第3話 二人の関係

「とりあえず、フィーネちゃんのプレゼントはこれでいいわね」

 アルドの時代から800年後。

 人々が汚染された大地を捨て、天高く浮かぶ浮遊都市へと移住した未来世界での事。

 曙光都市エルジオンの雑貨屋から出てきたエイミは呟いた。

「今更の質問なのだけど、どうしてロボット猫のぬいぐるみを選んだのかしら」

 尋ねたのは、同じく未来世界出身である合成人間のヘレナだ。

「最初は服を贈ろうと思ったのよ。でも、あっちの時代とじゃセンスが全然違うじゃない? 化粧品はあんまり詳しくないし、フィーネちゃんってそのままでも可愛いから、違うかなって。ドライヤーとかの電化製品も向こうじゃ使えないし、そうなると後はもう食べ物くらいでしょ? 女の子にそれじゃあちょっとつまらないなと思って。色々考えた結果――」

「ロボット猫のぬいぐるみに落ち着いたってわけね」

 エイミは頷く。

「フィーネちゃんは猫好きだし、折角なら、わたし達の時代でしか手に入らない物を贈りたかったから」

「賢明な判断ね。フィーネも、きっと喜ぶわ」

 口元で微笑むと、出し抜けにヘレナは言った。

「ところで、本命の彼へのプレゼントはどうするのかしら」

「本命って、変な言い方しないでよ」

 エイミは、半眼になってヘレナを睨んだ。

「アルドとはそんなんじゃないわよ。一緒に冒険してるんだからわかるでしょ?」

「一緒に冒険してるからこその言葉なのだけど」

 含み有り気にヘレナは言う。

「あなたの場合、本来の目的は既に達したのに、いつまでも彼と一緒にあっちこっち飛び回ってるじゃない。それってつまり、そういう事でしょう?」

「はぁ!?」

 照れると言うよりは、寝耳に水と言った様子でエイミが驚く。

「ないわよ! ないない! そんな事、一度だって考えたことなかったわ!」

「あらそう? でも、こういうのって、案外自分では気づかないって言うじゃない?」

「違うってば! もう、今日のヘレナ、ちょっと変よ?」

「そうかしら。年頃の女が二人集まれば、恋の話になるのは普通だと思うけど」

「恋の話って……」

 まさか、合成人間の口から恋という言葉を聞くとは思わなかった。

「彼、悪くないと思うけど。優しくて、まっすぐで、頼りがいがあって。それとも、アルドじゃ不満?」

「そういうわけじゃないけど……っていうか! そもそもそういう目で見てないんだってば!」

「彼、あれで結構モテるじゃない? 他の子に取られてから後悔しても、遅いのよ?」

「人の話を聞きなさいよ……」

 額を揉むと、エイミは言った。

「あたしにとってのアルドって、弟みたいな感じなのよ。なんかこう、ほっとけないって言うか。少しでも目を放すと、すぐ厄介事に巻き込まれるし」

 我ながら、何を言わされているのだろうと思う。このままでは、ヘレナの思うつぼだ。そう考え、エイミは話題の矛先を変えた。

「そういうヘレナはどうなのよ。そこまで言うなら、あなたがアルドにアタックしたらいいじゃない」

「私にはガリア―ドがいるもの」

「うっ。そうだった……」

 失言を悟り、エイミが顔をしかめる。

「ねぇエイミ。誰かを愛するって、素敵な事よ。あなただって年頃の女の子なんだし、折角の青春を拳を振り回してるだけで終わらせちゃうのは、勿体ないんじゃないかしら」

「あ、あたしだってそりゃ、そういう相手が欲しくないわけじゃないけど……」

 実を言えば、そんな気はさらさらなかったエイミなのだが、ヘレナに惚気られたのが悔しくて、つい心にもない事を言ってしまう。

「なら、いい機会じゃない。素敵なプレゼントを用意して、アルドにアピールするのよ。あなたと彼なら、きっとお似合いのカップルになると思うわ。ねぇ、そうしましょう」

「ちょっとヘレナ!? 勝手に話を進めないでよ! あたしにも、選ぶ権利が!」

 と、二人で言い合いをしていると。

 不意に大量のドローンの群れが押し寄せて、二人の脇を通り過ぎた。

「なに!?」

「暴走ドローン!? ……ではないみたいだけど」

 みれば、ドローンの群れはエルジオンの通りに散らばって、道行く女性になにやら話しかけている。

「……まさか! もうそんな時期!?」

 気づく事があったのか、エイミが声を上げる。

 そうこうしている内に、一体のドローンが二人の前にやってきた。

「はーい! 素敵なお二人さん。元気してますか~?」

 ドローンは、いかにも軟派な合成音声で話しかける。

「なにかしら。ナンパならお断りよ」

 先ほどとは打って変わって、氷のように冷たい声音でヘレナが応じる。

「なんて素敵なクールビューティーだ! オマケに美人で合成人間! 今年のコンテストは、早くも波乱の予感がしてまいりました!」

「コンテスト? 何の話かしら」

 困惑するヘレナに、エイミが説明した。

「エルジオン恒例のミスコンよ。この時期に通りを歩いてると、無差別にエントリーされちゃうの。面倒だからいつもは避けるようにしてたんだけど、すっかり忘れてたわ……」

「その通り! ワタクシがお二人の案内兼司会兼実況兼中継カメラを担当させて頂くドローンです! ヨロシクゥ!」

 ハイテンションのドローンが、高速で二人の周りを飛び回る。

「悪いけど、わたし達急がしいの。コンテストに出てる暇なんて――」

「待ってエイミ」

 と、辞退を申し出ようとするエイミをヘレナが遮る。

「そのコンテスト、優勝したらなにか貰えるのかしら」

「よくぞ聞いてくれました! 今回はIDAスクールの大々的な協力がありまして、人気商業施設レゾナポートのレストラン街、コロナ・トラットリアの食べ放題券を初め、クラシィ・フロアでは優勝者をモチーフにしたオリジナルジュエリー&カクテルの商品化に、なんと言っても最大の目玉は、大人気映画館、メテオ・シネマで公開される新作映画の主演を演じられるという、全女子の夢のような賞品をご用意しておりますです!」

「あら。素敵じゃない。私達も参加するわ」

「オウイェ! ご参加、ありがとうございまーす!」

「ちょっとヘレナ!?」

 勝手に話を進めるヘレナに、エイミが詰め寄った。

「面白そうじゃない。そんなに時間がかかるわけでもないでしょうし。サクッと優勝して、賞品を頂いちゃいましょう。それで、アルドを未来に招待して、レゾナポートでデートするのよ。美味しいご飯を食べて、あなたが主演の映画を二人で見て、一緒にアクセサリーを選ぶ。ロマンチックじゃない」

「ロマンチックって……大体、サクッと優勝って、そんな上手くいくわけないでしょ?」

「そうかしら。エイミなら、十分可能性はあると思うけど。お転婆なのに目を瞑れば、あなた、とっても美人だし」

「えっ!?」

 予想外に褒められて、エイミは赤面する。

「だ、だとしてもよ! 映画の主演とか、そんな事してる暇ないし、誕生日会にだって間に合わないじゃない!」

「そこはご心配なく。主演と言っても、既に撮影済みの映像に、優勝者の立体モデルデータを挿入するだけですので。最終審査の結果が決まり次第、すぐに公開される予定です」

「ほら。ドローンもこう言ってる事だし。断る理由はないでしょう?」

「あり過ぎて、出てこないくらいよ!」

 往生際の悪いエイミに、ヘレナは肩をすくめた。

「あらそう。自信がないなら無理にとは言わないけど。確かに、いくらエイミが美人でも、合成人間として完璧なプロポーションを与えられた私に勝つのは難しいでしょうし」

「なっ!?」

 見え見えの挑発を受けて、エイミの勝気な瞳に、ボゥっと闘志の火が灯る。

「そこまで言うなら、やってやろうじゃない! わたしだってこう見えて、イシャール堂の看板娘で通ってるんだから! その気になれば、ミスコンで優勝するくらい、楽勝よ!」

「えぇ。期待しているわ」

 してやったりとヘレナが言う。

「それでは早速、一次審査から! こちらは定番の、ポージングからです! それではお二人とも、張り切って行ってみましょう! 最初は可愛くプリティーに!」

 すかさず、ヘレナはデータベースから人気アイドルのグラビアデータを呼び出し、ポーズを取る。

「へ、ヘレナ? あなた、そんなキャラだったっけ?」

「勝負の為よ。エイミこそ、あなたに可愛いポーズなんて出来るのかしら?」

「で、出来るわよ!」

 言いながらも、顔面をトマトのように赤くし、恥ずかしさで震えながら、拒否反応を示す四肢を筋肉で従わせ、猫のようなポーズを取る。

「オウイェ! 二人ともベリーグッド! ヘレナさんはギャップがあって、エイミさんはぎこちない感じが、非常にキュートです! お次は、セクシーに!」

「余裕ね」

 エイミは曲線美を際立たせるように体を伸ばすと、後頭部の稼働パーツをふんわりとかき上げる。

「わたしだって!」

 破れかぶれで、エイミは何かの映画で見た女優のしぐさを真似た。

「ヘレナさんの溢れる色気に、ドキドキが止まりません! 一方エイミさんは、セクシーは少し苦手の様子! 次で挽回出来るのか! 最後はクールにかっこよく!」

「こんな感じかしら」

 次々とデータを読み込み、ヘレナはファッションモデルのポーズを連続で再現する。

「いいですね! 非常にグッド!」

 興奮した声音で、様々な角度からドローンが撮影する。

 対するエイミは。

「クールに、かっこよく? ああもう、こうなったらやけよ!」

 ヘレナの完璧なポージングに圧倒され、頭の中は真っ白に。咄嗟に出てきたのは、身体に染み込むマーシャルアーツだ。

 鋭いパンチの連撃から、しゃがみ込んでのサマーソルトを決める。

「これは凄い! エイミさん、ここで一気にポイントを稼ぎました! このかっこよさはまさにゼノ・プリズマ級!」

「ゼ、ゼノ・プリズマ級?」

 困惑するエイミを無視して、ドローンが跳ねるように飛び回る。

「お二人とも、文句なしの合格です!」

「当然ね」

「あ、当たり前よ!」

 強がるエイミに、ドローンが告げる。

「二次審査はこの後すぐ、IDAシティのメディカルレルムで行われます! 時間までに来られなかった場合、失格となりますので、急いでお越しください。それでは~!」

 言うだけ言うと、ドローンはどこかへと飛び去って行った。

「……なんだかどっと疲れたわ」

 げっそりと呟くエイミを見て、ヘレナは口元を押さえて笑うのだった。


 †


 二次審査の会場に向かう為、二人はカーゴ・バスに乗り、シティ・エントランスへと降り立った。

 IDA・シティを一望出来る高台に着く頃には、エイミはすっかり冷静になり、見え見えの挑発に乗ってしまった事を後悔していた。

 ――なにやってんのよわたしは。大体、ミスコンなんて柄じゃないし。今からでもどうにかして、コンテストを辞退出来ないかしら。

 そんな風に思っていると。

「うーむ。困った。どうしたもんか……」

 ステーションの片隅で、一人の老人がぶつくさと呟いているのが耳に入った。

 ――これはチャンスね!

 エイミは思った。人助けにかこつけて、失格になってしまおう!

「ねぇ、ヘレナ――」

「ダメよエイミ。私達、コンテストの最中でしょう」

 お見通しと言う風に、ヘレナが言う。

「けど、もし困っているなら、放ってはおけないわ」

 すると、ヘレナはこちらを振り向き、面白がるようにエイミを顔を見つめた。

「な、なによ」

「だってあなた、アルドみたいな事言い出すんですもの」

「なっ!?」

「やっぱりあれかしら。恋をすると、好きな相手に似るっていう」

「ち、ちがっ!」

 真っ赤になって否定しかけ、思いとどまる。

 ――どうせ否定しても無駄だろうし、いっそのこと、今だけそういう事にしちゃおうかしら……

 覚悟を決めると、エイミは言った。

「……そうかもしれないわね」

「あらあら」

 興味津々、ヘレナが言う。

「アルドの喜ぶ顔は見たいけど、困っている人を見捨てて手に入れたプレゼントを贈っても、あいつは喜ばないと思うのよね」

 エイミの言葉の真偽を測るように、ヘレナはじっとこちらを見つめる。

 ――うーん、見え見えの嘘だったかしら。

 そう思いながら、恋する乙女の顔を演じていると。

「確かにそうね。それじゃあ、お爺さんの事はエイミに任せて、私はコンテストで優勝してくるわ」

「ヘレナがいいならそれでいいけど……その場合、映画の主演はあなたになるんじゃ……」

 そうなると、もはや本末転倒である。

「そうね。あと、クラシィ・フロアのオリジナルジュエリーとカクテルも。だから、そっちは私が貰って、ガリア―ドを誘う事にするわ。食べ放題はあなたにあげるから、アルドへのプレゼントはそれでなんとかなるでしょう。それとも、いっその事、私とガリア―ドとエイミとアルドで、ダブルデートをするっていうのはどうかしら」

「だ、ダブルデート!?」

 思わず吹き出す。本当に、今日のヘレナはどうしてしまったのだろう。

「らしくない事を言っているのは自分でも分かっているわ。でも、リ・ア=バルクやレオとの一件で、私は自分の気持ちに気がついたの。それに、本当の意味で、私達合成人間があなた達人間と共存する為には、合成人間も人間のように、誰かを愛し、人生を楽しむ事を覚えないといけないと思うのよ」

 不意に真剣な口調で言うと、ヘレナは不安げに尋ねた。

「私の言っている事、おかしいかしら」

「ううん」

 エイミは即座に否定した。

「とっても素敵だと思う」

 ふと、エイミはヘレナの気持ちが理解出来た。つまり、ヘレナとガリア―ドの恋愛を応援したくなったわけだが。

「でも、だったらダブルデートは駄目よ。こう言ったら悪いけど、ガリア―ドって、アルドに負けず劣らず、そういうのには鈍いでしょう? そんな男が二人も集まったら、お手上げよ!」

「そうかもしれないわね」

 容易に想像できる光景に、二人はくすくすと笑い合った。

「それじゃあ、私は行くわね」

「うん。幸運を祈ってるわ」

 ヘレナを見送ると、エイミはコンテストに出なくてよくなった解放感から大きく伸びをした。胸の中には、合成人間の甘い恋心が与えてくれた優しい温もりが残っている。

「さてと。それじゃあ、お人よしの誰かさんの真似でもしましょうか」

 誰ともなく呟くと、エイミは老人に声をかけた。

「どうしたのおじいちゃん? なにか困りごと?」

「おぉ、お若いの……実は、散歩をしている途中に端末を落してしまってな」

「それは困ったわね。どの辺で落としたか、心当たりはある?」

「多分、セントラルパークでだと思うのじゃが」

「そう。それじゃ、一緒に探してあげるわ」

「なんと優しい娘さんじゃ。それでは、お言葉に甘えるとするかのう」


 †


「うーん。セントラルパークって、こうして見ると結構広いわね。ここから端末を探すとなると、かなりの骨よ」

「うーむ……。多分、こっちの方で落としたと思うんじゃが」

 セントラルパークにやってきたエイミは、老人に導かれながら、足元に目を凝らす。

 それらしい物を見つけられぬまま、パークの東側に進んでいくと、やがて、テーブルゲームの広場に着いた。

 そこは、大昔に流行ったテーブルゲームを模した一角で、タイル張りの床に、巨大な駒のオブジェが並べられている。

「なんだか、やけに人が多いわね」

 パークの中でも、あまり人気のないエリアなのだが、その日はなぜか賑わっていた。それも、奇妙な事に若い女性が多い。不思議に思っていると、老人が足を止めた。

「ありがとうよ、優しいお嬢さん。ここまでで結構じゃ」

「え? でも、まだ端末は見つけてないわよ?」

 エイミが言うと、老人は困ったような笑みを浮かべる。

「うーむ。なんというか、アレは嘘じゃったんじゃ」

「嘘って……どういう事よ?」

 腕組みをして老人を睨むと、どこからともなく、一体のドローンがこちらに飛んでくる。

「二次審査突破、おめでとうございまーす!」

「えぇ!? どういう事よ!?」

 軟派な合成音声は、一次審査を担当したドローンのものだ。

「ミス・エルジオン足る者、美しいだけでなく、優しさも備えていなければ! という事で、二次審査の内容は、抜き打ちの人助けなのでした~! パフパフドンドンドーン!」

「そういう事じゃ。騙すような事をしてすまんかったな」

 唖然とするエイミに会釈をして、老人は去っていった。

「……そんなのって、ある?」

 失格になるつもりが、逆に合格してしまうとは。

「エイミ!」

 茫然としていると、メディカル・レルムの方からヘレナがやってきた。

「やられたわ! 本命は、お爺さんの方だったみたい!」

「そうみたいね……」

「失格になったのは悔しいけど、これも運命なのかもしれないわね。星の声が、あなたとアルドをくっつけようとしているのよ」

「なわけないでしょうが!?」

 たまらず突っ込むが、ヘレナは動じない。

「なんにせよ、こうなったらあなたが頼りよ。なんとしてでも優勝して、賞品を持ち帰らないと」

「手ぶらで帰るわけにもいかないし。こうなったら、頑張るしかないみたいね……」

 ドローンに向き直り、エイミは尋ねる。

「それで、次の審査はなに?」

「はーい! ミス・エルジオン足る者、強く優しく美しく在れ! という事で、最終審査はこちら!」

 ドローンが叫ぶと、奥の方で待機していたのか、玩具の警棒を持った人型ロボットがテーブルゲーム広場の中央に歩み出た。

「審査ロボットとの三分間の模擬戦闘になります! 与えたダメージの量はもちろん、戦い方の美しさも審査されますので、ご注意ください!」

「それなら、わたしの得意分野よ!」

 ゴキゴキと拳を鳴らす。今日は散々な目に合った。審査ロボットには悪いが、鬱憤のはけ口になって貰うとしよう。

 ドローンが告げる開始の合図と共に、エイミは矢のように飛び出した。先手必勝! のつもりが、審査ロボが機械ならではの反応速度で警棒を横に薙ぐ。その速度たるや、ゼノ・ドメインを徘徊する排除ロボを優にしのぎ、咄嗟にエイミは力任せの制動をかけて後ろに飛ぶ。

 周りでは、不用意に飛び込んだ他の参加者が玩具の一撃を貰い、失点を告げるアラームを響かせていた。

「言い忘れておりましたが! こちらの審査ロボ、IDAスクールのロボット工学科とKMS社が共同開発した最新モデルとなっておりますので、ご注意ください!」

 聞いてないわよ!? と、あちらこちらから不満が飛び交う中、エイミは一人、口角を上げていた。

「面白いじゃない」

 トントンと、つま先で飛んでリズムを取る。

 復讐の為の人生はとうに終えた。アルドのお陰と言い切るのは語弊があるが、しかし、彼との出会いがきっかけとなったのは間違いない。

 それでもなお、普通の未来人の女の子として過ごさず、数奇な運命を背負ったお人よしの、いつ終わるとも知れぬ壮大な人助け、いや、星助けの旅に付き合っているのかと言えば。

 やはり、面白いからだと言わざるを得ない。未来では見られぬ景色、知れぬ事、戦えぬ相手、そして、彼と共に何の利益にもならない人助けをした時の、あの言い知れぬ満足感と誇らしさ。そこには、復讐者として生きている時には一度たりとも感じ得なかった、命の充足があった。エイミに言わせれば、それは多分、恋なんかより、余程刺激的な体験なのである。

 ――だからまぁ、たまにお返しをしてあげてもいいわよね。

 言い訳のように付け足すと、再び審査ロボに向かって飛び出した。

 先ほどの再現のような状況に、迷わず審査ロボは最適解で反応する。警棒による、横なぎの牽制。それこそが、歴戦のハンターであるエイミの仕掛けた見えざる罠だ。

 前方に飛び込んで警棒を躱すと、ハンドスプリングの要領で下段からドロップキックを叩きこむ。攻撃直後の不安定な体勢に体重の乗った一撃を受けて、審査ロボは仰向けによろけた。

「まだまだ!」

 審査ロボが体勢を整えようと上体を起こした所に、顎を狙ったスマッシュダウン! 並の戦闘ロボなら、これだけでCPUが揺さぶられ、暫くの間シャットダウンする事だろう。

 が、流石は最新機。この程度では動じない。それはエイミも分かっており、続けざまにダブルダウン、トリプルダウンと、それこそ機械じみた超速の挙動で連撃を決める。

 嵐のような連撃に、シャットダウンだけはどうにか堪えるが、審査ロボはエラーを吐いてアイセンサーを点滅させる。が、その程度で許すエイミではない。と言うか、気づきもしないエイミである。

「はぁー!」

 チャージスタンスで全身に気を漲らせると、身体を捻り、渾身のブラストヘブンを放つ。

 バゴン! と、砲撃のような一撃に、大重量の機械の身体が浮く。

「もう一丁!」

 その身体が戻ってくるのに合わせて、再びブラストヘブンを合わせる。全身に疾風の気を循環させた一撃は、初撃よりも二撃目以降が強力だ。

 ズゴォン! と、雷鳴の如き爆音を響かせて、エイミの拳が鋼のボディを穿つ。哀れ、最新鋭の人型機械は部品を撒き散らしながら彼方へと飛び去った。

 その様子に、会場は唖然とする。

 それに気づかぬエイミは、未だしゅうしゅうと煙をあげる拳に、ふっと吐息を吹きかけた。

「なによ。全然大した事ないじゃない」

「……やりすぎよ、エイミ」

 飽きれたヘレナの呟きが、静まり返った会場に空しく響いた。


 †


「納得いかないわ!?」

 コンテストを終え、いつも通りの平穏を取り戻した、ガンマ区の大通り。

 往来の投げかける奇異の目も気にせず、怒り心頭のエイミは叫ぶのだった。

「どうして優勝じゃないのよ! 最終審査は、どうみたって私が一番だったじゃない!」

 三十秒のTKOは、エイミとしては、文句のない結果である。

「仕方ないわね。あれじゃ、ミス・エルジオンじゃなく、ミス・デストロイヤーだもの」

「デストロイヤー!?」

 ぎょっとして、エイミが叫ぶ。

「強さだけじゃ駄目だって、特別審査員のシャノンも言ってたじゃない。ミス・エルジオンは、みんなが憧れるような優雅さがないといけないって」

「ふんだ! ……どうせ私はじゃじゃ馬のお転婆よ!」

「そんな風に臍を曲げないの。僅差だったってシャノンも言ってたし、特別審査員賞も貰えたじゃない。賞品はコロナ・トラットリアの食べ放題券だけだけど、それだけでも、アルドへのプレゼントとしては十分でしょう?」

「それはそうだけど……」

 納得のいかないエイミを見て、ヘレナはふふっと、笑みをこぼした。

「なにがおかしいのよ?」

 エイミに睨まれ、ヘレナは肩をすくめた。

「だってあなた、アルドの事も、ミスコンの事も、最初は全然乗り気じゃなかったじゃない」

「それとこれとは話が別よ!」

 言ってから、エイミは違和感に気づいた。

「……って、それじゃあヘレナは、わたしにその気がないって分かってて、ずっとからかってたってわけ!?」

「ごめんなさい。実はそうなの」

「どうしてそんな事を……」

 裏切られたような気がして、ショックを受ける。

「こんな風にあなたと二人で行動する事って今までなかったでしょう? なんだか私、楽しくなっちゃって」

「……ズルいわよ。そんな風に言われたら怒れないじゃない!」

 何故だろう。先ほどのショックは、コインを裏返したように、照れくささにも似た喜びに変わる。

「エイミはどう? 私との行動は、楽しくなかった?」

「……楽しかったけど」

「けど?」

「……けどはなし! 普通に楽しかったわ! これでいい?」

「えぇ」

 満足げに、ヘレナは頷く。

「ねぇ、エイミ」

「なによ」

 怒ってはいない。ただ、なにか無性にくすぐったくて、エイミはむっすりとしてしまう。

「私にとってあなたは、生まれて初めて出来た、人間の女友達よ」

 あなたはそう思ってはいないかもしれないけれど。ヘレナはぼそりと付け足した。

 エイミはため息をついた。

「あんただって、私にとって初めての、合成人間の女友達よ」

 合成人間のヘレナの顔は、仮面を被ったようなデザインで、口元意外、ほとんど表情の変化がない。それでもエイミは、彼女が花のような笑みを浮かべたと感じた。

 照れくさくなるまで見つめ合うと、二人の乙女はどちらともなく笑い出した。

「それじゃあ、帰りましょうか」

 ヘレナが頷く。

 時空を超えた帰路の途中で、エイミは言った。

「また一緒に遊びましょう。なんなら次は、セバスちゃんも誘って」


 †


 二人の乙女が種族の超えた友情を育んでいた頃。

 ユニガンのアルドはといえば。

「ありがとう! あんたのお陰で濡れ衣も晴れて、騎士に戻る事が出来た! 本当に、なんて言って礼をしたらいいか……」

 腹ペコの浮浪者だった男はもういない。そこにいるのは、ピカピカの鎧に身を包んだ、逞しい騎士だけだ。

「礼なんていいよ。困ったときはお互い様だ。それじゃあ俺は、用事があるから」

「待ってくれ!」

 あっさりその場を去ろうとするアルドを、騎士の男が呼び止める。

「せめて、こいつを受け取ってくれ。俺の家に代々伝わる、邪悪を断つ魔除けのナイフだ」

 男が差し出したのは、真っ赤な石の刀身を持つ古びたナイフだった。

「代々伝わるって、そんな物、受け取れないよ!」

 アルドは言うが、男も引かない。

「恩人に礼の一つも出来ずに別れては、騎士の名が廃る。それに、あれが言うのもなんだけど、あんたは色々と面倒ごとに巻き込まれそうな性格をしているからな。きっとこれは、俺よりもあんたの方が相応しいさ」

 そこまで言われては、断るわけにもいかない。

「……わかった。家宝のナイフ、大事にするよ」

 固い握手を交わし、騎士と別れると、アルドは深々と溜息を吐いた。

「だいぶ時間を食っちゃったな。今度こそ、フィーネのプレゼントを探さないと」

 と、その時だ。

 青白い光と共に、バチバチと何かが爆ぜるような音を背後に聞き、振り返る。

 そこには、時空の穴がぽっかりと口を開けていた。

「今度はなんだよ!?」

 悲鳴をあげるアルドを、虚空の穴がパクリと呑み込む。

 後にはただ、ユニガンの日常だけが残った。

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