ふぅ、先が思いやられる」

 そういいながら、絵羽には悪いと思いながらも、宙はどんどん葵に惹かれている自分を感じていた。

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