第12話 癒し
翌朝、再び鈍行に乗り込むと次の目的地青森の
そこは青函トンネルの東北側の町だった。
鈍行で約6時間の道のりだった。
今別に着くと早速宿を探した。
小さな町なのであいにくビジネスホテルのようなものはなく、小さな観光案内所で民宿を世話された。
宿に着くと一人の初老の男性が出迎えてくれた。
「お世話になります。東京からきました江口 宙です。よろしくお願いします」
「おう、こっだらとごまで、たんだでったねぇ」
「……」
いきなりの津軽弁に宙は意味がわからず閉口した。
「あ、すまね。えっど、遠くからたいへんだったね。どうして、こんなところまできたんだ?」
「はい、北海道まで行こうと思いまして」
「ほう、北海道はどさ(どこへ)いぐの?」
「
「霧多布岬?」
「はい」
「そごには、どなたかいるだか?」
「いえ、誰も」
「じゃあ、そんなとこまで何をしにいぐだ?」
「……目的はないんですが……ただ、行ってみたくて」
「……そっか、まぁ、若い頃はそういうごともあんだね」
「……」
「ところで、腹減ったろう?もうすぐ晩飯だで、ひとっ風呂あびできな」
「あ、はい、ありがとうございます。そうさせていただきます」
「はははは、そんなに硬くならんでもいいて。自分ちだと思ってくつろいでくれ」
「自分ち……ですか?はい、そうします。お世話になります」
「あははは、それじゃかわらんじゃろ。まぁ、ええわ。風呂いっできな」
「はい、じゃあ、風呂行ってきます」
宙は民宿にあるそれほど広くはないが温泉だという風呂につかった。
「ふう、やっぱ、日本人は風呂だな。ホテルのシャワーじゃ疲れがとれなかったし」
言いながら自分が親父くさいことを言ってることに一人で照れた。
同時にいつも絵羽に「おやじくさーい!」と言われていたことを思い出し、また、心の芯が締め付けられるような思いがした。
湯船に頭まで浸かって息を止めた。
お湯の暑さとその圧力で息苦しさに耐え切れず数秒で思い切り顔を上げた。
「はぁはぁ……」
息をしながら、絵羽は死ぬ間際もっと苦しかったんじゃないかと、病室で苦しんでいた絵羽の姿を思い出した。
「でも……俺が死ぬわけにはいかないんだよな」
ぽつりと独り言をいったあと、窓から見る赤く染まった空を見ながら、大きなため息をついた。
「おぉ、上がったかい。晩飯の用意ができたで、居間まで来な」
そこには、予想に反してご馳走が並んでいた。
見たこともない野菜のてんぷらや刺身まであった。
「ここでは魚も獲れるんですか?」
「あぁ、猟師町も程近いで、魚は新鮮じゃぞ」
食べてみると確かにうまい。
山菜のてんぷらもいける味だ。
「なんか、自然な感じでうまいです」
「あははは、お客さん東京だっけか?都会じゃこんな
「はい、いただきます。すみません。もういっぱいご飯を」
「あははは、飯食って元気になっだか。えがった。えがった」
言われてみて、宿に来たとき元気のない顔をしていたことに気づかされた。
「ご主人はこの民宿を一人で切り盛りされてるんですか?」
宙が尋ねると、主人は大声で笑い出した。
「あははは!まぁな。嫁はとうに死んだで。もう、十年ぐれえ一人で切り盛りしでる」
「十年ですか?一人で寂しくはないですか?」
「ん、寂しぐなくはないが、一人も気楽でいいもんだ。それに、あんたのような旅の人とも話せるだで、楽しいことも多い」
「そうですか、つまらないこと聞いてすみません。ご馳走様でした」
「ええて、はい、お粗末さまでしだ。元気になっでよがった」
食事を終えた宙は部屋に入り、敷かれている布団に寝転がった。
「ふぅ、やっぱり、落ち込んでる風に見えるのかな、俺」
宙は、しばらく天井を見つめていた。
今までの旅では何か現実じゃないような、いつもどこかで緊張している自分がいたことに気づいていた。
でも、この宿はなんだか落ち着く。
しばらくそんなことを考えていた宙だったが、いつの間にか眠ってしまった。
「おはようございます!」
「おう、おはよう。夕べは良ぐ眠れだか?」
「はい!お蔭様ですぐに寝ちゃいました。なんか、ここは安心できて。ホッとしちゃったみたいで」
「そっがー、それはよがった」
老人は目を細めてにっこりと笑った。
「本当にお世話になりました」
朝食を済ました宙は旅支度を整えて、民宿の玄関にいた。
そして、世話になった老人に深々と頭を下げて挨拶をした。
「元気になっでよがった。気をつけていぐだよ」
「はい!ありがとうございます。じゃ、いってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
なんだか、身体も心もすごく軽く感じた。あの宿で過ごしたたった一晩で今までの疲れや緊張や重苦しさがすっかり抜けた気がした。
交わした言葉は別にこれといって特別なことではないのに、何か不思議な感じがした。
再び電車に乗り、いよいよ北海道に乗り込んだ。
そして、できるだけ早く霧多布岬に着きたいと思った宙は
「とにかく、いけるとこまでいこう」
と時刻表を見ながらその先の予定を立て、昼食もとらずに電車を乗り継いだ。
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