第2話 ゲコノデコンビ

「うーむ。やはり、自分の時代の水が一番肌に馴染むでござるな」

 アルドの時代から見ればはるか昔の古代。

 そして、サイラスから見れば現在の事。

 水のエレメンタルの加護を瑞々しく受けた、水の都アクトゥール。街中を網の目のように走る水路の街の片隅で、宙に浮かぶ水瓶から流れる清水を心地よく浴びながら、カエル侍サイラスは一人ごちた。

「しかし、リィカ殿。本当によかったでござるか? エイミ殿やヘレナ殿と一緒に未来へ行かずに」

 視線の先には、通路の端にしゃがみ込み、興味津々こちらを覗く、プリティーチャーミングな汎用アンドロイドの姿がある。

 あの後、当初の予定通り、各々の時代でプレゼントを用立てる事となった。古代出身はサイラス一人のはずなのだが、どういうわけか、未来生まれのリィカも同行している。

「ハイ! エイミさんが、サイラスさん一人デハ不安ということデ、サポートをお願いされました、ノデ!」

「ゲコォ!?」

 予想外の答えに、カエル侍が喉を鳴らす。

「ぐぬぬ。エイミ殿は、拙者に対する信頼がなさすぎるでござるよ! とぁ!」

 気合一発。高々と水面から飛び出すと、リィカのそばに着地する。

「かくなる上は、皆を驚かせる物凄い贈り物を用意するしかござらんな!」

「ハイ! ワタシも、全力でサポートします、ノデ!」

「うむ! 万能絡繰りのリィカ殿が手伝ってくれるなら、鬼に金棒でござる! しかし、今回は拙者の名誉を挽回するまたとない機会。リィカ殿の手助けは無用でござるよ」

「シカシ、それではエイミさんとの約束が」

「なに、拙者が完璧に役目をこなせばよいだけの事。万が一拙者の手に余るような事があれば、その時は頼りにさせて貰うでござる」

「ノデ……。ワカリマシタ! サイラスさんがそこまで言うなら! ワタシも全力で見守ります、ノデ!」

「流石はリィカ殿。話のわかる絡繰りでござる!」

 ゲコゲコゲコ、ピコピコピコと、カエル侍とアンドロイドの珍妙なコンビが、楽し気に肩を震わせる。

「ところでサイラスさん。プレゼントの目途はついているのでショウカ?」

「うむ。勝手知ったるアクトゥールでござる。拙者の記憶が確かなら、向こうの通りに、贈り物にうってつけの珍しい品を扱う行商人がいたはずでござる」

「ナルホド! デハ、早速行ってみまショウ!」

 そういうわけで、肩で風切りサイラスが歩み、斜め後ろをきっちり一メートル空けて、ガシンガシンとリィカが追う。

 愛らしい白猫に脇目も振らず、水のアーチを潜り抜け、馴染みの武器屋を通り過ぎ、酒場の方へ曲がりたくなる気持ちをグッと堪えて、宿屋を曲がったその先の、荷物を積んだ小舟が横付けされた一角で、ふとサイラスは足を止める。

 どうやらそこは、パシファル宮殿や火の村ラトルと交易する船着き場の一つらしく、すぐそばには、サイラスの言う行商人なのだろう、オールバックに口の周りをぐるりと髭で囲んだ中年の男が、涼やかなアクトゥールの空気を腹いっぱい吸い込んで欠伸をしている。

 寝ぼけた顔の行商人は、こちらにやってくるサイラスの姿を認めると、別人のようにニッカリと笑顔を浮かべ、声をかけた。

「これはこれは! カエルの旦那じゃねぇですかい! 最近見ないと思ったら、どちらにお出かけで?」

「なに。少しばかり未来を救う旅に出ていたでござるよ」

 事も無げにサイラスは言うが。

「はぁ……」

 と、事情を知らない行商人の親父が理解出来るはずもなく、気の抜けた酒のような返事をするばかり。

「そんな事より、今日は入り用があって来たでござる」

「へい! 本日は読み物をお探しで? それとも刀の錆止めで? あぁそうだ! 前に旦那が探してた、湿気に強い家具が入っていますぜ!」

「それも気になるでござるが、今日は友人の誕生日に贈る品を探しに来たでござるよ。なにかこう、貰った者があっと驚くような手鏡が欲しいのでござるが」

「それなら丁度、パシファル宮の宮廷細工師が手がけた珍しい逸品があったはずでさぁ!」

 威勢よく言うと、行商人は船の積み荷を探しに行く。

 ぼんやりと男の帰りを待つサイラスに、リィカが声をかけた。

「アノ、サイラスさん」

「む。なんでござるか、リィカ殿」

「ワタシのデータには、この時代の知識は多くありマセン。ソレニ、アルドさんの髪の毛が寝ぐせだらけのヨウニ見えるのも事実デス。ソレにしても、男性のプレゼントに手鏡を選ぶのは、疑問がアリマス、ノデ」

 リィカの言葉を飲み込めず、サイラスは短い時間、ぽっかりと大口を開いていた。やがて、彼女の可愛らしい誤解に気づくと、腹を抱えて笑い出した。

「かっかっか! なにを言い出すかと思えば! 違うでござるよ、リィカ殿。この手鏡は、フィーネ殿への贈り物でござる」

「フィーネさんの?」

「うむ。此度のさぷらいずぱーてぃーとやらは、元を正せばフィーネ殿に向けた物でござるからな。アルド殿への逆さぷらいずに変わったとは言え、フィーネ殿への贈り物忘れては、片手落ちでござるよ」

「ソウデシタ! ワタシとした事が! こんな初歩的な失敗をするとは!」

 一団の知恵袋のような存在のリィカである。ど忘れしていた事が余程ショックなのか、頭を抱え、絡繰り仕掛けの目を点滅させている。

「かっかっか。構わんでござるよ。リィカ殿にはいつも助けられてばかりでござるからな。むしろ、リィカ殿でも失敗する事があると知って、安心したくらいでござる」

「ガ、ガガガ、記憶領域の分断化を確認。緊急デフラグメンテーション開始、高速同時演算にヨルCPU発熱量の増加を確認……ウゥ、穴があったら、入りたい……ノデ!」

「これはこれは! リィカ殿でも照れる事があったでござるか。これはまずます珍しい!」

 プシューっと、湯気を上げながら放熱するリィカの横で、ゲコゲコとサイラスが笑う。

 そうこうしている内に、綺麗な手鏡を持って行商人が戻ってきた。

「ありましたぜ、旦那」

「ほう。これは中々。美術品に疎い拙者でも一目でわかる、見事な品でござるな」

「未来の価値観と照らし合わせテモ、素晴らしいと言える逸品デス!」

 二人が太鼓判を押す。それ程に美しい鏡だった。全体が半透明の青っぽい結晶体で出来ており、縁と柄に、水の精が両手で鏡を掲げたような細工が施してある。中央に埋め込まれた鏡体はピカピカに磨け上げられ、静かな水面を思わせる優しい輝きを放っている。

「しかし親父。ただ綺麗なだけではダメでござるよ。拙者が求めるのは、貰った者があっと驚くような逸品でござる」

「勿論でさぁ。なにを隠そうこの手鏡、コリンダ原の水の精が稀に落す、水の結晶を加工した物だそうで。この通り、鏡面がしっとり濡れて、曇ったり汚れる事がないんでさぁ」

 言いながら、行商人は判を押すように、太い指を鏡面に押し付ける。

「アッ!」

 と、思わずリィカは声をあげるが。

 行商人が指を離すと、くっきりと残った指紋が、上から下に洗い流されるように消えていく。

「なんと面妖な! これこそ、拙者の求めていた逸品でござる! 親父、これにするでござるよ!」

「へい! しめて、30000Gitで」

 思わぬ高値に、サイラスは喉を鳴らす。

「け、結構するでござるな」

「とんでもねぇ! 貴重な水の結晶を惜しげもなく使い、パシファル宮の宮廷細工師が丁寧に魔力をこめて加工した一点物ですぜ! 旦那じゃなけりゃ、この倍は貰ってるところでさぁ」

「むぅ……アルドの大切な妹君への贈り物でざごる。なんのこれしき!」

「流石はカエルの旦那! 気風がいいねぇ! よ、男前!」

「そんなに褒めてもなにも出ないでござるよ。さて、財布財布と……む、むむ?」

 腰の財布に手を伸ばしたサイラスの顔が、ふと歪んだ。

「どうされたんで?」

「いや……確か、この辺に……む、むむむむ……ゲコォ!?」

 パタパタと、腰や尻を弄り、袴の中に手を突っ込む。それが終わると、サイラスは頭を抱えて喉を鳴らした。

「サイラスさん、どうしたんデスカ?」

 心配するリィカに向けて、呆けたようにサイラスは言うのだった。

「財布……忘れたでござる……」

「ノデ!?」

 暖かな陽気が降り注ぐアクトゥールに、どういうわけかこの時この場所にだけ、ぴゅーるるる……と、身を切るような寒風が通り過ぎた。

「はぁ……さいですか」

 寒風は、行商人の顔から営業スマイルを吹き飛ばしていた。大きなため息を吐くと、男はノロノロと背を向ける。

「ま、待つでござる! 此度の催しは、拙者の名誉がかかった大事な会! 後で必ず払うでござるから、ここは一つ、ツケという事で」

「勘弁してくだせぇ。あっしもね、遊びで商売やってるわけじゃねぇだ。いくら旦那の頼みとは言え、こればっかりは聞けませんぜ」

「後生でござる! そこをなんとか!」

 と、恥を掻き捨て拝み倒すサイラスだが、その肩を、ちょんちょんとリィカのマニピュレーターが叩いた。

「サイラスさん。宜しければ、ここはリィカが立て替えます、ノデ!」

 おぉ! 救いの神よ! この時サイラスには、未来の汎用アンドロイドが、ありがたい仏に見えたのだった。

 が。

「し、しかし、それでは拙者の面目が」

「ソレデハ、こういうのはどうでショウカ。サイラスさんは、先ほどのワタシの失敗を秘密にする。ワタシも、サイラスさんが財布を忘れた事は誰にも言いマセン。WIN-WIN。公平な取引というワケデス、ノデ!」

「もとより拙者は、リィカ殿の他愛無い失敗を言い触らす気など毛頭ござらんが……。折角のリィカ殿の好意、無駄にするのは、それこそ侍の沽券にかかわる。ここは素直に拙者の不徳を認め、ありがたく甘えさせて貰うでござるよ」

「ハイ! そうして貰えると、リィカも来た甲斐がアリマス、ノデ!」

 嬉しそうに言うと、リィカはドレス型装甲に備え付けられた予備格納庫を開き、ロボット猫の顔を模したピンク色の小さなガマグチを取り出すと、もしもの時の為に密かに溜めていたヘソクリを行商人に支払った。

 その様子に、行商人は一瞬ギョッとしたが、カエルの姿をした侍がいるくらいだから、喋る鎧がいてもおかしくはないのだろうと思い直し、威勢よく言うのだった。

「まいどあり!」


「ソレにしても、意外デシタ」

 行商人から、小箱に包装された手鏡を受け取ると、出し抜けにリィカは言った。

「サイラスさんが、あんな素敵な贈り物を選ぶとは。これは、データを更新しなければ」

「それには及ばんでござるよ」

 丸い顎の下を撫でながら、気恥ずかしそうにサイラスは言う。

「正直に申せば、拙者、女子への贈り物などさっぱりでござる」

 サイラスの言葉に、リィカは首を傾げた。

「デスガ、現にこうして、素敵な贈り物を選んでイマス」

「うむ。恥ずかしい話でござるが、拙者の良く知る者が以前、愛する者に鏡を贈った事があってな。その時の事を思い出し、真似ただけなのでござる」

 遠い昔を懐かしむように、或いは、失われた何かを惜しむようにして、サイラスは東の空を仰いだ。ユーモラスなカエル姿の侍が漂わせる哀愁の気配に、心優しい機械の少女は何かを察した。

「……ナルホド、デス」

 それ以上、言う事はない。

 サイラスも、喋り過ぎたと思ったのだろう。

 気を取り直して、言うのだった。

「さて。次はアルド殿への贈り物でござるな」

「ハイ! アルドさんには、何を贈ったらいいでショウカ?」

「さっぱりでござるよ」

「ノデ!?」

 あっさり言い切るサイラスに、リィカは困惑した。

「考えてみれば、女子以上に、男に物を贈る機会などなかったでござるからな」

 腕を組むと、サイラスは言うのだった。

「先ほどの事で反省したでござる。妙な意地を張るのは止めにして、素直にリィカ殿の知恵袋を頼るとするでござる」

「お任せください! データベース参照、検索項目、十代、男性、贈り物、ピピピ、ガー」

 グルグルと、ツインテール型デバイスを回転させ、リィカが計算する。

「検索結果。電子端末、ゲームソフト、IDAクレジットギフト券、等がオススメ、デス!」

「でんしたんまつ、げえむそふと、あいでーえーくれじっと?」

 二万年以上未来の言葉に、サイラスはただただ困惑するばかりだ。

「スミマセン。ワタシのデータベースには、アルドさんの時代の男性が好みそうな贈り物はインプットされていないようデス……」

 リィカも、自分の間違いに気づき、正直に告げた。

「わからないのは拙者も同じ。謝る事はなにもないでござるよ。なぁに、拙者一人では心もとないが、リィカ殿と二人で力を合わせれば、きっとどうにかなるでござるよ」

「……! ハイ!」

 サイラスの言葉が嬉しくて、リィカはいつもよりも大きなボリュームで返事をした。アルドもそうだが、過去の人間の機械に対する振る舞いは、リィカの時代の人間のそれとは違っていた。リィカの時代の人間にとって、機械とは目的の為に機能する道具であり、間違いを許されるような存在ではない。もっともそれは、アンドロイドを知らない過去人達が、リィカの事を同じ人間のように扱っているからなのだが。だとしても、或いは、だからこそ? 正確な定義は難しいが、リィカのボラックボックスが詰まった胸は、その事を思うと複雑な処理による過負荷で暖かくなるのだった。

「話は聞かせて貰いやした! あっしでよけりゃ、力になりやしょうか?」

 そばで聞き耳を立てていた行商人の男が、ビジネスチャンスとばかりに声をかける。

「そうでござるな。こういうのは、商人であるお主の方が得意でござろう。ここは一つ、知恵を貸して欲しいでござるよ」

「へい! アルドってのは、近頃旦那が一緒にいる若い剣士の事でしょう? それならあっしに心当たりがありまさぁ」

 と、流石は商売上手の行商人。流れるように言葉を繋ぐ。

「旦那は、生きた砥石ってぇのをご存じで?」

「いや。初耳でござるな」

「でしょうな。こいつは大層珍しい代物で、あっしもこれまで、数える程しか扱った事がないんで。なんとこの砥石、文字通り生きてるそうで、使っても使っても、すり減る端から元通りになるってぇ夢のような砥石なんでさぁ」

「なんと! そいつは良いでござるな!」

 旅の剣士にとって、砥石は武器の次に大事な道具だ。いくら優れた武器でも、使えば切れ味は落ちる。鍛冶屋に出して研いでもらえばいいのだが、旅の途中ではそういうわけにもいかない。とはいえ、包丁なんかとは違い、武器は刃渡りが長いから、砥石の消耗も激しい。すり減った砥石は使いずらく、研ぐのも難しくなってくる。いざという時の事を考えると、予備の砥石を持ちたい所だが、旅の荷物は身軽でいたいという気持ちもある。それを思えば、すり減らない砥石と言うのは、地味なようだが、剣士にとっては夢のような代物なのである。

「アルド殿への贈り物は、生きた砥石とやらにするでござるよ。親父、いくらでござるか?」

「いえ、それが、珍しい代物だけあって、あっしの手元にはないんでさぁ」

 むむと、サイラスが瞼を釣り上げる。

「おい親父。ない物を奨められても困るでござるよ」

「そうなんですがね。ここからは提案でして。あっしは、生きた砥石を手に入れる方法は知ってるんで。旦那にそれを教える代わりに、幾つか余分に取ってきて貰えねぇかと」

「取引というわけでござるか。まぁ、生きた砥石が手に入るなら、お安い御用でござる。それで、生きた砥石はどこで手に入るのでござるか?」

「へい。デリスモ街道にゴーレムが出るのはご存じだと思いやすが。何かの間違いで、あれが時々コリンダ原に迷い込む事があるそうで。普通はほっといても他の魔物に襲われておしまいなんですが、ごく稀に、土のエレメンタルの力を取り入れて強くなっちまう奴がいるそうで。そういう迷いゴーレムの身体は、再生能力を得るんだとか」

「なるほど。コリンダ原で土のエレメンタルの力を得たゴーレムの欠片が、生きた砥石の正体と言うわけでござるか」

「流石旦那! 察しが良い! ただ、そういう事情があるもんで、この迷いゴーレム、普通のゴーレムとは比べ物にならないくらい強いんだそうで。他の魔物と争ったとか、そういう偶然でたまたま欠片が落ちたのを、これまた偶然に拾うぐらいでしか手に入れる手段がないんでさぁ。ご存じの通り、あそこは危険な魔物がうようよしてるんで、探しに行こうって奴も中々いなくて」

「まどろっこしい話でござるな。迷いゴーレムの欠片が欲しいなら、直接そいつと闘って、欠片を頂戴したらよいでござろう」

「とんでもねぇ! 旦那、あっしの話を聞いてなかったんで? 迷いゴーレムは、普通の奴とは比べ物にならねぇ程強いんでさぁ! 馬鹿みたいに頑丈な上に、ちょっとやそっとの傷はあっという間に直っちまう。いくら旦那が腕利きの侍でも、あいつとやり合うのは止した方がいいですぜ」

「そう言われると戦ってみたくなるのが侍の性でござるが。今回の目的はあくまでもアルド殿への贈り物を手に入れる事。今日の所はお主の助言に従っておくでござるよ」

「ワタシも、それがいいと思います、ノデ!」

「そうと決まれば、早速出発でござる!」


 †


 薬過ぎれば毒となる。火、水、風、土、四つのエレメンタルの力が飽和したコリンダ原は、一見すれば魔力を帯びて淡く発光する美しき菌類茂る平原だが、裏を返せば、そんな特殊な環境に適用した異形の種しか根付かない、不毛の土地とも言えた。

 生き物と言えば、たまに見かける迷い猫と、邪風を吹かせる怪鳥くらい。後はただ、気まぐれに顕現したエレメンタルの精がふわりふわりと飛び回るだけ。

 化け物鳥はさておいて、エレメンタルの精に悪意はないとは言え、さして知能のない下級精霊、戯れのつもりで目を付けられ、向こうは遊びのつもりなれど、人間などは脆きものと、つまらぬ結果になりかねぬ。

 こんな所で怪我をするのも馬鹿らしいので、侍の性には合わぬものの、数奇な縁に結ばれた友の喜ぶ顔を思って、頼れる絡繰り娘と二人、コソコソと忍びのように気配を殺しては、これも違う、あれも違うと、それらしき石を拾ってはリィカの目利きに頼っていた。

「組成分析開始……これは!」

 コリンダ原を彷徨って既に一時間。ハズレばかりで萎えかけていた気持ちが、不意に発したリィカの大声で持ち直す。

「むむ! ついにアタリを引いたでござるか!?」

「イエ! 僅かにエレメントが染み込んでいますが、これは通常の砂岩のようです」

 期待を折られ、サイラスは肩をコケさせた。

「リィカ殿!?」

「デスガ、砥石としてみれば、素晴らしい品質カト! 周囲の環境と地図データから推察するに、この辺りはかつて海の底だったノデショウ。砥石になり得る堆積岩が豊富に見られます。また、東のナダラ火山が噴火した際に堆積したと見られる凝灰石もあちこちに見られ――」

「リィカ殿。この地が砥石の宝庫だという事はなんとなく分かった。しかし、拙者達が求めるのは生きた砥石ただそれだけ。それ以外は、どれだけ物が良くても、ただの石ころでござるよ」

「シカシ、かれこれ一時間以上も探してイマス。見つからなかった時に備えて、保険をかけておいた方がヨイかと」

「むむ……それもそうでござるな。万が一にも見つけられず、手ぶらで帰る事になれば、恥をかくのは拙者だけではござらん。いやはや、流石はリィカ殿。よく気がつかれた」

 サイラスに褒められ、しゅんとしていたリィカのツインテールがピンと立つ。機械とて、心はある。褒められれば嬉しいのだ。

「トンデモナイ! 出来る事ナラ、アルドさんに生きた砥石を贈りたい。その気持ちは、ワタシも一緒デス、ノデ!」

「うむ。たまには、あのお人よしが親切を受けて喜ぶ姿がみたいでござるからな」

「ハイ! デス!」

 跳ねるようにして、機械娘が元気いっぱいに返事をする。未来人が見たなら、こんなに感情豊かなアンドロイドは見たことがないと驚く事だろう。元々表現豊かな人工知能を備えているとは言え、これ程人に肉薄したのは、彼女を仲間と思い対等に接してきた、過去人達の優しさの賜物と言えるのかもしれない。

「……?」

 ふと、リィカは誰かに肩を叩かれでもしたかのように後ろを振り向いた。

「どうしたでござるか?」

「動態センサーが異常な振動を感知シマシタ。高硬度で超重量の巨大な二足歩行のナニかが、こちらに接近してイマス。恐らくコレは……」

「そこまで聞けば拙者にも分かる。例の迷いゴーレムとやらでござろう」

 耳を澄ませば、光る胞子の舞う空気の中に、ズシン、ズシンと響くような遠鳴りが聞こえる気がした。そちらに向けて目を細めると、長い舌がペロリと唇を舐める。

「このままでは接敵します。今の内に移動しまショウ」

「あるいは。ここでのんびりと奴が来るのを待つのも一興でござるな」

「サイラスさん!?」

 リィカは驚いた素振りを見せるが、それこそただの素振りだった。

「と、いつまでも驚くワタシではアリマセン。これまでのサイラスさんの言動から、そういった結論を出す事は予想してイマシタ、ノデ!」

 と、ピンク色の十字がワンポイントの巨大な鉄槌を構える。

「いいのでござるか、リィカ殿」

 てっきり止められると思っていたので、逆にサイラスは面を食らった。

「虎穴に入らずんば、虎児を得ずデス。このまま探索を続けても、生きた砥石を拾える可能性は高くありません。また、サイラスさんの説得も不可能と判断します。ナニよりも」

 轟音が近づく。霧のように視界を遮る胞子の向こうに、冗談のように巨大な影が浮かんだ。

「ワタシもアルドさんに、最高のプレゼントを贈ってあげたい、ノデ!」

「よくぞ申した!」

 リィカの言葉に心打たれながら、サイラスは腰に挿した名刀、艶火虎徹Ⅲを抜刀する。

「円空自在流の名に懸けて。リィカ殿の判断を間違いにはしないでござるよ」

 カエル侍渾身の啖呵に答えるようにして、噂の迷いゴーレムが姿を現した。

「……サイラスさん」

 あまりの巨体に、思わずリィカが後退る。

「なるほどこれは。デリスモ街道で見る木偶人形とはわけが違う。相手にとって不足なしでござるな」

 不足どころの話ではない。その大きい事、デリスモゴーレムの五倍でも足りぬ。文字通り、見上げるような巨体は、ただそこにあるだけで喉を絞られるような威圧感があった。肥大した体躯の隙間からは、土のエレメンタルを取り込んで巨大化した核の放つ妖しい光が赤く漏れ出している。

 オォォォ!

 断末魔にも似た叫びを上げると、迷いゴーレムは塔のように太い腕を振り下ろした。

「ノデ!?」

 その早き事。さしもの汎用アンドロイドもなすすべなくペシャンコに……。

 まさかまさか、そんな事は、このカエル侍が許す筈もない。

 刹那の判断で納刀すると、カエルの脚力で背後に飛び、そのままリィカを抱えて距離を取る。

「タ、助かりマシタ……」

 あわやスクラップという事態に、鋼鉄の心を持つアンドロイドもCPUを冷やした。

「奴の相手は拙者が致す。リィカ殿はそこで見ておられい」

「デスガ!」

「心配無用でござるよ。生きた砥石が欲しいだけで、奴を倒す必要はない。拙者の刀でズバっとやって、幾つかガワを剥いでやったら、一目散に逃げるでござる」

「……リョウカイ、デス!」

 異論はあるが、下手に手出しをすれば足手まといになると判断し、リィカは了承した。

「かたじけない」

 呟くと、ぴょんと一っ飛びで迷いゴーレムの元に戻る。相手はようやく、深々と地面に刺さった大岩のような拳を引き抜いた所だ。

「なんたる巨体。まともに食らえばただではすまぬが」

 オォォォ!

 再び巨人が吠え、大椀を振り下ろす、が。

「当たらぬな」

 拳が大地を砕くはるか以前に移動している。迷いゴーレムの動きが遅いわけではない。それこそ、拳を振り下ろす速さと来たら、見てから避けられるものではない。

 だが、攻撃が放たれてから避けるようでは二流以下。とぼけたカエル侍は、相手の放つ殺気と予備動作を見て、相手が動き出す前に回避を終えていた。

 それはつまり、本来回避を行うタイミングで、隙だらけの相手を攻撃できると言う事でもある。

「お主に恨みはないでござるが、こちらにも事情がある。なぁに、それだけ図体がデカければ、多少減った所でなんともなかろう」

 倒木のように横たわる巨人の腕に語り掛けると、サイラスは未来の素材と古代の魔物の体液で鍛えられた稀代の妖刀を抜いた。

 すぅぅぅ……と、深く息を吸う。カエルの腹が膨らみ、吸い込んだエレメンタルの力が闘気となって循環する。刀は水の力を帯びて青く輝き、籠手の下では、強化された筋肉がはち切れんばかりに肥大化する。

「円空自在流奥義! 蒼破!」

 特に深い考えもなく、当たり前のようにサイラスはその技を選んだ。

 それこそが、彼の培ってきた技術と経験の賜物と言える。

 硬く、再生能力を持つ相手に選んだのは、彼のくり出し得る、もっとも重い一撃だ。

 裂帛の気合と共に、霞の型から掬い上げるようにして技を放つ。

 未来世界の機械装甲さえ両断する一撃は、奇妙な弾性を持つ肉厚の石皮によってあっけなく弾かれた。

「なんとぉ!?」

 必殺の一撃を難なく受け止められ、さしものサイラスも驚きの声を上げる。

 それが、致命的な隙となった。

「しまった!?」

 気づいた時にはもう遅い。もう一本の腕が、無慈悲な影を彼に落した。

「サイラスさん!?」

 轟音と土煙。リィカの動力炉が嫌な音を立てて駆動する。まさか、ぺしゃんこになってしまったのか?

「けほ、けほけほ……まったく、無様でござるな」

 明後日の方向から声が聞こえる。そちらでは、頭から血を流したサイラスが刀を杖に片膝を着いている。

「咄嗟に飛んだのでござるが……掠っただけで、この様でござるよ」

「酷い怪我デス! 今、治療シマス、ノデ!」

 メディカルシステムを立ち上げようとするリィカを、サイラスは手で制した。

「いや。それには及ばぬ」

「サイラスさん? なにを言っているんデスカ?」

「アルドや頼れる仲間達と共に旅をする内、知らず知らず甘えが生まれたようでござる。戦いとは元来、生きるか死ぬか。怪我をしたらリィカ殿に治して貰えばよいと心のどこかで慢心しておった。その結果がこれでござる」

「デスガ!」

「リィカ殿」

 サイラスの言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。

「拙者を信じるでござる」

 息を整えると、満身創痍のカエル侍は立ち上がった。

「生きた砥石を手に入れて、大手を振ってアルドの所に戻る。武士に二言はござらんよ」

 リィカは迷った。論理回路は止めろと命じている。先ほどの一撃は、間違いなく、サイラスが放てる最大火力だ。それが通じないのであれば、これ以上の戦闘はリスクしかない。

 けれど。リィカの人工知能は、真逆の答えを出していた。何一つ論理的な所のない、バカげた答えを。

「サイラスさん! 敵の装甲は、土のエレメントの加護を強く受け、水の力に強い耐性を持っていると思われます!」

「うむ。先の一撃で、拙者もそれは感じたでござる」

「加えて、敵の装甲は超硬度と粘性を備え、自己再生能力も有してイマス。破壊するには、先ほどの攻撃の数倍の破壊力が必要だと思われマス!」

「はは。それはまいったでござるな。先の一撃は、拙者の持ち得る、最大の一撃だったのでござるが」

 言いながらも、サイラスは欠片も臆した様子はない。それは、リィカも同じだ。

「ハイ! 現状を分析すれば、サイラスさんが敵を破壊できる可能性はゼロパーセント。ですが、ワタシは……サイラスさんならきっと出来ると思います、ノデ!」

「……く、く、く、かっかっかっか!」

 リィカの言葉を聞いて、突然サイラスは笑い出した。

「サイラスさん?」

「前言撤回でござる。やはり、仲間は良い物でござるな」

 迫りくる迷いゴーレムに向けて、サイラスは刀を構える。

「リィカ殿の言葉一つで、今の拙者は百人力でござる!」

 ゲコゲコと、カエル侍が喉を鳴らす。

「心を円く、空のように広げよ。さすれば、その剣は自在にて、断てぬ物なし。これすなわち、円空自在!」

 サイラスの全身を、濃密な闘気が渦を巻いて循環する。

「吠えよ剣! 呼べよ嵐!」

 激しい闘気が、不可視の剣風となって石の巨人を包む。

 常人ならそれだけで身をすくめる闘気を意にも介さず、石の巨人が突進する。

 ふと、サイラスの身体から殺気が消えた。カエル侍はおもむろに目を瞑り、眠るようにして迷いゴーレムを待ち受ける。

 悲鳴をあげる論理回路を、リィカの人工知能が抑え込んだ。

 大丈夫。彼なら、キット。

「円空自在流奥義……」

 巨人の走る轟音の中で、リィカのセンサーは虫の音のように小さな囁きを確かに聞いた。

「無為・涅槃斬り……」

 巨人がサイラスを踏みつぶそうとした瞬間、彼の身体が爆ぜた。直後、稲妻の如き何かが空を裂き、石巨人の巨体はサイラスを通り過ぎて倒れた。見れば、巨人の右足が、根元からすっぱりと切断されている。

 機械も夢を見るのだろうか。一瞬、リィカの人工知能はそんな事を思った。ナンセンス。機械は夢を見ない。だから、これは現実だ。

「サイラスさん!」

 リィカは、全身を駆け巡る電子パルスの明滅に突き動かされ、サイラスの元に走った。

「円空自在流に断てぬ物なし。されどこの勝利、拙者一人の力にあらず。リィカ殿の励ましがあっての事でござるよ」

 振り返るサイラスの影に、リィカは一瞬、精悍な顔をした侍の姿を幻視した。センサーの誤作動だろうか。胞子舞うコリンダ原は、精密機械には厳しい環境だ。

「デモ、どうやったんデスカ? ワタシの計算では、サイラスさんの一撃でゴーレムの装甲を破壊する事は不可能なはずデシタガ」

「なに、簡単な事でござるよ」

 サイラスは、気絶したように動かなくなったゴーレムを横目に説明した。

「一撃でダメならばと、三度斬ってやったのでござる」

 リィカは首を傾げた。それでは、計算が合わない。

「しかし、ワタシの動態センサーによれば、剣を振ったのは一度だけ。斬った場所も、一か所だけのはずデス」

「リィカ殿の眼力をもってしてもそう見たなら、拙者の剣もまだまだ捨てた物ではござらんな」

 愉快そうに笑うと、サイラスは種明かしをした。

「まったく同じ場所を、瞬く程の刹那に三度斬ったのでござる」

 リィカは唖然とした。そんなのは、人間の性能を超過している。あるいは、これが古代人の力なのだろうか。

「オドロキです……」

 他に言葉が見つからない。

「しかし、困ったでござるな。最後の最後で爪を誤ったでござる」

 ツルツルの頭をかくと、サイラスは切断した脚を見やった。

「どうせ斬るなら、もっと端の方にするのでござった。こんなに大きくては、持って帰れぬでござるよ」

「ソノ心配はありません。ワタシのセンサーによれば、転倒した衝撃で、手ごろな大きさの破片が複数飛散しました、ノデ!」

「なんと! それは気づかなんだ! 流石はリィカ殿。頼りになるでござるよ」

 その言葉が、無性に嬉しくて、リィカのCPUが熱を上げる。サイラスにバレないように、こっそりと放熱していると。

「なんと! 斬った足がもうくっつき始めているでござるよ! この分では、動き出すのも時間の問題! さっさと生きた砥石を拾い集め、逃げるでござるよ、リィカ殿!」

「リョウカイデス! ノデ!」


 †


 ゲコノデコンビが仲良くプレゼントを集める一方。

 ユニガンのアルドはと言えば。

「迷子の娘を連れて来て下さり、ありがとうございました!」

「ありがとう、お兄ちゃん! あっちこっち案内してくれて、楽しかったよ!」

 ユニガン中を駆け回り、ようやく親を見つけた所だ。

「当然の事をしただけだから。君も、あんまりお母さんを困らせちゃだめだぞ?」

「うん! また遊ぼうね!」

 わかっているのかいないのか。歯抜けの笑顔で、元気いっぱいに子供が答える。

「あぁ。またな」

 別れの挨拶をしていると、母親が布を被せたバスケットを差し出した。

「うちで焼いたパンです。よかったら、お礼に」

「いいのか?」

「パン屋なので、こんな物しかありませんが」

「そんな事ないさ。すごく美味しそうだ! ありがとう、こっちこそ礼を言うよ!」

 フィーネへの手土産が出来て嬉しいくらいである。

 ともあれ、今度こそ妹のプレゼントを探さないと。

 そう思っていると。

 ぐるるるる~。

 路地裏から、獣の唸るような声が響いてくる。

 まさか、街の中に魔物が入り込んだのか?

 そう思い、唸り声の方に足を向けると。

「……腹が……減った……」

 ボロボロの身なりの浮浪者が、暗がりにへたり込んで呻いていた。

「……あー」

 次の瞬間には、お人よしの好青年は浮浪者の前にバスケットを差し出していた。

「よかったらこのパン、食べるか?」

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